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ディズニーやピクサーのクリエーターたちは、過去のアニメ作品だけでなく、サイレント映画も研究している。by矢野透

光文社新書編集部の三宅です。

好評発売中『ディズニーとチャップリン エンタメビジネスを生んだ巨人』(大野裕之著)の書評を、アニメ史研究家・ディズニー研究家の矢野透さんが書いてくださいました。実は矢野さんは、今回の企画を後押ししてくださり、著者の大野さんに、ディズニー関する貴重な資料を提供してくださってもいます。

そんな矢野さんに、世界でも類例のない、ディズニーとチャップリンの深い関係性を明らかにした本書刊行の意義を語っていただきます。

こちらの記事で本書のプロローグと目次を読めます。

サイレント映画はアニメの親

 光文社新書『ディズニーとチャップリン』(以下、本書)が刊行されたこと自体、ボクは非常にうれしいです。
 なぜか。まず知る限りでは世界でも、この2大天才を比較し論評した本はないからです。
 そして低く見られがちなコメディやアニメなどの大衆エンタテイメントのグローバルな誕生と進化を著してくれた稀な本だからです。
 著者・大野裕之さんの緻密な取材で、今まで日本語の本では出ていない新知見が満載だからでもあります。
 もちろん、ウォルト・ディズニーが子どものころからチャップリンにあこがれ続けたこと、チャップリンから助けてもらったことなどは断片的な情報として(アニメ史研究家として)知っていました。でもここまで包括的に俯瞰して解説してくれたのには感謝です。

 ボクは見直しも含めて年に長編アニメだけで年に800本近く、ディズニー以外の海外作品や日本の作品も見ています。また海外の研究書も読んでいます。
 ディズニーだけでなくフライシャー兄弟の作品やルーニーチューンズ(バッグスバニーなど)等がチャップリンやキートンの影響を受けていることも知っていました。
 しかし世界初のアニメ人気キャラクターのネコのフィリックスの誕生にチャップリンが深く関わっていることは、本書を読むまで知りませんでした。
本書は、エンタメビジネスのお勉強にもなりますが、私にとっては、(歴史上の偉人や神のように)言葉や概念によるキャラクターとは違う写真・映像によるキャラクターの確立の歴史から映画全般、アニメの近代史の教科書でもあります。
 そうか、ミッキーマウスはチャップリンだったんだ、と読者は本書を読んで納得されると思います。日本では意外と知られていないですが、ウォルト自身も公言している事実です。

 もうひとつ、チャップリンは草創期のアニメの発達に多大な貢献をしています。
 つまりサイレント映画はアニメの親でもありました。現在のディズニーやピクサーのクリエーターたちは、過去のアニメ作品を何度も見て研究しますが、同時にサイレント映画も見ます。ヒントがつまっているからです。
アニメの命であるリズムの変化、ポーズや動き、ギャグなど、滅茶苦茶、参考になります。
 本書で、少年時代のウォルトがチャップリン・コンテストで、落とした帽子を拾おうとして足で帽子を蹴ってしまうという、チャップリンのギャグを演じたというエピソードが紹介されています。
 それと同じようなシーンがアニメ『ベイマックス』のアメリカでの予告編にあります。ケアロボットで柔らかく膨らんだベイマックスが主人公ヒロのサッカーボールを拾おうとして掴めず、蹴りながら前に進んでしまうというギャグです。この作品のプロデューサーに直接確認しましたが、このシーンだけでなくサイレント喜劇映画を相当研究したと語ってくれました。
 ベイマックスは言葉はしゃべりますが、最小限です。本書にもありますが、『白雪姫』のドーピー、ダンボ、ウォーリーはしゃべりませんし、ドナルドは一見多弁ですが、よく分からず(これがいいんです)言葉というより動きで感情を表現しています。グーフィーも同じようなもんです。
 セリフでなく動きやリズム変化でキャラクターを表現するのは、今でもアニメの常識となっています。『アナと雪の女王』のアナとエルサも、動きが全然違います。著者がいうように、アニメの中にサイレント映画は生きているのです。

 もうひとつ重要なのは、『白雪姫』以前のアニメ短編でもそうですが、短くてもストーリー、世界観を大切につくっていることも、ボクはウォルトがチャップリンから学んだことだと思っています。長編アニメをつくる際にも、その世界観がしっかりあるから成功したのでしょう。しかもメッセージが”やさしい”。本書は、その点も指摘しています。
 それが普遍的な評価につながっているのは同感です。そしてピクサー、ジブリ、細田守、新海誠各作品などに、その精神が受け継がれています。
 ぜひ見る機会があれば、チャップリンやディズニーの短編(特に後期のシリー・シンフォニー)も、若い人には見てもらいたいと思います。

 ともかくミッキーもチャップリンも、今でも世界中の人から愛されているのはすごいことですね。
 アニメ史研究家、ディズニー研究家としては、本書の刊行により、大衆エンターテイメントの歴史が明らかにされ、楽しみ方が深まり広がることが、本当にうれしいです。
 そういう点でも、分かりやすい本書を書いてくれた大野裕之さんに感謝です。(了)

矢野透(やの・とおる):編集者・ライター。古今東西のマンガ、アニメ、洋楽、サッカーなどを中心に取材。ディズニーコンサートのプログラムなども執筆。47か国で販売した「2002ワールドカップ公式ガイド」編集長、月刊ディズニーファン、自然科学誌、週刊現代次長などを歴任。世界中で集めたアニメ音楽CDは3000枚以上、サッカー音楽CDは1000枚以上収集。



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