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「天一であっさりを頼む」という冒険|パリッコの「つつまし酒」#158

しょ、正気ですか?

 先輩ライターの安田理央さんが、突然、なんの前ぶれもなく、SNSにこんな投稿をしていたんです。
「天一であっさりラーメン食べてみた」
 いや〜、びっくりしたなぁ。死ぬかと思った。
 あ、説明不要かもしれませんが、「天一」というのは、京都発祥の人気ラーメンチェーン「天下一品」のこと。昭和46年に創業者の木村勉さんが、3年9ヶ月もの試行錯誤の末に生み出した「こってりスープ」。それは濃厚という概念を超え、もはやどろどろ。それでいて、鶏がらと10数種の野菜が味のメインで、意外にもしつこさはない。この一度食べたらクセになるスープがラーメン業界に革命を起こし、今や日本全国ばかりか、ハワイにまで支店を出店。いちラーメン店の枠を超え、もはや「天一」というジャンルにまでなっているわけです。

これこれ!

 その人気を支えているのが、くり返してしまいますが、こってりスープ。確かに噂には聞いたことがありました。天一にはこってりの他に「あっさり」というメニューもあることを。だけど、聞いたことないですよ。少なくとも知り合いで、それを注文したり、食べたことがあるなんて話は。完全に都市伝説だと思ってました。そんなある日、突然目にした、冒頭の投稿。「あれ? 今日ってエイプリルフールだっけ?」と思って確認すると、だいぶ日にちが過ぎている。というか、安田さんの投稿には、きっちりと写真までついている。どうやら、単なるウソということではなさそうだ。しかも「美味しかった」とまで書かれている。えー! 美味しいんだ。天一のあっさり。どんな味なんだろう!? がぜん興味が湧いてきたぞ。食べてみたい! というよりもむしろ、挑戦してみたい! 「天一であっさりを頼む」という冒険に。

いざ天下一品へ!

 そこで、やって来ましたよ。「天下一品 池袋西口店」。店の前に立ち、あらあためて外観を眺めてみると。ほら、やっぱり。のれんに、それが店名と勘違いしてしまう人すらいそうなくらいに、どーん! と、「こってりラーメン」の文字。そうだよ。ここはやっぱり、あくまでも「こってりラーメン屋さん」なんだよ。うわ〜、謎に緊張してきたぞ……おれよ、本当に頼めるのか? この店で、あっさりを。

そうそう、「どこにもない味」なんだよな〜

 しかも間の悪いことに、うっかり思いきり昼どきに来てしまった。狭めの店内の中央、そして壁に沿ってカウンター席がずらりと並びますが、ほぼ満員。もちろん、僕の確認したところ全員、こってりラーメンを食べています。
 何食わぬ顔で席についたらば、脳内でいったん予行演習をしておきましょうかね。
「すいませ〜ん、こってりください! ……じゃなかった。え〜と、あ、あ、あってり……じゃなくて……こ、こってり? じゃないんだってば! あ、あ、あっさて? あさって? だめだ冷静になれ。え〜と、あさ、あっさ……あっさり! そうだ、あっさりください!」
 3分ほど練習し、なんとかいけそうな気がしてきました。いよいよ店員さんを呼びましょう。と、その前に、せっかくだからビールも飲みたい。けれども、あっさりラーメンが、本当に究極にあっさりとした、白湯にほんのりと醤油を溶いただけのようなものだった場合、それをつまみに瓶ビール1本を飲みきれる自信がない。ここは“おさえ”のつまみが必要だろう。と検討すると、「ネギチャーシュー(3枚)」ってのがちょうどよさそうじゃないですか。
 ようやく店員さんを呼び、いざ注文。「瓶ビール、ネギチャーシュー3枚、それから……ラーメンの並、あっさりで」。その瞬間、確かに店内がざわついた気がしました。むこうで後ろを向いてこってりラーメンをすすっていたおじさんにいたっては、小声で「えっ!?」と言ったような気がしました。いや、気持ちはわかりますよ。僕だって同じ状況なら、驚いちゃうに違いないもん。

あっさりラーメンの味は……

 とにかくすべての準備は整った。あとはこの、日常のなかの冒険を堪能しつくすだけだ。なんて興奮していると、まずはビールとネギチャーシューが到着。

「ネギチャーシュー(3枚)」(280円)と「瓶ビール」(600円)

 あら。ネギチャーシュー、お手頃な割にずいぶん立派ですね。薄めだけどでっかいチャーシュー3枚に、たっぷりのねぎ。ほんのりと酸味もある醤油系のタレがかけてありますが、ここに卓上の「からしみそ」をのせて食べるとさらにいいつまみになるな。すかさずごくごくっとやる、キレ味爽快なスーパードライがうまい!

「あっさりラーメン(並)」(790円)

 なんてことをやってると、ついに到着しましたよ! 人生初対面となる、天一のあっさりラーメンが!
 どれどれとどんぶりを覗いてみると……あれ? なんだかこう、めっちゃ美味しそう……。そういえばメニューに「ニンニク薬味入り」「一味薬味入り」「背脂入り」なんて文字が踊ってましたが、そういった香りがしっかりしっかり漂ってきます。
 いざスープを飲んでみる。うわ! ううう、うめー! がっつり鶏がらの風味が効いた濃いめの醤油スープに、たっぷりの豚の背脂がコクを加え、にんにくや一味のアクセントもばっちり。これ、何気なく入ったラーメン屋であっさりラーメンとして出てきたら「注文間違えた?」って思っちゃうくらいにパンチのあるラーメンですよ。そうか、あくまで「天一のこってりに対してのあっさり」。そのアンサーはこの一杯というわけだ。それにしても、さすが伝説のこってりスープを生み出した天下一品。あっさりのほうも、ものすごくハイクオリティなラーメンだ!

麺がまたうまい

 そして意外だったのが、ぷりぷりぱつぱつの麺の美味しさ。今まで食べてきたこってりにおいて、麺はどちらかというと、「スープを口へ運ぶための媒介」という側面が強かった。が、それよりも食感がサラサラとしたスープは、麺の美味しさをより引き立ててくれるんですよね。歯切れ、すすり心地、小麦の味、どれもしっかりと感じられ、いや〜、天一の麺ってこんなにも美味しかったんだな、と、ちょっと感動。

残ったねぎものせちゃえ

 途中、ネギチャーシューの余ったねぎをラーメンに投入してしまったところ、食感も風味もさらにアップ。当初の「はたしてビールに合うのか?」問題などどこへやら。ものすごい勢いで食いつくし&飲みつくし、どんぶりの底の「明日もお待ちしてます。」の文字も確認し、大満足で店をあとにしたのでした。
 いやぁ、新鮮かつエキサイティングな体験だったな。天一のあっさり。純粋にものすご〜く美味しいラーメンだったし、これからは天一へ行ったら2回に一度、いや、5回に一度、いや、15回に一度くらいは、あっさりも頼むことにしようっと!

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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