【第44回】そもそも「メタ倫理学」とは何か?
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【第44回】そもそも「メタ倫理学」とは何か?

光文社新書

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メタ倫理学における4つの基準

ミシガン大学大学院の哲学研究室に在籍していた頃、どんな教授に対してもアグレッシブに意見を表明する院生が、ハーバード大学出身のスティーブだった。彼は、留学生の私にも分け隔てなく接してくれる得難い友人だった。

さて、1983年、イギリスのオックスフォード大学を代表する著名な哲学者リチャード・ヘアが、なぜかアメリカのフロリダ大学に移籍してきた。ヘアは当時63歳なので、温暖な気候を求めたのかもしれない。あるいはスティーブが言うように、「オックスフォードの重箱の隅ばかり突く陰鬱な哲学科が嫌になって、フロリダのディズニーランドに逃げてきた」のかもしれない。

その後、ヘアはアメリカ各地の主要大学から招聘されて、精力的に講演やセミナーを開催した。1986年の春学期には、ミシガン大学で招待講演を行った。その内容は「道徳的な善悪を論理的に導き出せるか」という「メタ倫理学」に関わるテーマだった。講演後の質疑応答で、招待したミシガンのリチャード・ブラント教授はヘアの見解を擁護する一方、ウィリアム・フランケナ教授とアラン・ギバード教授が反論を述べて白熱した議論になった記憶がある。

講演会の後には立食パーティがあるが、通常、教授陣は立派なレストランの方に行く。若い院生や学生で騒めく立食会場では、スティーブと私がビールを飲みながら、「ヘアの講演は実にバカげている。メタ倫理を振りかざしても現実世界の倫理問題を解けるわけがないじゃないか!」と大声で話していた。

すると、スティーブが私の背後を見て、突然身体を硬直させ、真っ白な顔が一瞬で真っ赤に変わった。恐る恐る私が後ろを振り返ると、背の高いヘア教授がムッとした表情で仁王立ちになっていたのである! まるでコメディ映画そのもののような失態を演じた私たちは、慌ててその場から逃げ出した(笑)。この場を借りて、今は亡きヘア教授に、大変な失礼をお詫びしたい!

本書の著者・佐藤岳詩氏は、1979年生まれ。京都大学文学部卒業後、北海道大学大学院文学研究科修了。熊本大学准教授を経て、現在は専修大学准教授。専門は倫理学・メタ倫理学。著書に『R・M・ヘアの道徳哲学』(勁草書房)や『心とからだの倫理学』(ちくまプリマー新書)などがある。

さて、「人を殺すのは悪か?」という問題は倫理学で扱う。たとえば「殺人を許容すれば社会が成り立たなくなるから悪だ」というのは、立派な解答の一つである。それでは尊厳死や自殺、戦争の場合はどう考えればよいのか、と現実問題に立脚して議論の進むのが倫理学(とくに「臨床倫理学」)である。

 それに対して、メタ倫理学は、そもそも「倫理」とは何かに着目する(一般に「メタ○○」は「○○」自体を対象にする)。「倫理」を定義できるか、倫理の問題に客観的な解はあるか、倫理をどのように扱えばよいのかといった「原則論」を追究するのがメタ倫理学である。この分野の第一人者がヘアであり、原則論では何も解決できないと批判するのがスティーブの立場だった。

本書で最も驚かされたのは、佐藤氏が倫理を「重要性基準」(人間の生に重要なのが倫理)・「理想像基準」(人間の理想像を示すのが倫理)・「行為基準」(人間の意図に基づく行為が倫理)・「見方基準」(人間の世界の見方が倫理)の4つにぶった切り、明快に解説したこと。思考の出発点として大いに楽しめる!


本書のハイライト

メタ倫理学によって、いきなり現実の問題をすべて解決することはできません。でも、それを通じて問題との向き合い方を考えることは、自分の「世界の見方」を反省する機会になる、そうした反省は私たちの日常を少し良い方に進める一助になる、そう考えてもいいのではないかと、今では思っています(p. 362)。

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著者プロフィール

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。


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