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技術に疎い高齢者も仮想現実で生きられるのか?―『メタバースは革命かバズワードか~もう一つの現実』by岡嶋裕史

3章④ なぜ今メタバースなのか?

光文社新書編集部の三宅です。

岡嶋裕史さんのメタバース連載の17回目。「1章 フォートナイトの衝撃」「2章 仮想現実の歴史」に続き、「3章 なぜ今メタバースなのか?」を数回に分けて掲載していきます。今回は3章の4回目です。なぜここに来て、メタバースということが言われ始めたのか? その背景を探っていきましょう。

盛り上がっているメタバースですが、高齢者は対応できるのでしょうか? 若い人だけのものになってしまうのでは? という懸念に答えます。

下記マガジンで、連載をプロローグから順に読めます。

3章④ なぜ今メタバースなのか?

■技術に疎い高齢者もメタバースで生きられるのか?

若いからパソコンを使いこなせるわけではない

 こうした質問に接することは、よくある。

 政策を考える会議などでも、「高齢者はITに疎い」を所与の条件として、議論がなされる。しかし、これを世代論で語ることがすでに間違っているのではないだろうか。

 私の恩師の一人はもう80歳を超える。電話を使いにくくなるほどには耳も不自由だ。しかし、オブジェクト指向言語を使いこなし、未だ難解なエアロダイナミクスの解析プログラムを書く。

 それは過去にその道の玄人だったからだろうと言うのであれば、若宮正子さんはどうだろう。若宮さんがプログラミングを始めたのは81歳のときだ。今では世界的に著名なアプリ開発者である。

若宮正子さん

 若年層はどうだろう。デジタルネイティブと呼ばれる世代も、そろそろ本格的に社会の中核を形成する年齢になった。しかし、未だ大学はコンピュータリテラシの授業でキーボードの使い方を教え、会社の新人研修ではExcelを習う。

 彼らをディスっているわけではない。先端のガジェットを素早く使いこなすスキルや、与えられたシステムを活用する発想はこの上なく見事だ。でも、スマートフォンやタブレットを身近な端末、ファーストスクリーンとして育った彼らは、パーソナルコンピュータのディレクトリ構造を知らない。
業務で何かを作り出す作業では、今しばらくはパーソナルコンピュータの助けが必要であろう。デジタルネイティブ世代であるから、教わりもせずにWindowsやMacOSを使えるわけではない。そんな期待をされたら彼らも迷惑である。

 囲まれてきた環境によってその機械を使いこなす準備ができている人の多寡はあれど、世代で技術への適合性をぶった切るのは雑が過ぎる。当たり前のことだが、情報システムが好きかどうか、得意かそうでないかは1人1人違うのだ。

技術の目的は、人ができないこと、苦手なことのサポート

 情報技術に限らずすべての技術は、基本的にはオーグメントデバイスをつくる。生身の人間ができない、荷が重いことをサポートし、できるようにする。だから、障害のある人や高齢者にとってこそ、使うメリットがある。

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介護ロボット(理研)

 障害のある人や高齢者を介護する機械やロボットはかなり一般化し、受け入れ側の忌避感もなくなってきた。使い方にも工夫がこらされ、「難しそうだから、使うのやめておこう」という域は脱している。ロボットの場合はリアルで稼働する制約があるので、まだまだできることは限られているが、仮想現実内であればできることのバリエーションはずっと広がる。

「お年寄りは現金が好きでしょ」と決めつけてしまっては、可能性は拡がらない。目がかすみ、計算に時間がかかるようになり、指先が不如意だからこそ、電車に乗るときはキャッシュレスで決済したいかもしれない。元気でぴんぴんしている人より、使うことで得られる快適さの向上度合いが大きい。

 新しい項目を習得し、使いこなす能力が落ちているならば、それをこそ情報技術やAIでサポートするのである。技術はもともとそのような目的のために生まれたのだ。

高齢ゲーマー

「ご高齢者は新しい取り組みが嫌い」は、それこそ偏見だろう。80の手習いでプログラミングを始める人もいれば、高齢になっても(高齢になったからこそ)、ゲームを楽しむ人もいる。
 2021年3月26日には、ねとらぼが高齢ゲーマーのことを報じている。

 10年以上「細菌撲滅」をプレイし続け、2台のDSを使い潰した77歳、「ダンまち」のチャットに興じる69歳、「Apex Legends」で勝利を積み重ねる62歳が活写されている。

 ここでいう「ダンまち」とは、メディアミックス作品「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」のソシャゲである「クロス・イストリア」のことだ。ネットのジャーゴンが飛び交うソシャゲでチャットは難易度が高かろうと思うが(私は尻込みする)、リセットボタンがない環境でのゲームを楽しんでいると気炎を上げる。

 Apex Legendsに至っては反射神経勝負のFPS(First-person shooter:一人称視点狙撃ゲーム)である。先述したGTAより治安がいいとは言え、素早さが求められる殺伐とした世界である。そこに、Discord(ゲーム用のコミュニケーションツール。ビデオチャット、ボイスチャット、テキストチャットなどが使える。ビジネスにも転用されている)でチャットをしながら参戦しているという。DiscordやSlackって、会社でも使いこなせている人は多くない。すごいことである。

 おじいさんが畑仕事に行っている間に「細菌撲滅」にアクセスするおばあさんといい、高齢ゲーマーはなんだか楽しそうだ。もちろん、この中には元プロというか、その道が専門だった人が混じっているので、全体に敷衍するのは危険だが、高齢者のポテンシャルを舐めてはいけないと思う。

歳をとっても二次元が好き!

 仮想現実での恋愛もOKだ。私はかつて、「大人になったら、こんなに好きな二次元女子からも卒業していくのか」と寂寥にとらわれたことがあったが、すっかり高齢になったいまもまったく卒業できていないし、何なら昔よりもっと好きになった。

 将棋界の重鎮で、本当に真面目な人格者である高橋道雄九段も、「けいおん!に出会って人生が変わった」「ラブライブに精神世界を全部持っていかれるかと思った」などと発言しているので、歳を重ねてからでも十分に仮想現実に適応できると思われる。(続く)

こちらのマガジンで最初から連載が読めます。

岡嶋裕史さんの好評既刊。



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