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【第27回】実践してわかること――運ぶ物の重心と、自分の重心|三砂ちづる
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【第27回】実践してわかること――運ぶ物の重心と、自分の重心|三砂ちづる

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忘れてしまった、身体の力。脈々と日常を支えてきた、心の知恵。まだ残っているなら、取り戻したい。もう取り戻せないのであれば、それがあったことだけでも知っておきたい……。
日本で、アジアで、アフリカで、ヨーロッパで、ラテンアメリカで。公衆衛生、国際保健を専門とする疫学者・作家が見てきたもの、伝えておきたいこと。

著者:三砂ちづる  


実際に行うことこそが、頭上運搬のトレーニングになる


頭上運搬をあちこちで追い、話を聞いてきて、自分でも練習したりしている。

少なからぬ女性のアフリカ研究者は、フィールドに入って現地の女性たちと一緒に水汲みをしたりするので、両手を離しての頭上運搬はできないものの、片手を添えればそこそこできるようになる、という話はすでに書いた。

もちろん、本格的に運搬するためには、片手を添えているとその手がとても疲れるわけだから、両手を離して運搬できる方がスキルとしてはずっと優れている。練習するのであれば、両手を離せるまで練習してみるのがいいと思い、実際にやってみている。

これまで話を聞いた限りでは、前提は「誰にでもできる」ということであった。幼い頃からやっていれば、より簡単にできるが、そうでなかったとしても、大人になってからでも、必要となればできるものだ、ということがわかっている。

体の使い方としては、よくゆるんだ体と、地球の中心から真っ直ぐ立ち上がる中心軸の存在が必要だ。それはもちろん、もともとそういう体の持ち主であればやりやすいが、逆に、頭上運搬を「しようとする」こと、あるいは、「する」ことによって、そのような、よくゆるんだ体と中心軸の整った体が作られていく、ともいえるのだから、頭上運搬の練習自体は、それなりのトレーニングになるはずのものである。

自分で頭上にのせられないような重さを運ぶということ


おそらく、「割と軽くて、手でも運べるくらいの重さだが、儀礼的にのせたり、便宜上頭にのせる程度の重さの物を頭上運搬する」ことと、「自分では頭にのせられず、人にのせてもらったり、下ろす時に手伝ってもらったりするような物を頭上運搬する」ことは、少し次元が異なるように思われる。

簡単にいえば、「自分一人でのせられる物の頭上運搬」と「自分ではのせられない物の頭上運搬」は、同様に議論できないように思う。

後者の、自分ではのせられないほどの重さについては、昭和49年に発行された『日本民俗地図Ⅳ』には、大分の葛原浦(かずらはらうら)では、11~15貫(41~56kg)は普通で、最高で20貫(75kg)とされ、淡路島の中津川では、60~80kgもの重さの物をのせて4~6kmも運んだ、という記載(*1)があり、現在では全く想像することもできない重さを運搬していたことになる。

南西諸島の聞き取りでも、30kgくらいというのは実際の重さとして話に出たが、その倍くらいの重さを運搬していたこともあったのである。

30kgくらいの物をのせるにしても、自分ではのせることは難しく、誰かにのせてもらい、下ろす時には誰かに手伝ってもらう、ということが必須だったようだ。

須藤功の『民俗写真集 運ぶ』によると、「頭上に荷を乗せるのに男が手伝ってやらねばならず、それがわずらわしい」ので、沖縄県読谷村座喜味(ざぎみ)では頭上運搬が禁止されたことが引用されている(*2)。

本当に、どうすれば自分の体重より重いような物を運搬できたのか、ちょっと想像もできない。

コツは言葉で説明するのは難しい


自分で練習するといっても、この、後者のような重さの物をのせることを目指すのは、どう考えても無理なので、自分でのせられる程度の物でしか練習できない。ある程度の重さがある方がやりやすいので、本や、お菓子の箱、段ボールなどに少し物を入れて頭にのせてみる。洗濯物の入った籠(かご)なども、練習するにはよい。

私たちの髪の毛はつるつるして滑るので、頭の上とのせる物の間に何かクッションを置くことが必要で、これが沖縄などではガンシナーと呼ばれる藁(わら)で作ったドーナツ状のものだったり、伊豆諸島では、アゲモノ、マゲモノと呼ばれていた頭の上に巻いてのせる布であったりする。

自分で練習としてやってみる時には、重い物をのせないのだから、タオルや手拭いをくるくると巻いて輪っかにして頭の上にのせるくらいで十分である。軽い物で練習していると、誰でもできるようになる。

何がコツなのか、言葉ではうまく説明することが難しい。

誰でも自転車に乗れない頃があり、多くの人は必要に迫られて自転車に乗ることになるのだが、練習さえすれば、ほとんどの人は乗れるようになる。どうしても乗る必要があって、乗りたいのに、いくら練習しても乗れない、という人は、あまり聞かない。練習さえすれば、だいたい、乗れる。

体があるポイントのようなものを把握して、自転車に乗れるようになるわけだが、なぜ、どうしたから、乗れるようになったか、ということを言語で説明することは難しいのだ。

体が覚える――物と体の重心が合った時の感覚


ロンドン大学で働いていた頃、ケンブリッジの数学科を出た統計学者が上司だったのだが、彼女がケンブリッジに入る時の物理の入学試験は、「自転車でコーナーを回る時に起こっていることについて説明しなさい」という1行だけであったそうだ。

そういうことについて、諄々(じゅんじゅん)と物理学の理論を使って説明できることが入学試験で求められる、ということは、日本の物理の入試とずいぶん違うな、と思ったのは覚えている。

そういったことは物理学的に説明することができるとはいえ、物理学的に説明ができるから、メカニズムがわかるから、自転車に乗れるのか、というと、それはまた別の話だ。

いわゆる、「体が覚える」ことについて、なぜそれができるようになるのか、明確に説明はできない。繰り返して練習し、ふと、ある時自転車が乗れるようになるように、あるポイントを自分で会得(えとく)する必要がある。

頭上運搬もほぼこれと同じであるようだ。滑らないようにタオルを巻いてのせ、たとえば、物を入れた箱をのせて、できるだけ顎(あご)をひき、体をゆるめ、センターを意識する。

練習していると、ある時点で、頭の上にのせた物が、ぴたっときまることがわかり、その決まったポイントを失わなければ、どこまででも歩いていける。あるいはそのまま、沖縄のカチャーシーくらい踊っても、箱は落ちない。

そのぴたっとするところが、頭の上にのせている物のセンター、つまりは中心軸であり、体の中心軸と、のせている物の重心が合う時、ぴたっとして落ちない感じがするのであろう。

重心というのは、英語で「center of gravity」、つまりは、重力の中心、で、力学的に、空間的な広がりの中で質量が分布するような系において、その質量に対して他の物体から働く万有引力(重力)の合力の作用点、と定義されている。

頭上運搬という行為の特殊性


ということは、頭上運搬においては、一瞬にしてその、「物の重心をとらえ、自分の中心軸と合わせる能力」が必要である、ということになる。

もちろん立っているだけではなく、運搬してこその頭上運搬であり、運搬するということは、動くのだから、中心軸が動くと同時にその物の重心も動く、つまりは中心軸と重心を常にダイナミックに合わせながら動く、ということができるようになることを意味する。

そのようにして考えると、物の重心を一瞬にして捉える、という力は、頭上運搬と、肩の上にのせて運ぶ時には、必要になる能力である。

背負い籠で背中に背負ったり、額や胸に紐をかけて背負ったりする運搬方法でも、物の重心を捉えることができれば、捉えていない時よりも楽に運べるとは思うが、捉えられなくても荷物が落ちることはない。

天秤棒などによる運搬は、もともと重心を取りやすくするように天秤を調整するのだから、こちらも一瞬にして運ぶ物の重心を感じる必要があるわけではない。

頭上運搬の特殊性は、この、「運ぶべき物の重心」を一瞬にして捉える力が必要とされるところにあるのだろう。

対象物の重心を一瞬で捉える力、そしてその重心を自分の重心、つまりは中心軸とぴたっと合わせる力、そして動くことによってそれらの重心がダイナミックに動いても調整していける、という力は、運搬以外の他の行動にも良き影響を与え得たことであろう。

註釈
(*1)文化庁『日本民俗地図Ⅳ 交易・運搬』国土地理協会、昭和49年(1974年)
(*2)須藤功『民俗写真集 運ぶ』(フォークロアの眼4)国書刊行会、昭和52年(1977年)

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著者:三砂ちづる(みさご・ちづる)
1958年山口県生まれ。1981年京都薬科大学卒業。薬剤師として働く傍ら、神戸大学経済学部(第二課程)、琉球大学保健学研究科修士課程卒業。1999年ロンドン大学にて疫学のPhD。ロンドン大学衛生熱帯医学院リサーチ・フェロー、JICAの疫学専門家として約15年間、疫学研究を続けながら国際協力活動に携わる。ブラジル北東部セアラ州に約10年在住。2001年より国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)疫学部に勤務(応用疫学室長)。2004年より津田塾大学多文化・国際協力学科教授。

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