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【第41回】戦国時代の村で何が起きていたのか?

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★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

「七人の侍」と戦国時代の村の真実

2018年、イギリス放送協会(BBC)が、世界43カ国の映画評論家209人のアンケートを集計して「外国語映画ベスト100」を選定した。その結果、第1位の栄誉に輝いたのは、なんと1954年公開の黒澤明監督「七人の侍」だった!

この映画の舞台は、戦国時代末期の山間の農村である。長い戦からあぶれた野武士の集団が、秋になると村を襲って収穫したばかりの米を奪い、村の女や財産を略奪した。逆らう村人がいれば、容赦なく切り捨てる。衰退した足利幕府の代官も頼りにならないという設定で、田畑を捨てて逃げることもできない。ついに村人は立ち上がり、腕の立つ侍を雇って自衛することにした。

そこで雇われた志村喬や三船敏郎らが演じる癖のある七人の侍が、最初は村人から敬遠されながら、幾つかの事件を経て次第に村人たちの信頼を得る。彼らは、刀の持ち方さえ知らない村人に武器を用いて戦う方法を教え、村の周囲にさまざまな罠を仕掛けた。そして、ついに決戦の日を迎える……。

この映画は207分の長編で、映画館では途中に5分間のインターミッションが入る。それにもかかわらず、最初から最後まで展開のテンポが速く、大雨の中での最終決戦まで、あっという間に時間が過ぎる。不朽の名作である。

あまりに名作すぎて、1960年にはアメリカで西部劇仕立ての『荒野の七人』にリメイクされ、その続編が何作も公開されている。ジョージ・ルーカスは大学時代に観て大きな影響を受けたそうだが、たしかに彼の「スター・ウォーズ」シリーズには、「七人の侍」を想起させるシーンが何度も登場する。

本書の著者・藤木久志氏は、1933年生まれ。新潟大学人文学部卒業後、東北大学大学院文学研究科修了。聖心女子大学専任講師、立教大学教授などを経て、立教大学名誉教授。専門は日本中世史・戦国史。著書は『戦国社会史論』(東京大学出版会)や『中世民衆の世界』(岩波新書)など多数。2019年9月28日に逝去した。本書は、1997年に刊行された同タイトルの朝日選書の改訂版である。清水克行氏による明解な「解説」も新たに加えられている。

さて、本書の初版が発行された当時、新聞書評が「まったく新しい戦国時代像」と取り上げて大評判になったという。なぜなら、「戦国時代研究の第一人者」とみなされた藤木氏が、映画「七人の侍」が描いた戦国時代の「村」は現実から大きく遊離していることを歴史学的に綿密に立証したからである。

実際には、戦国時代の村人は腰に刀を差すのが普通であり、村全体を外敵の侵入に備えて要塞化し、いざという時には自前の「村の城」に籠って村人や財産を守った。見張りが早鐘を打ち鳴らすと、すぐに村の男たちが武装して集まり、戦闘に備えた。しかも、「野武士」のような盗賊集団を各地の戦国大名が許すはずがなく、そもそも存在さえしなかったらしい。要するに、映画「七人の侍」の場面設定そのものが、ほぼ架空の話だったというわけである!

本書で最も驚かされたのは、諸大名が争う国境に住む村人が「何れの御方たりと雖も、ただ強き方へ随(したが)い申すべき也」と発言した記録である。「誰でもよい、強い方につく」と明言していたわけだ。現実の村人は、生き残るためには、たとえ相手が大名でも平気で裏切る強者だったのである!


本書のハイライト

もともと中世の城は、決して大名たちだけのものだったわけではなく、中世の社会では村もまたたしかに自前の城をもっていたのです。長いこと戦国の民衆を戦争のみじめな被害者とばかりみて、ひたすら同情をよせてきた私にとって、この「村の城」の発見は、戦国の世に対する見方をすっかり変えてしまうほど、大きな収穫でした。「村の城」の存在は私たちに、中世の村の力量や主体性をもっと重視する必要がある、と告げているのです。(p. 20)。

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著者プロフィール

高橋昌一郎_近影

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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