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山口周さんの幻のデビュー作『グーグルに勝つ広告モデル』を全文公開!【その8】9章

9章 ネットとの差別化に特化する雑誌

*ネットに食われる雑誌

近年の雑誌の部数の推移を見てみると、ジャンルによって明確な傾向が見て取れます。

まず、苦戦しているのが、

一般週刊誌

女性誌

情報系

一方、好調なのが、

ビジネス誌

ラグジュアリー雑誌

これは、一言でいえば「ネットで代替取得可能な情報を扱っている雑誌が食われている」ということになると思います。

つまり、発行部数の多い一般週刊誌やゴシップを扱う女性誌、それとインターネットがもっとも得意とする情報を扱う情報誌の下がり幅が大きいのです。これを3章で説明した三つのポイントから分析してみましょう。

一つ目のポイントとして、発行部数の多い一般週刊誌は、会社帰りにキオスクで買って帰宅途中の暇つぶしにする、という消費スタイルが典型的であることから、これらが携帯電話のゲームやメールに食われている、という見方があります。

二つ目のポイントとして挙げたいのが、モビリティ優位の喪失です。

この点はあまり深く言及されることが少ないのですが、雑誌がインターネットに対して生来的に持っているメディアとしての優位性の一つに「モビリティ」があります。平たくいえば、ドコにでも持っていけるしイツでも読める、ということです。これは情報提示をモニターに依存するインターネットには真似のできない芸当なのですが、携帯電話は、この点で雑誌と同等のモビリティを有しているため、足元をすくわれちゃった、ということもあると思います。

三つ目は、一般週刊誌、特に「ポスト」「現代」が得意にしているようなゴシップ系のニュースが、ネットの速報性によって無力化されてしまったという側面があるように思えます。

一般に、その日に起こった事件をすぐに報道したり、番組として取り上げたりできるテレビ・新聞・ラジオに対して、一定の期間ごとに刊行される雑誌は、「速報性」という点でどうしても見劣りせざるを得ません。月刊誌に比較して週刊誌はまだましですが、それでも、ある事件や話題が発生したときに関連した記事を掲載しようとすると、どうしても数日~1週間程度のタイムラグができてしまう。

最近の検索エンジンにおける検索ワードの検索数の推移を見てみると、事件当日から日をへるごとに等比級数的に減少していき、3日後には当日の100分の1程度になってしまうことがわかっています。

つまり、ゴシップや事件のニュースとしての賞味期間が、ネットがあまりに速報性に優れているため、極端に短くなってきているのです。

以上の三点が、一般系週刊誌苦戦の基本的な要因だと思われます。

実は、一般週刊誌以外にここ数年できわめて影響力を弱化させてしまった媒体があります。それは情報誌とパソコン誌です。

代表的な雑誌が、情報系では「AB・ROAD」、パソコン誌では「月刊アスキー」(パソコン誌のほう)でしょう。両方とも、1980年代~1990年代にかけては、それぞれの分野を引っ張るリーダー格の雑誌でしたが、近年に相次いで休刊になってしまいました(休刊ということになっていますが、雑誌の休刊は廃刊であるケースがほとんどです)。

これも、ジャンルこそ一般週刊誌とは異なりますが、ネットが得意とする情報ジャンルを扱っている上に、紙媒体ならではの利便性や価値を出せなかった、ということが原因だと思います。

*ネットとの代替性の低いビジネス誌・高級ファッション誌は相対的に堅調

この考え方を援用してみれば、ビジネスパーソン向け、中年~熟年向けファッション誌の調子の良さも説明できそうです。

これらの雑誌は、ネットやゲーム、携帯電話が提供しているコンテンツや情報と競合している度合いが相対的に低い上に、年功序列や終身雇用といった社会制度が崩壊しつつある中で、ビジネス関連情報の価値がこれまでより相対的に高まっていると考えられます。

それが証拠に、ビジネス誌の四天王である「日経ビジネス」「週刊ダイヤモンド」「週刊東洋経済」「月刊プレジデント」は、その部数を維持/増加させています。

インターネットがこれほど普及して、アテンションシェアの競合が一段と激しくなる中で、一部のビジネス誌の部数が伸びているというのは、二つのことを示唆しています。

一つ目は、インターネットでは提供不可能な情報が、これらの媒体によって提供されているということ、そして二つ目は、これらの媒体が提供する情報の市場価値が高まっているということです(先述した「月刊アスキー」もパソコン誌からITビジネス誌に看板を変えて復刊しました)。

こういった構造を持つもう一つのジャンルが、中年~熟年向けのファッション誌です。

*ターゲットと実読者層を確信犯的にズラした「LEON」

「LEON」の成功については様々な分析がなされています。曰く、ターゲット設定のウマさ、モデル起用の成功、編集長のカリズマ等々。いずれも的を射た分析だと思いますので、ここではこれまでにあまり言及されなかったポイントに絞って、「LEON」成功の分析をしてみたいと思います。

「LEON」の雑誌ビジネスとしての新しさとして、ターゲットにしている層と実際に読んでいる層がゼンゼン違っている、しかもそれを確信犯としてズラしている、ということがあると思います。

「LEON」は「年収2000万円以上で、月に30万~50万円程度の自由になる小遣いのある30~40代男性」というターゲット設定をしていますが、図15に見られるように、30~40代で年収2000万円以上という人は、構成比としては0.1%程度しか日本にいません。

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普通にビジネスプランとしてこの企画を考えると、「あまりにターゲットが狭い」ということになるのですが、ここがミソで、年収2000万円以上がターゲット、と公言することによって、年収2000万円以上の人のライフスタイルに憧れている、年収数百万円~1200万円くらいの一般層を、読者として取り込んでいるわけです。

実際のところ、周囲にいる年収2000万~3000万円くらいの人に話を聞いてみると、「LEON」に出てくるようなライフスタイルは、とてもじゃないが実現できないと口をそろえていいます。

感覚的には、キャッシュで5000万円くらいないと厳しいのではないでしょうか。

ではなぜ、2000万円という年収をターゲット層としておきながら、実際には2000万円では実現不可能なライフスタイルを提言しているのか?

そこに、幻想を売っているという構図があります。

年収数百万円の人は「2000万円までいけばこういうライフスタイルが実現できる」と思うでしょう。2000万円というのは当たらずとも遠からずといいましょうか、サラリーマンが望みうる年収の上限でしょう。ここにアザトさがある、と思うのですが、そういった人たちは「年収5000万円の人がターゲットです」といったら、ハナから別世界としてあまり関心を持ってくれなかった可能性があります(図16)。

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2000万円という数字は、憧れつつも努力すれば届くかもしれない数字である、というところに、絶妙さがあるように思えます。

*代替性の低い情報×格差のレバレッジ

ここまで、出版不況といわれる状況の中でパフォーマンスを上げている雑誌を取り上げて、その成功要因を考察してきましたが、まとめるとこのようになりそうです。

①インターネットで代替不可能な情報にフォーカス。

②拡大しつつある格差幻想を刺激する。

①は容易に理解できるでしょう。インターネットで提供することが必然的と思えるような情報コンテンツに依存している雑誌は、必ずアテンション数の低下という事態を迎えるはずです。

その際、経営的な打ち手としてはアテンションの単価を上げるということになりますが、同様の情報でインターネットがアテンションを上げているとすれば、価格競争を行っていくのは中長期的には不可能だと思います。なぜならコスト構造上の問題があるからです。

インターネットは、雑誌出版に比べてはるかに固定費の負担が少ないため、同じ情報を扱って同じ読者数を集めるという前提に立った場合、間違いなくインターネット媒体が勝利するでしょう。

②については二つのアプローチがあります。上層への幻想をレバレッジするということと、そもそも上層へ上がりたい、という気持ちに訴えかけるという方策です。「LEON」は前者のアプローチで、ビジネス誌は後者のアプローチといえます。今後ますます所得の格差が広がって、広告ターゲットとしての「勝ち組」のうまみが増してくれば、こういった媒体の広告単価は、ますます高くなることが予想されます。

*ストックの活用を検討すべき

最後になりますが、雑誌業界は、コンテンツのストックを有効活用すべきではないか、と筆者は考えています。

この点は、すでに多くの出版社でホットなイシューになっているので、今さら指摘するまでもないと思いますが、そう考えるのには二つの理由があります。

一つは、(雑誌の扱っている情報の種類にもよりますが)雑誌のコンテンツは経時劣化しにくいということ。もう一つは、雑誌はかさばるので収納スペースのことを考えると、どうしてもどこかでストックを捨てざるを得ないから、ということです。

こういうコンテキストから、自宅に保存しておいたバックナンバーを、デジタル化して出版社のサーバーに保存してもらうという考え方が出てきます。これは一種のデータウェアハウス(注1)のサービスといえるかもしれません。

注1 データウェアハウス:一般に、時系列に整理された大量の統合業務データ、もしくはその管理システムを指す。

最近では小額課金のインフラも整っていますから、データストックサービスと並行して、過去のコンテンツを切り売りするということも可能でしょうし、課金を好まないユーザーには、詳細なプロファイル(注2)を提供してもらうことで精度の高いターゲッティング広告を実施し、コンテンツを無料で提供するという仕組みも可能かもしれません。

注2 プロファイル:性・年齢等の人口動態的なデータに加えて、趣味や嗜好といった人物の人となりを表すデータ。

(10章以降に続きます。毎日更新予定)



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