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鍋焼きうどんの湯気につつまれて、冬|パリッコの「つつまし酒」#140

突然の鍋焼きうどん欲

 先日、TBSラジオの人気番組「アフター6ジャンクション」にゲスト出演させてもらった時、パーソナリティーのRHYMESTER宇多丸さんが、「鍋焼きうどんが大好きだ」とおっしゃられていました。なかでも「東京赤坂 やぶそば」の鍋焼きうどんがお好きだそうで、1500円とちょっと高級ではあるんだけれども、あれはもはや鍋物だからと。そう考えればだんぜんお得で幸せな食べものなんだと。
 それを聞き、今は冬。がぜん鍋焼きうどんが食べてみたくなりましたよね。考えてみればこれまた、今までの人生で自分から注文したことのないメニューかもしれない。世の中、本当にいつもの自分“じゃない”ことだらけだよなーと。
 というわけで、鍋焼きうどんを食べに行こう! でもどこに? もちろん赤坂やぶへ行くのもいいけど、まずは近所で食べてみたい気がする。
 そういえばこないだ、どうしてもそば屋の出前気分の日があったんですが、あいにくお気に入りのそば屋が定休日ということがありました。そこで自宅から遠くなさそうなお店をネットで探してみたところ、練馬高野台という駅が最寄りの「大村庵」というおそば屋さんを見つけましてね。結論から言うと出前のエリア外だったんですが、でもその時に対応してくれた店員さんの、「すいませんねぇ、そちらの住所は受けていないんですよ」と、ていねいに謝ってくださった優しさにすっかり魅了され、そのうち行ってみようと思ってたんだった。
 よし、今日は、大村庵に鍋焼きうどんを食べに行こう!

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やって来ました「大村庵」

こんなにも飲めるそば屋だったとは!

 で、僕はこちらには初めてお邪魔したんですが、結論から言ってしまうと、めっっっちゃくちゃいいお店でした! それはもう、入った瞬間にハートを撃ち抜かれてしまうような。
 近年建て替えられたであろうビル型でありながら、歴史を感じさせる店内。民芸調というのかな? 広々とした店内の中央に「これ樹齢何年?」っていう、大木から切り出したテーブルが配置され、テーブル席も小上がりの座敷も潤沢。それからですね、控えめなボリュームでずっと、演歌が流れてるんです。これが抜群! 昨今なかなかないですよ。ここまでパーフェクトな雰囲気の店は。

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あ〜落ち着く

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今度家族で来たときはここだな

 さらに、メニューが熱い! 熱すぎる! もり、かけ、たぬき、きつね……と続くオーソドックスゾーンの安心感もさることながら、「まかないカレーうどん/そば」だとか「こしょうそば」だとか「カキフライカレー」だとか、気になるメニューが盛りだくさん。さらには、単品のお酒のつまみも盛りだくさん。こんなにも飲めるそば屋が家からそう遠くない場所にあったとはと、不勉強を恥じましたよね、実際。

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いいメニュー構成

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次回は絶対頼むからな! 「肉豆腐」

 しかしまぁ、今日の心は決まっているわけで、「鍋焼きうどん」(1050円)と瓶ビール(500円)を注文。

いざ、鍋焼きうどん!

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ビール到着

 まずは瓶ビールが、しそ風味の昆布のたらこあえと一緒にやってきました。なんとも小憎い小鉢だこと! これをちびちびやっていると、鍋焼き到着。

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確かに、鍋ものだ!

 運んでくださった店員さんに「フタ、おとりしましょうか?」と聞かれたんですが、なんとなくここは自分でやったほうがいい気がします。そこから僕と鍋焼きうどんのストーリーが始まる気がする。せっかくの心遣いですがお断りし、あつっ! あつっ! とか言いながら、蓋をぱかっと外す。すると、お出ましになりやがりましたよ。全貌が。

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あぁ、これは……いい

 上から時計回りに、海老天、ねぎ、白いかまぼこ、だてまき、ほうれん草、お麩、なると、紅白かまぼこ、そして中央に半熟玉子。具材はぜんぶで9種類か。
 まずはグズグズになりすぎる前に、添えられたお椀に海老天を非難させ、その横に思い思いの具材をとりながら食べすすめます。なるほどこれは、まごうことなき鍋だ。鍋焼きうどん、想像以上に鍋だ。一気にズズーっとすすりがちなうどん業界のなかで、酒のつまみとしての実力が優れすぎている。

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ちまちま食べが楽しい

 おっと、そんなことをしていると、見落としていた具材であるたけのこを発掘。大村庵さんの名誉にかけて訂正します。具材、10種類でした。

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発掘もまた楽しい

 甘さは控えめで、想像よりもキリッとしたつゆがうまく、細めのうどんの柔らかい口当たりに癒される。しょっぱいつゆに浸った甘いだてまきってどんな味なんだろう? と思って食べると、意外や想像そのままの味なのがおかしい。よくつゆを吸ったお麩はこれ、むしろごはんのおかずだろうと、白米と一緒に食べてみるとこれがばっちり! そしてそして、いざ! と、ぷりぷりの海老天にかじりつくごほうび感がすごい。そんなふうに忙しくあちこちつつきながら飲むビールが、ひと口ごとにうまい。あぁ、鍋焼きうどんって、こんなにも楽しい食べものだったのか!
 ところで僕は、汁ものに生、もしくは半熟すぎる玉子が浮かべてあることに対しては、懐疑派の立場をとる者です。あちこちで何度も書いているので詳細は省きますが、一度黄身を割ってしまうと汁がにごるなどの理由から。ところがここの鍋焼きうどんには、小ライスが添えられているわけで、となれば玉子は、海老天からもろもろと崩れ落ちた衣とつゆと一緒に、オンザライスしてしまうという手が使えるわけですね。

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どーん!

 卓上のごまと七味をたっぷりとかけ、シメの「つゆ玉子かけごはん」がここに爆誕。というかもはや、これは雑炊? つまり鍋焼きうどんとは、どこまでもいっても鍋だったということか。
 そういえばこの食べかた、宇多丸さんもやるって言ってた気がするぞ。さすがは鍋焼きうどん道の大先輩だ。先輩、とても小さな一歩ですが、僕もその道、今、歩みはじめました。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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