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敏腕新聞記者が斬る!地域の消防団に潜む「日本の闇」

活動をしていないのに自治体から一定の公金を受け取る「幽霊消防団員」。全国的に広がるこの問題は、関係者の間で誰も触れることのできない「闇」となって令和の時代まで受け継がれてきました。なぜ、この問題はこれまで放置されてきたのでしょうか。取材から次々と浮かび上がってきたのは、驚くべき実態でした。公費を使った飲み会、水増し請求、「研修」という名の慰安旅行、いじめ・パワハラ、そして、政治との深い関係……。自ら阪神淡路大震災に遭い、災害・防災対策に高い問題意識を持つ若手新聞記者・高橋祐貴さんはこのたび、『幽霊消防団員――日本のアンタッチャブル』を上梓しました。幽霊消防団員の実態を初めて白日の下に晒す意欲作です。発売を機に、本書の「まえがき」を公開いたします。(消防団員と消防署員の違いについてはこちらをご参照ください)

広がる公金を使った不正

近くで火災が起きると、様子を見に行ってしまったことは誰しもあるはずだ。火災現場では、消防職員や警察官だけでなく、地域の消防団員も火消しや交通整理などに追われている。火災はいつ起こるか分からないため、いつでも出動できるように団員は準備している。生活上の制約も多いため、精神的にも負担は大きいはずだ。

その消防団で、公金を使った不正が広がっているという。あまり知られていないが、消防団員はボランティアではなく、特別職の地方公務員で給与も払われている。聞くところ、不正の仕組みは至って単純だ。なぜこんな時代遅れなシステムが……。ある自治体職員に理由を聞くと、

「消防団は最後の『聖域』って呼ばれているんですよ」

そう漏らす。生まれ育った町を守りたい、少しでも何か恩返しができれば、と入団した経緯は人それぞれだ。そんな思いを持って活動される方に出会うと頭が下がる思いだ。一方、消防団には誰も触れることができない闇がある。

「消防団を辞めようとしたんですけど、辞任届は出さなくてよいと言われまして。いわゆる『幽霊団員』なんです。幹部が地元の金融機関で、勝手に私の銀行口座を作ってきて、所属したままになっているので、報酬(給与)が都度出ています。他の団員に聞いたり調べたりしていくと、お金をプールして宴会の費用とかに使うためだと分かってきました」

最初は半信半疑だった。そんな簡単に不正請求ができるはずがない、という思い込みがあったからだ。

根の深い問題

私にとって消防団のイメージは、震災だった。神戸市長田区で生まれ育ち、1995年1月17日に起きた阪神・淡路大震災に遭った。震災の記憶は断片的だが、突き上げられるような轟音の後に家屋が揺れ、食器棚からなだれ落ちるように皿やコップが次々と割れる音は今も耳に残る。布団の中でうずくまりながら、余震の恐怖を堪え忍んだ。平屋建ての自宅は半壊となり、周辺の家屋も倒壊した。

火災が発生した近所のアパート前を通ると、鼻につく嫌な臭いは記憶に強く焼きついている。震災から25年以上が経過した中、近くには取り壊して更地のままの土地もある。地元で起きたことに興味を持ち、図書館で被災現場の写真集などを見る機会が何度かあった。幽霊消防団員の取材を始めた当初も見返してみた。写真にはなぎ倒された家屋から、消防署員に交じりながら法被を着て人命救助に励む消防団員の姿が映っていた。消防団員は地域に必要な存在として認識していたが、不正の温床になっているとは取材前、思いもしなかった。

毎日新聞のデータベースで「消防団」と検索してみると、大学生や女性、外国人らを巻き込んでなり手不足の解消に取り組む記事、消防操法大会に参加する団員の様子などの写真が目についた。

一方、消防団員に支給される報酬や手当を巡って、相次いで横領などの不正が起きている実態も浮かび上がってきた。団長や経理を任された団員が一般団員らに支給する報酬や手当を個人の遊興費や生活費に充てている。こうした記事は、地方版の記事としてほとんどが見出し1段の「ベタ記事」として掲載されていた。全国的な問題として認知されていなかった。いずれも、金銭にまつわる問題が書かれている程度で、幽霊消防団員に関する記事、架空請求で公金が垂れ流されている事案については触れられていなかった。根の深さを感じた。

悲痛な訴え

最初に取材で出会ったのは50代男性(岡山市在住)。仕事の合間、ランチタイムに人気のない喫茶店で落ち合った。退団の申請を受け入れてもらえず、幽霊団員化してしまった。

「無駄な公費が垂れ流されている状況が分かってきた途端、腹立たしくて」

最初は、丁寧で物腰が柔らかい口調だったが、次第に怒りがこみ上げてきているようだった。聞けば、本来、訓練や消火活動に参加した際、対価として個人に支給される手当や報酬、年間数万円が団幹部によって架空請求され、団の飲み会や旅行に使われ続けているかもしれないとのことだった。問題を告発しようと思っても相談機関がなく、過去に問題視した団員もいたが、その団員は地域で村八分にされたという。

幽霊消防団員を団の活動に参加させたことにして自治体に架空請求すれば、後に手当が振り込まれることが取材で分かった。自治体側のチェック体制も極めて甘かった。男性は、飲み会中に他の団員に相談してみたが、

「おとなしくしている方が身のためですよ」

と耳元でささやかれたという。でも、黙って見過ごせなかった。一銭も払ったことがない飲み会はいつも血税が資金源になっていた。

「いろいろ調べていくと、消防団員はボランティアじゃなかったんです。そもそも報酬や手当がもらえるなんて入団時に一切説明を受けていませんし、なぜか個人の銀行口座は分団が管理しています。分団の機庫(消防団の備品などがそろう建物)の中にある冷蔵庫には焼酎やビールが常にいっぱい。旅行ではコンパニオンの女性を呼んでどんちゃん騒ぎ。もう、どうしたらいいんですかね」

男性だけでなく、全国各地の現役団員や元団員らに幽霊消防団員の実態について取材してきたが、誰もが、一度語り出すと止まらなかった。こちらが質問する隙はなかなかなかった。

「とにかく所属する分団の実情を聞いてください」

悲痛な訴えだった。閉鎖的な組織風土のため、他の消防団の実情を伝えると安堵の表情を浮かべたり、声のトーンが落ち着いたりする人が多かった。取材を進めるほど、ずさんな管理体制が次々に判明した。収支報告書をまったく作成していない分団もあり、団員でさえ帳簿を見ることができなかったり、収支報告書の公表が突如、廃止になったりした事例もあった。どれだけの人が消防団に関する不正問題に関心があるのか未知数だったが、地方都市で起きている問題は都心部・地方を問わず各地で起きているのではないか。根拠はなかったが、仮説は当たった。

地方で蔓延する不正に関しては、我々報道機関の責任であることも一因かもしれない。取材経費が削減されるだけでなく、地方支局に配属されている記者の数も減っている。行政を始めとする公的機関を監視する目も少なからず行き届かなくなってきているのではないかと感じている。チェックが行き届いていない事例の一つが、幽霊消防団員ではないだろうか。

匿名が絶対条件

幽霊消防団員について取材する際、相手との打ち合わせ場所や取材内容の情報管理には細心の注意が必要だった。人目につかない場所が絶対条件で、生活環境から離れた場所で会うことを求められた。中には、カラオケボックス内で落ち合った人もいた。

会話しながらも、常に人目を気にしているようだった。それだけ、取材相手は神経を尖らせていた。2011年に発生した東日本大震災を受けて、防災に関心を持って入団する責任感の強い人もいたが、いざ消防団に入ると実情に困惑したという。

取材対象者が特定されると、地域から村八分になる可能性が高いということで匿名が絶対条件だった。中には、地域外からの公衆電話で架電してくる人もいて、慎重な姿勢が伝わってきた。

「報酬や手当が振り込まれる通帳や印鑑、カードの管理状況は分からず、見たこともない」
「強制参加の宴会が月に1回開かれ、断ると団の活動に参加するなと言われるようになった」

などと次々に話がこぼれてきた。衝撃を受けざるを得なかった。

あらゆる取材を通して問題提起をしたことが一因となり、法律や条例が変わったという経験が私には何度かあった。この消防団の問題についても現行の制度改正まで踏み込めるかは不透明だったが、埋もれた一人一人の声を発信してみようと決め、2017年から取材に取りかかった。

同様の事例は首都圏でも

幽霊消防団員の実情を報道した後、似たような被害にあったというような声が何十件と寄せられた。驚いたのは、幽霊消防団員や不正に関与している団員のほか、今まで問題意識を持ち続けていたものの、周囲に相談できなかった現役団員からも声が寄せられたことだった。また、男性に限らず女性団員からも分団幹部による横領・水増し請求などを指摘する声も届いた。

もちろん、こうした分団がすべてとはいえない。災害時だけに限らず、日常から訓練を怠らず、活動に励む団員が多いことは間違いない。ただ、他県の消防団員と親交し続けている、ある幹部団員の男性は、

「全国の半分ぐらいの団では幽霊消防団員を始めとする報酬・手当の在り方になにかしら問題があると思います」

幽霊消防団員の常態化や報酬や手当の横領、団員へのパワーハラスメントといった問題は各地で起きていた。意外だったのは地方都市に限らず、首都圏でも同様の事例が起きていたことだ。都内では港区、中央区、大田区、多摩地区など。団の運営に疑問を持った人たちが声を上げても、他の団員から報復措置を受け、いざこざは現在も続いている。団員だけに限らず、団員の家族や消防団活動に疑問を感じている地域住民、消防団員に報酬や手当を支給する業務についていた行政職員からも反響があった。

また、政治と消防団の関わりの深さも見えてきた。市町村議が団員を務めている地域も多く、選挙時には消防団が票田になっていることも多いという。選挙前のチラシ貼りを手伝わされたり、消防団に入団してまもなく選挙ビラが届くようになったりしたという声もある。疑問を持った団員は「なぜ」の声を発することがなかなかできない。

「そういうものだから」

幹部団員に問い詰めても返答は求めているものとはほど遠く、うやむやな回答ばかりだった。ある地方議員に幽霊消防団員に関する問題について話を聞いたところ、

「年に1〜2回は団に挨拶に行きますし、まとまった人数が集まる場所なので選挙には欠かせません。問題の追及ははっきり言って難しいと思いますよ」

と初めは歯切れが悪かったが、開き直ったように口調も滑らかになった。

団員を務めている人の職種はさまざまだ。取材で接触した分団の団長は公務員や経営者、元消防士などその地域で実権を持つ人が担っているケースもあった。議員は訓練や災害活動にはほとんど参加しておらず、主な出席は飲み会がほとんどだ、という証言もあった。

パンドラの箱

一方、抜本的な対策を進めるのは横浜市や京都市など。一定期間、活動がない団員には報酬を支給しないよう制度の改革に取り組んでいる。こうした取り組みは一部の自治体に限られているのが現状だ。

消防職員の30代男性(兵庫県内)は、消防団のことを「パンドラの箱」と表現する。決して触れることができない闇、すなわちアンタッチャブルだという。もちろん、真面目に活動している消防団員がいることを付け加えるのも忘れなかった。

「一部の消防団員が甘い蜜を吸い続けている。感覚が麻痺しているとしか思えない」

問題として認識しているものの、手がつけられない。手をつけることで肩身の狭い仕事しかできなくなるとも話をしてくれた。

自治体が厳しく追及できないことには理由がある。地域の有力者が消防団員を務めているだけでなく、消防団本来の活動以外の業務についても依頼しているからだ。消防団の活動は訓練や災害活動のほかに、花火大会などのパトロール活動も担っている。こうした警備活動は手当の支給外になっているケースが多い。消防団が自治体にとって都合の良い存在という一面も少なからずある。

消防団側にも言い分がある。人員確保がままならず、担い手は年々減り続けている。幽霊消防団員を利用して、団の運営資金を賄うためだという主張もあった。報酬や手当がちゃんと個人に支給されているケースは取材上、少なく、分団の運営費だけでなく飲み会の費用などとして徴収されていることも発覚した。

幽霊消防団員や報酬・手当の不正受給はごく一部の団の問題かもしれない。しかし、一部の問題が全国さまざまな地で聞こえてくることも事実として受け止めなければいけない。

火災だけに限らず、災害時、消防団の役割は非常に大きい。活動中に命を落としてしまう危険性と常に隣り合わせだ。地震だけに限らず、近年は豪雨など大規模災害が日本各地で頻発している。消防や警察、自衛隊といった公的機関の救助・支援活動だけではどうしても人手が足りない中、消防団への期待は大きい。

不正が蔓延する体質を嫌って消防団への入団をためらったり、退団したりした人の話も取材した。消防団が、一部の人による既得権益のような存在であってはならない。消防団の体質改善に向けてまず、多くの人に実態を知ってもらうことが必要だ。なり手不足は消防団だけに限らず、例えばマンションの組合組織もその一つだ。管理が行き渡らず、修繕費の徴収もままならなくなっている物件は数多い。時代に合わせた運営に変えていかなければ、担い手は集まらないという共通点が浮かび上がってくる。人手の争奪戦が起きている。

地域には、機庫が至る所に存在する。

あなたの住んでいる地域の消防団は、ちゃんと活動しているのだろうか。

万が一、災害が起きた時に十分機能する組織だろうか。

住民による監視の目が行き届くことが、不正事案の抑止効果になるのは言うまでもない。人災が起きてからでは遅い──。

そんな願いを込めて取材を進めてきた。

著者プロフィール

高橋祐貴(たかはし ゆうき)
神戸市出身。慶應義塾大学文学部卒業。2014年、毎日新聞入社。和歌山支局、岡山支局を経て’19年5月から東京本社経済部。金融や資源エネルギー庁、経済産業省を担当し、’20年10月から始まったシリーズ企画「見えない予算」で、市民団体、メディアアンビシャスによる「2020年メディア・アンビシャス大賞」の活字部門に入選。私物化される幽霊消防団員を始め、一般社団法人を通じて電通などが政府から委託業務を請け負う「隠れみの」の実態、東京五輪の運営委託業務における人件費単価などの問題を取材してきた。本書が初の著書。

幽霊消防団員◇目次

まえがき 最後の「聖域」
第1章 時代遅れの組織
第2章 パンドラの箱
第3章 閉鎖的な組織風土
第4章 消防団にメスは入れられるか
あとがき

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