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雪見酒|パリッコの「つつまし酒」#95

「はあ、今週も疲れたなあ…」。
そんなとき、ちょっとだけ気分が上がる美味しいお酒とつまみについてのnote、読んでみませんか。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、それが「つつまし酒」。 
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。

雪? こうしちゃいられない!

 朝から仕事場で長めの原稿を書いていました。どんな仕事もそうだと思うんですが、着手するまでがいちばんめんどくさいんですよね。大概はなんとか1〜2行でも書きはじめてしまえば頭が回転しだし、やがて気持ちもノッてきて、集中していたらお昼を食べることも忘れて3〜4時間ひたすらキーボードを打っていた。なんてことは珍しくありません。
 午後2時半頃。やっと原稿を書き終え、もう一度頭から読み直して推敲し、編集者さんに送信。ふぅ、お茶でも入れるか。なんて席を立ち、台所から窓の外を見て驚きました。あれ? すっごい雪降ってる!

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突然の雪景色

 どうりでなんだか静かだったわけだ。別に僕の集中力が高まったあまり、“ゾーン”に入ってたわけじゃなかったんですね。しかも、ほんのりと積もりはじめてるじゃないですか。今日、雪の予報なんてあったっけ? とにかくこうしちゃいられない。ゆ、ゆ、雪見酒のチャンス!

 雪による被害が深刻な雪国の方には大変申し訳ないと思いつつ、僕の住む東京都心部に雪が降るのは、年に数回程度。積雪ともなれば、年に一度あればいいほう。この、いつも知っている風景が真っ白く化粧される非日常感に、僕はどうしてもわくわくしてしまうんです。そしてまた、酒飲みは非日常を酒のつまみにしたがるもの。雪なんか見てしまったら、酒を飲まないでいられるわけがないんです!
 ちょうど急ぎの原稿もひと段落ついたところだ。この雪だっていつまで降ってくれるかわからない。僕はたまらず仕事場を飛び出しました。

雪見酒会場をもとめて

 もちろん向かうのは、近所の石神井公園。その前にコンビニに寄って、お酒とつまみを調達しなければいけません。
 さて今日は何をつまみに何を飲んでやろうか……なんて、ゆっくり店内を見て回ってたら肝心の雪がやんでしまうかもしれない。いつになくあわあわとテンパる状況ですよこれは。それでも頭を、さっきの仕事の時以上にフル回転させて買い物&準備を済ませ、向かうは公園最深部、三宝寺池のほとりにあるお気に入りの東屋。
 アスファルトの道路に降る雪はそのまま溶けてしまっているけれど、公園の枯葉に覆われた地面や木道には、すでにけっこう雪が積もっていますね。久しぶりにザッザッザッと雪を踏みながら歩く感覚が嬉しい。

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いいなぁ、雪景色

 さすがにこの天気で公園にはほとんど人出がなかったものの、東屋に到着すると先客あり。なんと、ふたりのおじさんが屋根の下で将棋をさしています。どんだけ風流な先輩らなんだ! となると、その横でゴソゴソとお酒を飲みはじめるのも気が引けるし、そもそも自分が落ち着かない。しんしんと降る雪にすべての音が吸い込まれてしまったような静謐の風景をそこでしばらく堪能したら、別の場所を探して移動することにしました。

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聞こえるのはパチン、パチンと将棋をさす音だけ

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近所にこんな風景があるのが、我が街の良さだと思います

 幸い、広い園内にまだまだ東屋はある。次に向かった石神井池ほとりの東屋は……よし、無事空席。今日の雪見酒会場は決まったな。

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なんとも風流じゃないですか

樽酒熱燗計画は……

 ベンチに座り、買ってきたものをテーブルに広げる。おつまみは、前回に続き持参した真空断熱スープジャーに作らせてもらった松茸味のお吸い物と、だし巻き玉子。お酒は、菊正宗のカップ樽酒。

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こんなラインナップ

 さらに今日は、いつかこんな日がやってきたときのためにカバンに入れて持ち歩いていた、秘密兵器があります。ずばり、携帯型の湯沸かしキット。専用の入れ物に発熱剤を入れて水を注ぐと内部温度が100度手前まで上昇し、火を使わなくてもお湯が沸かせたり、レトルト食品を温めたりできるというすぐれもの。各社からいろいろと種類が出ている災害時などに便利なグッズですが、僕が買ったもののパッケージには「カップ酒にも」とはっきりと書いてあったので、何のうしろめたいこともありません。これなら火器の使用禁止な場所でも燗酒が楽しめそうということで、そのチャンスをうかがってたんですよね。いや〜、楽しいなぁ!

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では、雪見酒、始めます

 発熱剤に水を注ぐと、すぐに湯気をあげはじめる湯沸かしキット。そこに樽酒をセットし、熱々のお吸い物をすすりながらしばし待ちます。以前カップ酒でテストした時は10分も待たずちょうど良くお燗がついたので、そのくらいでちびりと飲んでみる。すると、あれ? まだまだぬるいなぁ。さらに5分ほど待っても、相変わらずお酒は超ぬる燗のまま。
 う〜ん、もしかしてこれ、お酒選びをミスったのかもしれません。というのもこのカップ酒、底面が若干底上げされている形状の関係で、お酒と発熱剤の間に空間ができてしまってるんですよね。要するに、カップ酒のようにピタリと設置しない。それで熱効率が悪かったというのが考えられる理由かなぁ……。
 とはいえ、こっちにはお吸い物があるから体が冷えることはない。初めて買ってみたセブンイレブンのだし巻き玉子、上品な出汁がじゅわっと染みててめちゃくちゃ美味しく、冷たいそれをひとかじりしたら、ぬる燗の樽酒でじんわり溶かす。それを堪能したら、柚子香るお吸い物で温まる。三者三様の良い香り。このくり返しが、むしろバランス良しといえるかもしれません。
 何より、屋根に守られた快適空間のすぐ外には雪景色。普段は人出の絶えない公園も、今日はほぼ貸し切り。そんな非日常をつまみに酒を飲めているというこの状況だけで、百点満点でしょう。

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このあとすぐ、雪はやんでしまいました

 あわよくば、今年もう一度くらい降らないかな。東京に雪。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。
2020年9月には『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)という2冊の新刊が発売。『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。Twitter @paricco

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