ありがとう「ラーメンHOUSEたなか」|パリッコの「つつまし酒」#141
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ありがとう「ラーメンHOUSEたなか」|パリッコの「つつまし酒」#141

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確かにそこに「吉見うどん」はあった

 好きな飲食店に関する悲しい知らせが、立て続けに舞いこんだ年末でした。
 まずは富士見台の「吉見うどん」。昭和44年創業のご夫婦で営むうどん屋で、いかにも手作りな、不揃いな太さのうどんがなんとも嬉しく、そこに野菜やあぶらあげ、さらにうどんが見えないほど大量のかつお節がのった名物の「吉見うどん」。あのなんとも体が喜ぶ味わいが大好きだったんですが、ある仕事で富士見台在住のカメラマンさんと会った際、建物の解体とともに、年内で閉店してしまうという話を聞きました。
 家からものすごく近いわけでもないので、何度かしか行ったことはなかったけど、やっぱり寂しい。そこで12月も年末にさしかかったある日、最後にもう一度だけお昼を食べに行っておきたいと出かけてゆくと、なんと店の前に行列が。いや、めちゃくちゃいいお店ではあるんだけど、かといってそういうタイプの店ではないんですよ、ふだんは。どうやら「営業は年内いっぱいを予定。ただし、粉がなくなってしまったらそこで終了」なのだそうで。
 そこで僕は思いました。自分の付け入る余地はないな、と。その場で行列に並ぶこともできるし、まだ営業するはずの翌日、開店前に行って入り待ちをすることだってできる。けれども、何度かだけ行ったことのある自分がその1食を消費してしまったら、もっともっと思い入れのある常連さんがあのうどんを食べられなくなってしまうだろう。ならばここは「吉見うどんがここにあったことを最後にもう一度自分の目で確認できた」だけで良しとしようと。
 その翌日のことです。地元の友達から「この年末で、石神井の『うたた寝』と『ラーメンHOUSEたなか』が閉店してしまうらしい!」との連絡をもらいました。これはもう、寝耳に水どころか「寝耳に熱々あんかけ」レベルの悲報ですよ。
「うたた寝」というのはこれまたうどん屋で、練馬区にありながらかなり本格的なさぬきうどんが食べられる店。ここの「かしわ天ぶっかけうどん」の満足度たるや驚くべきものだったし、自家製の「甘味噌」か「カラシ味噌」をかけて食べる、1串100円のおでんもたまらなかった。あれを1、2個、鍋から自分でとってきて、ビールを飲みながらうどんを待つ時間の幸せたるや。
 が、「うたた寝」もまた、閉店に向けて連日の大行列。両手で数えられるほどしか行ったことないしな……と、そこに加わるのは遠慮することにしました。
 ところが、「ラーメンHOUSEたなか」だけは別! 個人的な思い入れ度の違いというだけですが、ここにだけはどうしても行っておきたい! というか、たなかがなくなってしまうなんて、僕だけでなく、我が一家にとって考えられない事態なんです! 今からでもいい。嘘だと言ってくれ!

オールドスクールファミリーレストラン

 2017年の春に娘が生まれ、2歳くらいになると多少は大人と同じようなものもたべられるようになってきました。そうなると、家族で外食にでも行ってみようかということになる。本当の意味での“ファミレスの良さ”に気づいたのはそのころでしたね。文字通り、ファミリーで過ごすための基本設備がすべて備わっている。子供用の椅子はあるし、お子様ランチを頼めばおもちゃがついてくるし、そもそも店員さんもお客さんもみんな、子連れの家族が多少わいわいがやがやしたって、ここはそういう店だからとわかっている。しばらくの間、週末になると必ず家族でファミレスへ訪れていました。
 が、僕はこういう人間ですから、だんだんと味わいのある個人店にも行きたくなってきます。多くの方は「どこにでも連れてっちゃえばいいじゃん」と思うのでしょうが、ひとり娘ということもあり、僕も妻も過保護なんですよね。どうしても、夜の酒場なんかに連れて行く気にはならない。そんなときに我々の救世主となってくれたのが、「ラーメンHOUSEたなか」なんです。
 たなかは文字通り、いかにも昔ながらの町中華。ラーメン、チャーハン、定食を中心とする膨大なメニューが基本にあって、餃子やシュウマイの他にも、たとえば「ポテトフライ」とか「アジフライ」とか、なぜか金土日限定の「キャベツメンチ」とか、単品のおつまみも豊富。生ビール、瓶ビール、サワー類に加え、缶ビールと缶ハイボールがあるのも素敵すぎる。
 そしてここが重要なポイントなんですが、小上がりの座敷にテーブル席がたくさんあって、子供用の食器類も常備されていて、娘用に「チャーハン、味薄めでお願いできますか?」なんてお願いすると快く応じてくれる。そんな、家族で気がねなくすごせる“オールドスクールファミリーレストラン”な雰囲気がありがたすぎたんです。一度試しに訪れて以降、何度通ったことか……。

石神井を代表する優しさとは?

 新型コロナウイルスの影響により、ここ1年半ほどの間、家族で外食するということはありませんでした。ものすごく多感な時期の娘に、家以外でも食事をする楽しさを味わわせてやりたいのにと、勝手にすごく焦ったりもしていました。少しずつ時流が変わり、いざそろそろ外食ができるぞ! となったところでのこの悲報。突然すぎるんですよ。だってその知らせを聞いたのが、閉店の数日前なんですもん。地元の酒つながりの人々も、「え? そんなに急に!?」って、揺れに揺れまくってるんですもん。
 家族も含めた諸々のスケジュールを考えると、僕に残された“たなかタイムリミット”はあと2日。とにかく10時半のオープンに合わせ、お店に向かってみよう。すると、数人の行列はできているものの、広い店なので、普通に着席することができました。さてなにを頼もうか。1日目は、ずっと食べてみたいと思っていたけど機会のなかった「五目あんかけ焼きそば」の「揚げ麺」の「塩」にしました。すさまじい盛りの良さに反して、あまりにも穏やかな癒しの味わいに涙がこみあげてくる。
 さて翌日。本当は家族でもう一度来たかったけど、スケジュール的にどうしても無理そうで、今日もひとりカウンターへ。これが本当に最後の最後だ。さてなにを頼もうか。そりゃ決まってますよ、「チキンカツカレー」に。「カレーライス」が605円なのに対し、常時「特別サービス品」と表示のあるチキンカツカレー、なんと660円。「石神井を代表する優しさとはなんですか?」と聞かれたら、僕はいつだって「たなかのチキンカツカレー」と答えてきました。いや、正確にはそんな質問はされたことはないので、そう答える心の準備をしてきました。
 その日僕の目の前に到着したチキンカツカレーは、やっぱりいつものチキンカツカレーで、これまた見た目に反して塩気控えめの、だけどきっちりスパイシーなカレーがうまく、カレーソースを全面にかけられてなおサクサク感を保つ、ラード香るチキンカツが頼もしく、米とカツの間にたっぷりと隠された千切りキャベツが優しくて……。
 そういえば先月、地元の酉の市に家族で行った帰り、僕と妻が娘に「久しぶりにたなかに寄って帰ろうか?」と提案した時、娘は疲れてしまっていたのか、「ううん、もうかえりたい」と言い、しかたないから家に帰ったということがあったけど、そうか、今思えばあれが、家族で行ける最後のたなかチャンスだったんだな。まぁ、そういうこともある。
 世の中、どんどん変わっていきますね。

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ありがとう「ラーメンHOUSEたなか」
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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光文社新書の公式noteです。2021年10月17日に創刊20周年を迎えました。光文社新書の新刊、イベント情報ほか、既刊本のご紹介や連載をアップしていきます。お気に入りの一冊について書いていただいたnoteを収録するマガジン「#私の光文社新書」では、随時投稿をお待ちしています!