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「実はね、趣味は読書だったのよ。」――『平成とロックと吉田建の弁明』より②

光文社新書

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7月21日発売です。

第2章 ベーシストになった理由――ヒルズクラブ

謎の男

 初対面からわずか2週間後に、LINEを通じて吉田建から、再度会おうと連絡が来た。

 これは、前回の提案に、多少なりとも興味を持ってくれたことの表れに間違いない。だが、正式に書籍の件としてやろうという言葉はまだそこにはなかった。彼の慎重さを垣間見た。

 初回会った印象として、吉田はとても繊細で、自分の世界を持っているぶん、警戒心が強い人物に思えた。なので、2回目にあたる今回は、周囲を気にせずに話せる六本木ヒルズ51階にあるラウンジを予約していた。

 六本木の大衆居酒屋から始まった会話だったが、前回よりも隔離された空間を選んだのは、吉田からもっと深い「何か」を聞き出したいという狙いからだ。

 が、このラウンジは会員制のためか、ロビーからの入り方がとてもわかりにくい。なので待ち合わせは近隣の路面にあるマクドナルドとした。ここの外のテーブルを指定したのは、単に外の風が気持ちいいからだけではない。この日こそが、本の企画にとっては重要な日になると思われ、吉田には心を開いてもらう必要がある。わかりやすい場所に、あえて自分を晒しながら待つことで、年上である吉田の顔を立ててスタートしたい、という目論見からである。

 180センチを超える長身の吉田は、イタリアブランドの黒のレザーパンツ姿で、約束した時間の5分前に現れた。印象は薄いが、もう一人見たことのある顔があった。吉田が前回連れていた男だった。

 何のために彼に声がけしたのか、その狙いを僕は理解できていなかった。ただ、ヒルズに移動する途中、「こんな会員制クラブに籍のある斎藤由多加ってどういうやつなんだ」と、わざと僕に聞こえるような声でがなることも、この人物を連れている目的の一つに思われた。

 改装という名目でラウンジが一部閉鎖されていたため、使用できるのはスカイツリー側ではなく、渋谷方面を見渡す側だった。当初は残念に思えたが、吉田の最初の一言で、逆に都合が良かったかもと思えた。

リボルバー

吉田「(51階から渋谷の方を眺めながら)あの辺りだったな、悪さをいろいろとしたのは。」
斎藤「あの辺りっていうと、広尾とか?」
吉田「常盤松ってとこ。高校は広尾高校だよ。」
斎藤「生まれもこの辺りですか。」
吉田「そうね。今の上皇様、当時の皇太子殿下が家の近くの東宮仮御所に住んでおられてさ、ちょうど今コカ・コーラ本社がある辺りね。皇宮警察の人がいつも立ってて、子供だった僕に、ほらって、ピストルを見せてくれたりしたよ。」
斎藤「のどかな時代ですね。」
吉田「今じゃ考えられないよね。『建ちゃん面白いもの見せてあげるよ』とか呼んでくれてさ、目の前でピストルを見せてくれたりするんだもん」
斎藤「なんとのどかな時代だ。でも、きっとそれピストルじゃなくてリボルバーですね。」
吉田「リボルバーって、ピストルの名前じゃないの?」
斎藤「あ、リボルバーは回転式の銃のことです。回転式じゃない方をピストルというらしいです。」
吉田「へぇ、そうなんだ。斎藤くんは変なことに詳しいよな。」
斎藤「日本の警察官が所持しているのを見たらしいんですよ、来日時のビートルズが。で、次のアルバム名を『リボルバー』とした、というのを何かで読んだことがあるもんで。で、その時に調べたらそうありました。」
吉田「変わってる、君。」
斎藤「調べ癖のある男は、嫌いですか?」
吉田「いや、嫌いじゃないよ。むしろ好きです。」

岩波文庫と倉橋由美子

斎藤「高校生時代はどんな男の子だったんですか?」
吉田「実はね、趣味は読書だったのよ。」
斎藤「バンドではなくて?」
吉田「ただ聞くのみだったね、音楽は。家が貧乏すぎてさ、楽器なんかとても買えたもんじゃなかったから。」
斎藤「もしかして文学少年?」
吉田「そう。岩波文庫を片っ端から読んでた。」
斎藤「モノホンの文学少年だ。しかも広尾高校でしょ?」
吉田「でも、この時期に倉橋由美子と出会っちゃってさ。」
斎藤「それ誰ですか? 当時のアイドル?」
吉田「違うよ。作家だよ、知らないの?」
斎藤「知らんです。恋愛小説とか?」
吉田「全然違う。カフカっぽい、シュールな作品を書く人。本当にハマった。もちろん全作品を読んだし、今でも僕の部屋の本棚にあるよ。自分の青春期の胸の内にあるものなんてさ、自分だけにしかわからないと思いこんでいたんだけど、人の作品の中に書かれている世界と初めて同期した気がしたな。」
斎藤「なんか、文学少年のにおいがしますね。でも、岩波文庫を読んでる少年が、どうしてまた突然にその作家と出会ったんですか?」
吉田「これがさ、偶然にも、家の前に落ちてたんだよ。『聖少女』という本なんだけどね。」
斎藤「路上で拾ったってことですか?」
吉田「そうなるね。世の中ってわからんもんだよ。」

アイビーファッション

斎藤「広尾高校ってどんな高校なんですか?」
吉田「自由な学校だった。制服がないから生徒は私服通学なの。当時としてはかなり異色だったと思う。」
斎藤「じゃ、おしゃれに凝る生徒も多かったのでは?」
吉田「そうそう。僕もそうだった。青山のVANでオックスフォード地のボタンダウンのシャツを買ってさ、アンソニー・パーキンスがやってる袖の捲り方があってさ、それを真似て、ローファーに25セントコインを挟んで歩いてた。」
斎藤「あ、それ、アイビーファッションってやつだ。7:3に髪の毛を分けてる人たちでしょ。」
吉田「そう。」
斎藤「アンソニー・パーキンスって、ヒッチコックの『サイコ』に出てた、ハンサムで繊細そうな俳優?」
吉田「そう。当時の日本はさ、ファッションはアメリカ中心だったのよ。」
斎藤「貧乏で楽器買えないのに、なんでアイビーファッションは買えたんですか? バイトとかしてたんですか?」
吉田「違う。そこはさ、お小遣いを貯めて、みたいな。ま、かわいいものよ。ちなみに斎藤くんは、東京のどの辺り?」
斎藤「渋谷です。」
吉田「へー。見た目とうらはらのシティボーイなんだ。」
斎藤「中学高校が駒場東大前だったので青春時代の思い出は完全に渋谷ですね。この時代に今の僕の基礎があるんだと最近つくづく思いますね。」
吉田「そうそう。思い出の映画は何だ、音楽は何だ、という思春期の体験って、今振り返ると、大人になった自分の基本形になってたりするよ。」(続く)


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