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【第25回】頭上運搬を支える”リズム”|三砂ちづる

光文社新書
忘れてしまった、身体の力。脈々と日常を支えてきた、心の知恵。まだ残っているなら、取り戻したい。もう取り戻せないのであれば、それがあったことだけでも知っておきたい……。
日本で、アジアで、アフリカで、ヨーロッパで、ラテンアメリカで。公衆衛生、国際保健を専門とする疫学者・作家が見てきたもの、伝えておきたいこと。

著者:三砂ちづる  


歩くことと、リズムをとること


テレビ番組で、「パーキンソン病とリズム」のことが取り上げられていた (*1)。パーキンソン病は脳の異常により、さまざまな運動機能に障害が出る病気で、機序の上でまだまだ明らかになっていないところも多い難病である。

難病ではあるが、50歳以上では100人に一人の有病率ともいわれ、珍しい病気ではない。進行はとてもゆっくりであり、20年から30年という経過を見ていくような病気で、薬物療法と運動療法で天寿を全うできることも珍しくない。

ただ、運動機能の障害が出るので、手が震えたり、まっすぐ立てなくなったりすることがあり、歩こうとしても、足がすくんで、一歩が出なくなったりすることもある。

この「すくみ足」の症状がある患者さんに、メトロノームをつけてもらうと、足がすくまず、一歩が出るし、立ち止まらずに歩き続けることができるのだ、という。メトロノームとは、ピアノを習っているときなどに速さを確認するために使う、カチ、カチ、とリズムを刻む機械で、今は、携帯用のものもあり、スマホなどにもアプリがある。

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パーキンソン病はドーパミンが減少する病気なのだが、ドーパミンが減少すると、自らの力でリズムが保ちにくくなるということらしい。私たちが歩けている、ということは、自らの力でリズムをとることができている、ということなのである。

病気でそれができなくなっている時、外からのリズムでおぎなうことで、その外からのリズムに合わせて、体を動かし、歩けるようになる。パーキンソン病の症状は、つまり、自らのうちで、リズムをとるような機能に障害が出る、ということか。

メトロノームに合わせると、足がすっと出て、歩ける、というように、リズムに合わせて体が動いていくことを、専門的には「引き込み」というらしい。番組では、リズムに、そのような引き込みの力があると同時に、力を抜く効果もある、と報告されていた。

体が良くゆるんで力が抜けていることで、さまざまな運動のパフォーマンスを上げることができる。子どもたちがリズムにのることで、歯磨きが上手にできたり、かけっこが早くなったりしていく様子も取り上げられていた。引き込みにより、余計な力が抜け、しなやかな動きでパフォーマンスが上がるのである。

『逝きし世の面影』に描かれた、労働のリズム


一昔前の日本人は、働く時に、リズムをとりながら、歌ったりかけ声をかけたりしていたものだ。今も、餅つきなどの作業に片鱗を見ることができるが、体を使って労働していた時は、一人の作業も、仲間との作業も、全てはリズム、だったのであろう。

すでに古典的名著となった『逝きし世の面影』の「労働と身体」という章には、明治初年に日本にやってきた外国人たちが、日本の男たちが何人も集まって杙(くい)打ち機械を使ったり、巻揚機(まきあげき)を回したりする様子を観察して、「変な単調な歌が歌われ、一節の終りに揃って綱を引いたり」、少しだけ曳くために「一人が音頭をとり、一同が口を揃えて合唱する」ことなどを記録していることが紹介されている(*2)。

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また「労働の辛さを、気持ちの良い音か拍子で低めるとは、面白い国民性」とモースに語らせている。

舟のこぎ手は、「ヘイ、ヘイチャ、ヘイヘイ、チャ」と言いながら、じつに上機嫌で舟を漕いでいた、という。労働はきついのであるが、リズムにのることで、パフォーマンスも上がり、そして、何より、楽しかったであろう。

私たちが楽しい、嬉しい、と感じることには、ドーパミンの分泌が関わっているという。要するに、幸せを感じて、意欲を感じているときには、ドーパミンがうまく分泌されている、というわけだ。

なんだか楽しい、なんだか嬉しい、なんだかうまくいく、というときは、ドーパミンがふんだんに出ているらしい。ドーパミンたっぷりで、ゆったりと仕事をしていた、ということである。

いや、ゆったりと、というのは誤解を招くかもしれない。非常にきつい、緊張感のある、一歩間違えば大怪我をし、命も落とすような場でさえ、リズムをつくることで、その場にいる人たちがゆったりと良い集中ができていた、ということであろう。

緩み、リズムにのることで得られる、ゆったりとした良い集中


前回の連載で、運動科学者の高岡英夫氏が、千葉県御宿町で民宿をやっている、林業のプロというわけでもないごくふつうのおじさんが、山から材木を出すときに「柱や梁(はり)に使う太い杉や松の丸材を二本一度に肩に担(かつ)ぎ、山の道なき裾野や曲がりくねった幅三十センチにも満たない細い畦道(あぜみち)を、ヒョイヒョイのスタスタ、サーッと吹きかうそよ風のごとく往く」ことについて記していることを書いた。

高岡は、運動科学研究の成果として、「ゆる体操」を世に出しているのだが、目指しているのは、寛解性意識集中であるという。

つまり、我々は普通は、いざというとき、ここぞというとき、つまりは集中しなければならないというときには、緊張してしまうのだが、本当の意味でパフォーマンスの高い集中力は、寛解、すなわち緩んでいるときにこそ発現される。

緊張性意識集中ではなく、寛解性意識集中こそが、ここぞ、というときに必要なことなのだ。まさに、力を抜くこと、であり、それはドーパミンがふんだんに分泌され、楽しく幸せな感じで、リズムにのっていることで得られる状態でもあった。

体が記憶するリズム――丸太を担いで山を降りる


前回にもご紹介した、北山杉の生産加工の仕事をなさっている中田治氏に、丸太を担いで山を降りる時のことを聞いた。

丸太を担ぐ時には、天秤のような感じで、立てかけてある丸太の、大体この辺りが真ん中、と思って支点を決める。真ん中に支点があると、担げるから。丸太や垂木を2本一緒に担ぐときは、上と下の両端の接点をつけるようにする。必ず、2本がぴたり、と決まる点があり、そこが決まっていると、担いでも2本がずれ動いたりすることはない。

3本でも基本的に同じである。ぴたっと動かない点がある(つまり、2本でも3本でも、まるで一本の丸太と同じように扱える)。そして、カン(勘)で、だいたい真ん中あたりを肩にあてて、担いで持ち上げる。

真ん中を間違うと、後ろか、前か、どちらかに引っ張られてしまうから、担げないので、間違うことはない。ちょうど真ん中で担ぐと、木材がスッと起きて、後ろに流れる。

そのようにして長い丸太を担いで山道を降りるのだが、道を降りる際にも、こっちを通る、ということは、カンでわかる。山から木を出す時は、絶え間ないカンの連続。体で覚えている。

山から、だいたい、リズム感で降りてきていた。今から降りる、と思ったら、体が覚えているので、リズムをとったら、そのリズムで降りられる。まさに、リズム。

そういえば、木挽(こびき)もリズムでやっていた。くさびうち(割れを防ぐ作業)も、コン、コン、パパパ、とね、一人一人のリズムでやっていた……。

頭上運搬にも欠かせないリズムと緩み


山と木を相手にするのは、命がけの危険な作業の連続である。そのような中だからこそ、リズムをつかい、引き込みあい、よく緩んだ体づかいをすることが、全ての仕事を支えているのである。

ちなみに、北山杉には、磨丸太(みがきまるた)、天然出絞丸太(てんねんでしぼまるた・写真)、ちりめん絞丸太、垂木(たるき)、などがある。

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垂木はその中でも径が小さく、美しい木肌で、磨丸太のミニ版、といった感じのもので、伝統的に数寄屋建築、茶室などに使われてきたものだが、近年では手すりや装飾用にも使われるという。

垂木は長さは3m、直径12センチくらいで、重さ16~20キロ。2本一括りで30キロくらい。直径6cmくらいの垂木は3本まとめて担ぐ。

女性たちが北山杉の丸太や垂木を頭上運搬で運ぶ様子が写真で残されているが、そのリズムと、体のゆるみは、写真からも伝わってくる。

註釈
(*1)N H K総合テレビ『ガッテン!』2022年1月12日放送。
(*2)『逝きし世の面影』渡辺京二著、葦書房、1998年(平凡社、2005年)。

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著者:三砂ちづる(みさご・ちづる)
1958年山口県生まれ。1981年京都薬科大学卒業。薬剤師として働く傍ら、神戸大学経済学部(第二課程)、琉球大学保健学研究科修士課程卒業。1999年ロンドン大学にて疫学のPhD。ロンドン大学衛生熱帯医学院リサーチ・フェロー、JICAの疫学専門家として約15年間、疫学研究を続けながら国際協力活動に携わる。ブラジル北東部セアラ州に約10年在住。2001年より国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)疫学部に勤務(応用疫学室長)。2004年より津田塾大学多文化・国際協力学科教授。

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