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【#2】スペインのトマトから始まる日本の文化の話

嬉野珈琲店へようこそ。
マスターは大の珈琲好きである「水曜どうでしょう」カメラ担当ディレクターの嬉野雅道さん。店ではこだわりの珈琲を淹れながら、マスターが人生のあれこれについてじっくりと語ります。マスター独特の視点から語られる、胸に詰まった息がすっと抜けるお話――。スペインのトマトから始まる今回、お話は思わぬ方向へと進んでいきます。

野菜がうまい珈琲屋

岡山にキノシタショウテンという珈琲屋がある。ここの珈琲がうまい。
うまくて、もう3年ほど飲み続けている。

いや、うまいのは珈琲だけではない、フードもうまい。それも、フードに添えられた野菜がべらぼうにうまい。その証拠に、それほど野菜好きとは言えないぼくが、キノシタショウテンでは、まず野菜から食べはじめてしまうほどで、どうにもうまくて、食うはしから夢中になる。

考えてみれば、岡山はお陰様で田舎だから、きっとうまい野菜を作る農家が近くにたくさんあるのだろうと、ぼくなどは単純に考えてしまう。だから市場へ行かずとも、その手前でうまい野菜をつくっている農家に行き合わせてしまう。つまり、抜群に鮮度の良い野菜を出すからべらぼうにうまいのかもしれない。

食べ物はなんでもそうだが野菜は特に鮮度が命なところがある。もぎたての野菜を畑で食べると「なんでこんなに甘いんだ」と驚いてしまう。でもそれは、きっと驚くことではなく、甘いのが野菜本来の味なんだろう。なのに、そのことを知らずに長いこと生きてきたのだ 。ピーマンだって収穫したすぐは甘い。だったら収穫されて食卓に上るまでの時間が短縮されるほど野菜はうまいという理屈になる。

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お昼が食べられなかったスペイン旅行

今から30年ほど前、女房と二人でスペインを旅したことがあった。まだバルセロナ でオリンピックが開催される前だったから、観光客で国がごったがえして賑わう風もなく、「ピレネー山脈を越えたらそこはもうアフリカだ」とフランスの人に揶揄されてきたスペインだけあって、あの頃のスペインにはまだ、ヨーロッパといってもヨーロッパからだいぶ外れた田舎といった雰囲気が色濃くあった。なにより、バルセロナ以外の町には観光客もそれほどいなかったし、アンダルシア地方まで足を伸ばせば、日本人に会うことはまったくなく、アルハンブラ宮殿もふつうに長閑に見物することができた。

時あたかも、 日本はバブル景気に沸いていた時代で、ジャパンマネーは世界を席巻し、世界経済戦争は日本の一人勝ち、海外旅行に行けば、なんでこんな少ないお金でこんな贅沢ができるのだろうと不思議に思えるほど、日本人は日本を出たとたんにお金持ちになったような気分が味わえた。今となっては嘘のように懐かしい時代だ。

そんな時代に『地球の歩き方』を片手に女房とスペインの町を2週間ほど歩き回ったが、町全体が長い長いお昼休みに入ってしまうシエスタという風習にだけは、なかなか慣れることができなかった。だって、お腹を減らしたお客がいるというのにレストランまでお昼休みをするという合理的でない理屈が、日本人のぼくにはどうしても理解できず、ついつい、「そうはいっても、勿論やってる店もいくつかはあるだろう」くらいに、最初のうちは軽く考えていた。ところが一件もやっていなかった。それは実に徹底したものだった。おかげでぼくら夫婦は毎日お昼ご飯が食べられず、実に弱ったものだった。このやっかいさ、この不合理さ、しかし、これぞ文化なのだ。

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その文化がなかなか理解できなかったぼくら夫婦は、来る日も来る日も、お昼どきになればメシ屋を求めて歩き疲れ、腹を減らし、仕方なく、その辺りのスーパーに入って、見るからに不味そうなサンドイッチを買って公園のベンチで食べるしかなかった。ボカディーリョとかいう名前のパンだったが、そのパンがやたらと堅くて歯が立たないほどで、お世辞にもうまいとは言えなかった。

でも、ぼくら夫婦は、やがてスペインの街角に佇むBARの存在を知った。BARは、お酒や、おつまみだけでなく、軽食も食わせてくれて、シエスタをしないのだ。だからお昼にお腹が空いてしまう日本人は、陽の高いうちから一杯ひっかけてるおじさんたちに混じってBARに入れば、お昼の空腹は満たされる。ぼくら夫婦はBARのお陰でスペイン旅行がようやく楽しくなった。

スペインのトマトと日本のトマト

そのBARにあったメニューで忘れられないのが、白い皿に真っ赤に完熟した輪切りのトマトを並べただけのトマトサラダだ。

スペインの大気は本当に乾燥していて、たとえば、長距離列車に乗って3時間以上移動するときは必ずペットボトルに大量の水を携えて乗り込まないと 、冗談でなく途中で全身がカラカラに乾いて死にそうな気分になる。身体から水分が奪われていくのがリアルタイムで自覚できるほど乾いているのだ。雨がちで湿度の高い日本の気候もスペインに長くいると本気で恋しくなる。それほどスペインは乾いている。だからみずみずしい野菜が、なおさらうまそうに見えてしまうのだろうか、ぼくには、BARにあったトマトサラダが真っ赤な宝石のように見えた。

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だが、実のところぼくは、そのころトマトが大嫌いだったのだ。それなのに、BARのショーケースの中の輪切りにされた真っ赤なトマトがとにかくうまそうに見えて、ぼくは思わず注文して食ってしまった。どうして嫌いなトマトを注文しているのか自分でも不思議でならなかったが、食ってみるとすぐわかった。口の中に入れるなりトマトの水分が全身に染み渡ってくるのだ。とにかくみずみずしい。そしてなにより甘い。「なんだこのうまいトマトは!」。信じられないことに、ぼくは大嫌いだったはずのトマトをむさぼり食っていた。

日本ではトマトは齧ると堅くて、噛むたびに酸っぱいような、青臭い味が口のなかに広がるから嫌いだったのに、その嫌いな味が、スペインのトマトには何一つとしてなかったのだ。

「なんでスペインのトマトはこんなに甘くてうまいんだろ?」

当惑するぼくに、目の前の料理上手の女房が「当たり前よ」と言わんばかりの顔で教えてくれた。

「完熟してるからよ」
「完熟……」
「そうよ。真っ赤に熟れてるでしょ。熟れたトマトは甘いの」
「え? じゃあなんで日本では完熟のトマトが出回らないのさ?」
「完熟だと流通のときに潰れちゃうからじゃない?」
「流通。日本人は味じゃなくて流通を第一に考えるということなのか。だからトマトは完熟させず、堅いうちに収穫してしまうというのか。たしかに効率はいい。理にかなって無駄がない。えぇ〜、でも完熟だったら、トマト、こんなにうまいのに、日本にいると流通重視と効率化のお陰で、熟れてないトマトを食わされるのか? それが本当なら、かなわんなぁ」 

でも、スペインの連中なら完熟していないトマトなんかには、きっと誰ひとり見向きもしないだろう。だから完熟していないトマトを流通させたところで、そんなトマトは誰も買わないという現実が立ちはだかる。これがスペイン人の文化だろう。文化が流通の足を、そして効率化の足を、引っ張ってくれているのかもしれない。文化のお陰で、スペインで出てくるトマトは未だにどれも真っ赤に完熟していて、トマト嫌いのぼくが食っても、うまいトマトだけが、どの町にも出回っているのかもしれない。スペインでは流通は第一ではなく、完熟が第一とされるのだろう。そこに引き止めておいてくれる、それが文化の力ということか。

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つまりトマトに完熟を要求する文化が、トマトを長距離の流通に不向きな野菜にし、近場で消費される野菜にするのだ。だから結果的に近場で収穫された鮮度の高いトマトが食えて、おまけに完熟で売り出さないと商品価値がないから、どうしても消費期限は短くなって、消費を促進させたいから価格も安く抑えられてしまう。だから、こんなにうまい真っ赤に完熟した甘いトマトが安い値段で食えてしまう。ということは、売るほうにしたら経済効率が悪すぎる。でも、トマトは完熟でないと売れない。

「文化って、経済効率の足だって引っ張るんだ」

ぼくは、真っ赤に熟れたトマトを食いながら、そんなふうに思った。

インドは野良牛も抱えて成長していく

え? ということは、なにかと経済効率が優先されてしまう日本には、もう足を引っ張るだけの文化が、残っていないということなのか。え? ということは、そんな日本が効率とか合理化に舵を切ったら、そこからは拍車もかけ放題になって、そうやって合理化の方に走り出したら、そこから生じる社会の変化には、もう歯止めもかけられないということなのか。

え? だからあの頃、文化という足かせのなかった日本は、世界相手の経済戦争にも一人勝ちしてしまったということか。だから「エコノミックアニマル」と呼ばれていたのか。どこの国も、根強い文化を抱えたまま、引きずったままで、経済戦争を戦っていたのに、日本人だけ、そんな足かせになる文化などは、さっさと捨て去って、快進撃で経済成長できたということなのか。あの勝利は、身軽さゆえの勝利だったということか。そうか、そうかもしれない。だってインドの牛を思い出してみるがいい。インドは牛が野良だ。だが宗教の都合上、牛は神聖な生き物とされているから、インドでは、どんなに手を出したくても、あの野良牛には手が出せない。だからインドが経済効率を考えるときには、あの野良牛ごと丸抱えにしたままで達成できる範囲の経済効率にならざるを得ないだろう。それはえらい労力である。しかし、それをさせるのが文化なのだ。

つまり、合理化したいのに文化のおかげで、どうにも合理化できず、経済優先に走ろうとする足を引っ張ってしまうのが文化なら、逆に言えば、文化のお陰で国の形が守られることにもなり、国民の足腰だって、意外に、足かせになっている文化のおかげで知らぬ間に鍛えられているってことになるわけだ。

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だったら、これは気をつけていないといけない。だって日本の場合、何かと言えば合理化が始まってしまうから、あらかたもう文化が残っていないってことなんだろうから、足腰を鍛えたいときは意識して鍛えに行かない限り、文化が足かせになって自然と足腰が鍛えられるなんてことは、もうないのかもしれないってことだから。

だったら日本はずっと、足腰が弱っていく一方だったのか。足かせとなる文化で、知らないうちにスクワットしていた、みたいなことがなくなっていたのなら、ほうっておけば筋肉は落ち、骨粗しょう症なんかになったら、ちょっとしたことでも日本は骨折してしまう。いかん、いかん、そんなことでは何かが不安だ。

なんてなことを、スペインのBARで真っ赤なトマトを食べながらぼくは思ったのだが、書いてるうちに今のぼくの意見もだいぶ入ってしまった。

中国の名もなき料理人のおじさんが教えてくれた「文化」

あれはそう、まだ、中国が、今のような強大でお金持ちな国になるだいぶ前。いまから20年くらい前だったろうか。中国の、名も知らぬ駅前の田舎食堂に入って料理を食べた日本のタレントが、さりげなく出された料理があまりにもうまくて驚いたものだから、わざわざ厨房に出向いて料理人に「このうまい料理はどうやってつくるのですか?」と質問したところ、厨房の中にいた料理人のおじさんは、その質問が「意外だ」といわんばかりに困惑した顔を見せ、通訳に「この人は、何を知りたいと聞いているんですか?」と戸惑いを見せた。そして日本のタレントに向かって「あなたは、 この料理が美味しいと褒めてくれているのですか。それはありがたいのですが、でも、この料理は、この辺りなら、どの店に入ってもこんな味ですよ。私は特別なことはなにもしていない」と答えて他の客の前で弱ったなという表情をした。それはどうやら謙遜ではなかった。

これは、テレビドキュメンタリーでのひと幕だったのだが、ぼくはその中国の料理人の困惑する顔を見ながら、「そうか、文化とはこれだったんだな」と、何かが分かったような気がした。

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どう言えば良いだろう。つまり料理人が、あえて独力で本来の味を求め研究しなくても、その味付けの仕方なら、この地方の料理人なら誰もが普通に知っていて、「この料理は、この辺りでは、昔からこの味」という暗黙の共感に根強く支えられ、その味は動かしがたいものになっているから、その味のためには手間がかかっていたとしても効率化を優先して手抜きをするようなことなど誰も考えたこともなく、どの店の料理人もこの味を長く守ってきたし、未だに守っているし、お客も支持してきた、だからこの味は当たり前のものとして今日まで継承され、この味を出すために料理人は誰ひとり特別なことをしているという意識すら持っていない。なにか、そういう精神状態に人をもって行くものが文化であるようにそのとき思えたのだ。

こういう書き方でみなさんに上手に伝えられているか心配だけど、でも、あのとき、あの日本のタレントがうまいと言って料理人に工夫を聞きに行く光景は、そのころ日本のテレビでは、よく見る光景だったから、あの日本のタレントも抵抗なく味の秘訣や料理人のこだわりを聞きに行ったのだろうと思う。でも、 あのとき、それを聞かれた中国の料理人は「特別なことはなにもしていない」と困惑したのだ。その困惑の表情に、ぼくは日本と中国の事情が何か違うんだということを感じた。

そのころ日本では、うまい料理を作りたいと思う料理人は、テレビなどで料理に対する自分の「こだわり」を盛んに語るようになっていた。そしてぼくも、テレビを見ながら、そんな「こだわり」を語る料理人をカッコ良いと思って見ていた。だからあの日本のタレントも同じように思っていたから、中国の街角でおいしい料理を作ってくれた料理人に「こだわり」を聞きに行ったのだ。

しかし、ひょっとすると、日本の料理人が自分の味の「こだわり」を語るようになったその裏には、その頃の日本が、その頃の中国に比べると、すでに何かひとつ、文化を失った状況にあったからかもしれない。文化を失っていたから、うまい料理をつくるためには、向上心を持つ料理人個人が、一人で苦労し、妥協せず、自分から工夫を探そうと意識しなければならない状況になっていた、ということではなかったか。

それは文化として、料理人なら誰もが当たり前のことと守ってきた料理に対する手間のあれこれが崩れて、本来の味を失ってしまっていたから、本来の味を求めようとする料理人なら、個人的に効率化に抗って、意識して「こだわり」を持たなければ、もう本来の味を出すことができなくなっていた、という状況に、すでに日本はあったのではなかったか。

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だって、そもそも「こだわる」という言葉の本来の意味は、「あることを必要以上に気にして、それにとらわれること」なのだ。つまり、「気にしなくていいようなことに気持ちがとらわれる」状態を「こだわる」というのだから、「こだわる」は本来、肯定的な使われ方をする言葉ではなかったはずだ。

それが今では「こだわる」といえば、ものごとに妥協しないで、それだけは譲れないと、何かに抗い、流されまいとする、とても肯定的な意味で使われるようになって久しい。

これはおそらく、日本という国が、何か、文化を失って、「かつては当たり前だったことが、いまでは特別なことになってしまって久しい」ということだ。

ひとたび文化を失えば、あとは志のある個人が、意思をもって「こだわり」を見せ、抗わなければ、あの中国の名もなき料理人が言っていた「この辺りでは、この料理は、どの店でもこの味だ」と言っていたあの味にはなりえないということなのだ。

文化が残っているうちは、誰もが妥協しないことを当たり前と思っているから、個人が「自分は妥協しない」と意識して「こだわる」こともないのだ。

「こだわり」が肯定的な言葉として使われる社会というのは、すでに文化を失った社会だったのだと、あのとき、あの中国の料理人の困惑する顔を見て、ぼくは、やっと気づけたのだと思う。

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なんだろう。珈琲の話をしようと思って書いていたら、こんな話になってしまった。でもまぁ、「散歩していたら、思いもよらぬ場所に出てしまった」みたいなもので、これもまた連載の醍醐味であると思うのは私だけだろうか。まぁ、あてもなく歩きだすと最後に思いもよらぬ場所に来てしまうようなことですよ。次回もまた、私の散歩におつきあいください。
(次回は4月29日更新です)

嬉野雅道(うれしの まさみち)
1959年生まれ。佐賀県出身。「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)のカメラ担当ディレクター。愛称は「うれしー」。ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、文化庁芸術祭賞優秀賞など多くの賞を受賞したドラマ「ミエルヒ」では企画を担当し、福屋渉氏とともにプロデューサーも務めた。「愛と平和と商売繁盛」「負けない」がモットー。どうでしょう藩士と奥様に人気。著書は『ひらあやまり』『ぬかよろこび』(ともにKADOKAWA)など多数。

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