【#1-4】ロケの手ごたえゼロだった「水曜どうでしょう」の新作は、なぜ、おもしろかったのか
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【#1-4】ロケの手ごたえゼロだった「水曜どうでしょう」の新作は、なぜ、おもしろかったのか

嬉野珈琲店へようこそ。
マスターは大の珈琲好きである「水曜どうでしょう」カメラ担当ディレクターの嬉野雅道さん。店ではこだわりの珈琲を淹れながら、マスターが人生のあれこれについてじっくりと語ります。マスター独特の視点から語られる、胸に詰まった息がすっと抜けるお話――。今回は「水曜どうでしょう」がいつのまにかおもしろくなる理由に迫っていきます。

嬉野雅道連載写真

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節分も終わりましたよ

みなさんお元気ですか、嬉野です。

私は、去年のクリスマスの夜からこの場所をもらって「嬉野珈琲店」という名前で連載を始めたのです。まぁ珈琲を飲みながら、程よく覚醒した頭でそのときどきの徒然なる我が想いを書くつもりでいたのです。でも、そのときちょうど良いタイミングに水曜どうでしょうの最新作「21年目のヨーロッパ21カ国完全制覇」について思いを巡らせていた私は、「そうだ、まずは、そのことをこの連載で書かせてもらおう」と連載の第1回から新作の考察をはじめました。そしたら、書きながらも気づきがあるものだから思いの外に考察が深まって、いまだに終わらない。

もう2月ですよ。節分の豆まきだって終わってしまいましたさ。でも「水曜どうでしょう」の話は、まだもう少し続きそうです。

なので、今日、たまたまここへうっかりたどり着いてしまったみなさんは第1回から、そして2週間も待たされて前回の記事なんか忘れてしまったとお嘆きのみなさんは前回から、ぜひ、読みなおして再びここへお越しください。

では始めましょう、前回の続きです。

大泉洋の胸騒ぎ

あの「21年目のヨーロッパ21カ国完全制覇」のロケの間、大泉洋の心をずっと捉えて離さなかったのは、いつもとどこか様子の違う藤村くんの反応だったのです。せっかく自分が、おもしろく膨らみそうな話をみつけては振っているというのに、藤村くんは、いつものように反応してくれない。

「どういうことだ?」

大泉洋には、そのことが気になってしかたがなかった。

そうです。実際、藤村くんの様子は、いつもと違っていました。でも、それはこの連載で散々考察してきたとおりのことで、藤村くんが、私とミスターの思いつきに振り回され「不本意な旅に出た」ことが原因だっただけなのです。

ところが、そんな藤村くんの心模様が見えなかった大泉洋には、いつものように「打てば響く反応」をしてくれない藤村くんの変化が、そのまま「藤村くんの衰え」と見えてしまった。そう仮定できるのです。だとすれば、それは大泉洋にとって、「水曜どうでしょう24年の歴史」の中で一番ショックを覚えた瞬間だったはずです。だって、もしそうなら、これまでのように藤村くんを相手にトークを膨らませて番組をおもしろくしていくことができないことになる。ならばそれは「水曜どうでしょう」の根幹を揺るがす大問題です。大泉洋の胸騒ぎは、たしかに日を追うごとに高まっていたのかもしれません。

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こんなことがありました。あれは、湖水地方のホテルに到着し、4人で騒がしいホテルのビュッフェで晩ごはんを食べていたときです。不意に大泉洋が私を誘うのです。

「ホテル前の川辺の景色がいいから、これからそこで自分を撮ってくれないか」と。

私が「何を撮るのさ?」と聞くと、「綺麗な風景の中にカッコよくフレームインして渋い顔をするから」と言うのです。

私は、ビュッフェにミスターと藤村くんを残して、大泉洋と2人で川辺まで出て、注文のとおり綺麗な景色の中で大泉洋の渋い顔を撮りました。残念ながら、その渋い顔は、唐突すぎたので編集で落としましたが、でも、そのとき大泉洋はカメラを回している私に、こう聞いてきたのです。

「藤村くんのことなんだけどさぁ。彼、なんかおかしくないかい?  なんでオレがおもしろくなりそうな話を振ってるのに乗ってこないんだろうねぇ」と。

「オレたちはもうじじいだよ」

あのとき、私には、藤村くんの心模様がいまのように読めていなかったので、「そうかい? でも、まぁ今回は久々の4人だけの旅だから、のんびりな感じでもいいんじゃない?」とかなんとか、呑気な答えをしたものだから、大泉洋も「このオヤジに聞いても無駄だったな」と思ったのでしょう、それ以上は言わなくなりました。

でも、それから3日後。ゴールしたダブリンの街をあとにしてロンドンまで帰る道すがら立ち寄った、例のリバプールのタイ料理屋で、あれはそう、「ミスター、水増しはダメよ」の話で盛り上がる前でした。大泉くんが食事をしながら、再び、

「さっきもそうだよ、なんでオレがせっかくおもしろくなりそうな話を振ってるのに返さなかったんだよ」

と、今度は藤村くんに直接、いくぶん強い口調で問い詰めるような場面がありました。でも、藤村くんは、その話題にとくに関心を示すでもなくメシを食っていたので、その話はなんとなくうやむやになり、いつしか話題は藤村くんが持たされている会社支給のカードの限度額の話になり、「そもそも上限設定が低すぎるんだよ」という愚痴になり、その流れで、「ミスター、今度からミスターが立て替えてあとで会社に水増し請求してくれよ」という発言になり、そこから一気に「ミスター水増しはダメよ」の話題に展開していったのです。

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たしかにあのロケの間、大泉洋の目には、藤村くんの変化が「衰え」というショッキングなものに映っていたのかもしれません。ですが今、完成した「21年目のヨーロッパ21カ国完全制覇」を見ながら当時を振り返ろうとしても、あのロケの間、大泉洋が藤村くんとトークする中で、藤村くんのどこに、そんなにも違和感を覚え、藤村くんの反応のどこに危機意識を覚えるほどのこだわりも持ったのか、それがいったいどこを指すのか、分からないのです。なぜなら、分からないままに4人の旅を楽しく見てしまえるからです。

そして、今になってみれば、その大泉洋本人にしても、自分がどこにそれほどこだわっていたのか、それがもはや分からないのは私たちと同じなのかもしれないのです。だって彼は、完成した新作を見て、「やっぱり『水曜どうでしょう』はおもしろいねぇ、ずっと見ていられるよねぇ」と、とても幸せそうに感想を語っていたのですから。

でも、あの夜。リバプールのタイ料理屋を出てすぐ、大泉洋が、「最後にあれを撮ってくれないか?」と言うので、私は彼が指さすビルの壁面にズームしたのです。するとファインダーには「Zizzi(じじい)」の文字が映りました。

「オレたちはもうじじいだよ」

彼は、どこか落胆するように、そう言ったのです。やっぱり彼はあのとき、「オレたちは衰えたんだよ」という、強いこだわりに囚われていたと私には思えます。きっとあのとき、彼の意識は、そんな彼のこだわりが作りだした高い城壁に阻まれて辺りが見えなくなっていたのです。だって、たった今しがた4人は、タイ料理屋で、「ミスター水増しはダメよ」と、あれだけ大盛り上がりして笑いあったばかりだったのに。

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そういえば、私は今ふと思い出しました。

今から24年も昔のことです。4人で行った最初のヨーロッパロケのとき、ミスターがドイツ・アーヘンのホテルで私のカメラに向かって、「いい? ここ切らないでよ。21カ国回らなかったら、ぼくはこの番組、辞めます」と言い放った、あのときのミスターに、どこか似ているのです。

あのときのミスターもまた、あのロケの間、何かを強く意識し、何かにこだわり、そのこだわりが、ミスターを「21カ国すべて回りきること」にこだわらせ、そのこだわりが築き上げた高い城壁に阻まれて、あのときミスターも楽しかった旅のあれこれが見えなくなっていたのかもしれない。そして、ミスターのあの言葉に繋がっていった。

「いい? ここ切らないでよ。21カ国回らなかったら、ぼくはこの番組、辞めます」

何かが同じなのです。

ひょっとするとそこには、重い責任を背負おうとする者たちが陥る、同じ道筋があるように思えるのです。

ミスターにも、藤村忠寿にも、大泉洋にも、彼らの舌をまく仕事ぶりに興奮した世間の嵐のような称賛が、いつの間にか彼らを権威者に押し上げる、そんな道筋があったはずなのです。その道筋を意識するたび、彼らの中に芽生えた責任は、本人の自覚のないままにどんどん肥大し勝手に重くなる。その責任の重さが、彼らの意識を「もっと、もっと」「こんなことじゃダメだ」「こんな企画じゃダメだ」と、まわりを見えなくするこだわりへ駆り立ててゆく。

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それでも番組はおもしろくなっていた

さて、少しロケから離れましょう。去年の6月に、ロケから帰国して2年近く経過してから編集を始めて、「あれ? 今回のロケは、おもしろいぞ」と初めて分かって編集が楽しくなったころ、私は気づいてしまったのです。

「あ、これ藤やん、間違いなく仕上げまで全部、編集自分でやりたがるだろうな」と。

いや、要するに、私が繋いだものを見て、あの人が横でゲラゲラ笑い出したら、間違いなくあの人はその瞬間からこの作品に興味を示し始めて、今度は自分の思い通りに編集し直したくなるはずなんです。だって、編集が大好きな人ですから。そうなればあとは、たとえ私が最後まで編集を終えていようと、また全部自分で好きなように手を入れて仕上げまでやりたくなるに決まってるんです。

「あぁ、ということは、オレが編集したやつを見せて、あの人がゲラゲラ笑えば、そこでオレの仕事は終わるな。なら、オレの仕事の終わりは早いな。よし、最後まできっちり繋いで藤村くんを最後まで笑わせて全部持って行ってもらおう」

7月のこと、私は編集を終え、赤平の森から出てきた藤村くんをつかまえて、私の編集済みの動画を見せました。案の定、藤村くんは横でゲラゲラ笑い出し、そのままずっと笑っていました。そして「わかりました」とだけ言うと、あとは全部持っていってくれたのです。

すると、それまでは方々で人に会うたびに、「今度の新作は嬉野さんが編集するから」と言っていた人が、まったく言わなくなり、それどころか、よそでスケジュールの話が出ると必ず、「いや、とにかく新作の編集をしなきゃならないからなぁ」と、新作の編集を”やってる感”を強調し始めるという態度の変わりようで、いつのまにか、「21年目の ヨーロッパ21カ国完全制覇」と、新作のタイトルまで決めていて、藤村くんはすっかり編集に追われて楽しそうでした。

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こだわりを越えて

やがて夏も終わり秋になりました。
10月に赤平の森で、HTB初のリモートイベント「エアーキャラバン」を開催することになり、当日、たまたま車の中で佐野くんと2人きりになることがあったので、私は、二言三言、佐野くんと言葉を交わしました。

「結局さぁ、春先に藤やんが新作の編集をオレに振ったのって、あれって、なんだったんだろうねぇ」

そう私がこぼすと、佐野くんは心配そうな顔で言うのです。

「お二人で、ケンカとかしないでくださいね」
「え? なんでオレが藤やんとケンカするのさ?」
「だって、嬉野先生が最後まで編集したのに、結局、それに藤村先生が手を入れて編集し直して、仕上げちゃったんですから、嬉野先生が編集されていた6月の1ヶ月間、あれはいったいなんだったんだ、みたいなことになりましたからね」
「あぁ、そういうことね。いやいや、そんなことでケンカなんかしないよ」
「そうですか」
「そうさ、だって、一番いい形に落ち着いたんだから。これでみんながハッピーさ。オレだって、今更、仕上げまでやるなんて荷が重いよ」
「それならいいんですが」
「それはそうさ。そんなことより、オレがあの人の編集で腹たつのはさぁ、オレが車内で寝ちゃってカメラを落っことしたあと、湖水地方のホテルに着く直前で、またオレが寝ちゃって、画面がバッタんバッタん倒れてる映像をご丁寧にあっちこっちから拾ってきて増量してるとこだよ。あぁいうところにあの人の悪意を感じて腹たつんだよねぇ」

そんな私の話を聞いて、佐野くんは安心したように笑っていました。

「とはいえ、オレの居眠りしてるシーンが、そんなに繰り返し使いたくなるほど、あの人には、おもしろかったんだろうから、結果的にオレは現場でいい 仕事をしたってことだよ」
「たしかに」
「だからさぁ、おれにとっても、誰にとっても、最後に藤やんが、おもしろがって仕上げるってのが一番いい形なんだよ。それなのに、その一番いい形があるのに、どうしてそこに、すんなり行けないのかなぁって、それがオレには不思議だってだけだよ」

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そんな話を佐野くんとして、赤平の森で始めた「エアーキャラバン」の2日間も盛況のうちに終わった10月下旬から、北海道では「21年目のヨーロッパ21カ国完全制覇」の放送が始まりました。放送の後に、私は藤村くんと2人で今回の新作を振り返る機会がありました。そのとき藤村くんは満足そうにこんなことを言ったのです。

「あのときはさぁ、そんなことまったく思わなかったけど」
「うん」
「今になって思うと、やっぱり21年かけて21カ国回りきったことも、よかったなぁって思えるんだよね」
「そうだよね」
「そんなめんどくさいことって、あのときは思ったけど、こうやって完成したものを見ると、やっぱり旧社屋の裏口駐車場から最後の企画発表をやったこともよかったなぁって思うし、凱旋門から旅を始めたのだってよかったって思うんだよね。結局、できあがってみると全部よかったって思うんだよ」

私もそれを受けて「本当、そうだよねぇ」と、感慨深く答えました。

でも、そうしようと言った私にもミスターにも、何の確信も自信もないただの思いつきだったことに、いまも変わりはないのです。でも、その思いつきのままの行程でよかったと思える旅ができたのも、やっぱり事実なのです。そのことを、今回の旅を終えて、4人は、それぞれのこだわりを越えて、確認しあえたのではと、私には思えるのです。

4人の間にある異常な親和性

2年半前、「もう1度、4人だけで旅がしたい」と、私とミスターの思いつきで始めたあのロケが→旅立つ藤村くんのメンタルに思いがけずショックを与え→藤村くんの心模様と、そこから生じる藤村くんの様子に変化をもたらしてしまい→その藤村くんの変化を、今度は事情を知らない大泉洋が「藤村忠寿の衰え 」と見てしまって→大泉洋にまでショックを与えてしまった→わけですから、まるで玉突き事故のようなロケだったのです。本来であれば、ロケ現場でわだかまる、このような当事者たちの齟齬は、多くはロケを失敗に導く原因になってゆくものですが、いや、我々の意識の上ではロケは失敗しているはずだったのですが、蓋を開けたら、我々の場合、ロケは勝手に上手くいっていたのです。これは異常です。

だって、これって例えて言えば、なんの周到な計算も準備もなく、ぶっつけでヒマラヤに無酸素登頂して、生還しちゃったみたいなことなんですから。

「あれ? 酸素ボンベは?」
「なにが? オレ持ってきてないよ?」
「え? オレも持ってきてないよ」
「え? 誰も持ってきてないの? ミスター持ってくるって言ってなかった?」
「知らないよ、藤村くんでしょ? いつも持ってきてたの」
「なにが?」

みたいな、そんな呑気な小競り合いを、下山しながらずっと騒がしくやっていた、みたいな、そんな状況が今回のヨーロッパロケだったのだと思いますから、これはテレビのロケとしては異常です。ここまで考えなしでロケに出て、なんで生還できたのか? つまり、なんでおもしろくなっていたのか? 説明がつかない。

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「あの、細かいことを言うようですが」
「え? あぁ光文社の河合くん、どうしたの?」
「担当編集者として確認したいことがありまして」
「なに?」
「あのぉ、酸素ボンベが無いことに気づくなら、むしろ下山でなくて登っているときだと思うんですけど」
「あぁ、たしかに常識的に考えればそうね。でもね、登ってるときに持ってきてないことに気づくなら、それは空気が薄くなっていることに全員が気づいたわけよ」
「はい」
「でもさぁ、空気が薄いことに気づいて呼吸が苦しくなったときにね、みんなが酸素ボンベを持ってきていないという話になればさ、それはもうその登山隊は全滅か撤退でしょ? だったらぜんぜん呑気な小競り合いでは済まないよね」
「あ、たしかに」
「ね。つまり、この会話が呑気な小競り合いで済まされる異常さは、4人全員が知らないうちに登頂を終えてて、酸素の豊富な下山途中に『あれ? そういえばさぁ』って気づいたから呑気な小競り合いになるわけでね」
「あ、そうです」
「そう。ということは、”いまさら揉めてる”からこその呑気なわけよ。だから下山しながらというシチュエーションになるのよ」
「なるほど」

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そもそも、個人的に不満やわだかまりを抱えている人間たちが一緒に旅をして、どうしてあそこまで楽しげにトークができてしまうのか。そこが簡単に説明つかない。

ただ、放送を終えた今、私は、こんなことを思うのです。

覚えていないことの多くは、無意識に近い精神状態の中で成されたことではないのか、ということです。つまり、あの楽しげなトークは半ば無意識の状態で成されたセッション。

でも、「わだかまり」など雑念を持ちながらでは、そんな無意識のセッションには入れないはず。

しかし、あのロケには、わだかまりも邪念もあったのです。
それでも、我々4人は、それぞれの心に邪念があっても、4人でしゃべりだせば楽しくなり、いつのまにか邪念は嘘のように消え失せ、4人で無意識に近い境地にすうっと入ってしまう。そしてそのまま我々は、リングの上のボクサーのように、左右のパンチを相手の一番効果的なところへ繰り出すことだけを意識して、足を使い、巧みにステップを踏み、上半身を機敏に動かし、という具合に無意識の運動能力を発動させてトークセッションに夢中になれてしまう、みたいなとこが、あるのかもしれない。

そんなことに思いを巡らせながらこの24年を振り返ると、私はそこに、「4人の異常な親和性」を感じるのです。

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やっぱりあの4人は、4人でいると楽しくなってしまうのです。走るレンタカーの窮屈な空間に身を置きながら、それでも4人で流れる景色の中に身を置いていると、たしかに不思議と不安はないのです。そして、やがてどこかで道に迷えば、大泉くんや藤村くんあたりが聞こえよがしに誰かのせいにし始める。そうなると4人の誰もが、カメラが回っている最中に下手はうてないと思うのか、あるいは視聴者の見ている前では優位な自分を見せたいと欲望するのか、きまって小競り合いを始めるのです。

4人は、たえず相手の急所を探り、有利な流れに乗っている奴は”こいつか”と思えば、持論をくつがえしてでも口裏を合わせ、すり寄っては味方になり、不利だと見極めれば、背後から平気で矢を射かけるような発言をし、節操なくもう一方の流れに寝返る。うっかり失言すれば、たちまち全員から一番痛いところを突かれてしまう。そのときどれだけ強い言葉が心に突き刺さろうと、4人はカメラが回っている中で弱ったメンタルを見せるのは損だとでも思っているのか、反論できないと判断すれば、今度は貝のように口を閉ざして”だんまり”を決めこみ嵐が過ぎるのを待つ。ジャブを繰り出し自分が攻勢に出ていると思っていたら不意にカウンターパンチを喰らって、ぐらぐらに体勢を崩されるんだけど、そのカウンターが見事過ぎれば、マットの上に崩れ落ちながら当の本人は笑っている。その奇妙さを指摘されて今度は車内の全員で爆笑する。気がつけば、日常ではとうてい聞けない規模の悪態に心を串刺しにされながらも最後は楽しくなって癒されている。そんな無意識のセッションに導いて行く4人の異常な親和性の威力は、21年経っても、少しも衰えてはいなかった。「21年目の ヨーロッパ21カ国完全制覇」は、そのことに4人であらためて気づけた重要な旅だったのではないか、私は今そんなふうに思うのです。

しかし、4人のその異常な親和性の正体は、いったい何を根拠に生じてくるものなのでしょう。
(つづく。次回の更新は2月18日です)

追伸
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                              嬉野雅道

嬉野雅道(うれしの まさみち)
1959年生まれ。佐賀県出身。「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)のカメラ担当ディレクター。愛称は「うれしー」。ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、文化庁芸術祭賞優秀賞など多くの賞を受賞したドラマ「ミエルヒ」では企画を担当し、福屋渉氏とともにプロデューサーも務めた。「愛と平和と商売繁盛」「負けない」がモットー。どうでしょう藩士と奥様に人気。著書は『ひらあやまり』『ぬかよろこび』(ともにKADOKAWA)など多数。

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