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虫好きたちの、蒸し暑い一日|新入社員は新書の新人 #2

こんにちは、江口です。

いやあ、暑いですね。ここ最近は、屋内と屋外の温度差に翻弄される毎日です。というのも、わたしの通勤経路では乗り換えが多く……。電車に数分揺られたかと思うと、もう次の乗換駅です。護国寺までの道は長い。

涼しい! 暑い……。涼しい! 暑い……。

気分はさながら交代浴。これがサウナなら嬉しいところですが、残念ながらただの通勤風景です。「ととのう」気配は微塵もありません。いやあ、暑いですね。

さてさて、そんな暑い毎日のなかで、わたしは著者さんのイベントに参加させていただくなどしています。編集者たるもの、さまざまな場所に顔を出すのも仕事のうち。他の部員のみなさんにも誘われて、いざ社外へGOです。

女子校とエベレスト

出版社の人間としてはじめてお邪魔したのは、辛酸なめ子さんが登壇される「聖ドクダミ女学院」なるイベントでした。女子校育ちの辛酸さんは、ゲスト講師として招かれたようです。ちなみに店主の奥野さんは、校務員という肩書。世界観がしっかりしています。

▲ このnoteで連載している辛酸なめ子さんの記事はこちら!

高円寺駅北口から徒歩5分、北中通り商店街の一角に位置するトークライブハウス・高円寺パンディットの企画は、他に類を見ない濃いめのものばかり。

わたしが参加した「聖ドクダミ女学院」も、「サブカルおばさんたちのための女子校」がコンセプト。……濃い。しかも生徒手帳まで発行されるという徹底ぶりです。今回で通算3回目。皆勤賞の「生徒」さんも多いようで、はじまる前から雑談に花が咲いていました。会場は休み時間の教室さながらです。共学しか知らないわたしですが、なんとなく女子校の雰囲気が分かったような……(ちょっと特殊すぎる気もしますが)。

直近で参加したイベントでは、ネイチャーフォトグラファー・上田優紀さんのトークイベントも印象的でした(@代官山蔦屋書店)。

このイベントは、上田さんによるエベレスト写真集の刊行を記念したもの。スクリーンに大きく映し出されるエベレストを眺めながら、上田さんのお話に耳を傾けます。1グラムでも荷を軽くするのが鉄則の世界で、カメラのために重装備となる上田さん。その重さの分だけ、生きて帰れる可能性も低くなるそう。高尾山にすら登ったことのないわたしには、ちょっと想像のつかない世界です。

文字どおり命懸けで撮影された写真と映像は、この世のものとは思えないものばかり。よく考えれば、「この世」と言えるのかも怪しい場所です。魅了される人が後を絶たないのも頷けます。とはいえ、「これからエベレストに登る予定があるという方、いらっしゃいます?」との上田さんの質問に手を挙げた人がいたのは、さすがに驚きでした。しかも、かなり本気で登頂を目指す方が2名も! 世界が広いのか、客層が研ぎ澄まされていたのか。

▲ エベレストの厳しさと美しさについては、ぜひこちらを……!

いざ、「むし」暑いイベントへ

以上二つのイベントには観客として参加したのですが、もうすこし積極的に携わらせていただいたものもあります。それが、「昆虫大学2022」です(@浅草橋・東商センター)。

昆虫その他の『蟲』のもつ多様な魅力をプロから学ぶ」がコンセプトのこの催し。まさに蠱惑のイベントといったところでしょうか。シラバスと校歌まで用意されており、その並々ならぬ気合が窺えます。「聖ドクダミ女学院」といい、この「昆虫大学」といい、なんだか癖の強い私立学校が林立している気がします。

わたしはこのイベントに、お手伝いとして参加しました。お邪魔したのは、言わずと知れたバッタ博士・前野ウルド浩太郎先生のブース。前野先生のオリジナルグッズとともに、弊社刊行の本を販売させていただきました。

▲ グッズは前野先生の弟さんが手掛けられたとか(!)兄弟そろって只者じゃないですね。

会場の異様な熱気たるや、それこそ夏の暑さにも負けないくらいです。時間指定制が採用されていたのですが、入場時間が近づくたびに待機列が作られます。まさに、昆虫好きの、昆虫好きによる、昆虫好きのためのイベントという雰囲気です。わたしはといえば、玄関先で暴れるセミのために遅刻しかけた経験をもつ人間。虫好きどころか、どちらかといえば苦手なほうです。場違いなのでは? と心配もしたのですが、そんなわたしでも満喫できました。

各ブースに並べられた、色とりどりのアクセサリーやポストカード。美しい昆虫たちをモチーフにした品々は、どれも本当に精緻極まるデザイン。店番の合間を縫って会場を一回りして、前野先生の机に戻るころにはさまざまな虫グッズを抱えていました。本物の虫を展示しているブースもあって、かつて図鑑で目にしたミツツボアリの実物を見ることができたのも、思いがけない体験でした。

▲ 前野先生曰く「勇者のための」Tシャツ。たしかに、街で着るには勇気が要りそうです。とはいえ、昆虫大学では大人気。流行のファッションアイテム並みの売れ行きを見せ、早々に全サイズ完売。これを着てお手伝いしているのが、なんだか誇らしくもありました。

そしてなにより、前野先生人気の高さには目を見張るものがありました。さらさらとサインを書いて、お客さんとのツーショットにも気軽に応じる先生。その姿は、まるでアイドルのよう。いや、虫好きのみなさんにとっては、本当にアイドルなのでしょう。

特に印象に残っているのが、付箋でいっぱいの本を抱えた小学生。前野先生に直接感想を伝え、さまざまなことを質問するその姿には、隣で見ていても胸を打たれました。前野先生と、同じく店番をしていた担当編集者の感動たるや……。わたしもいつか、このような本に携わりたいとの思いを新たにしました。

そんな昆虫大学、次回は2024年に開催予定とのこと。パリ五輪に負けずとも劣らない、夏の一大祭典になることでしょう。これをお読みになっているみなさんも、ぜひ会場の「むし」暑さを経験してみてはいかがでしょうか。

今回の本編は、このあたりで。

新入社員、人生の推し本

夜は暑く、夜は長い。

アントニオ・タブッキ『レクイエム』鈴木昭裕訳、白水社、1999年。

毎年ある時期になると、なんだか無性に読みたくなる。そんな本ってありますよね。はじめてその本を読んだときの記憶か、あるいは物語の舞台か。このどちらかが、分かちがたく特定の季節に結びついているもの。そういう本を、わたしは読み返したくなります。この『レクイエム』もそんな一冊。7月最後の日曜日、陽の照りつけるリスボンの街が舞台です。

七月も終わりの太陽が、じりじりと照りつけてくる。[…] 影までもが不可解で、場ちがいなものに思われた。無意味な影、正午の陽射しがぺしゃんこにした、寸づまりの影だった。

7頁

須賀敦子による紹介で知られる20世紀イタリアの作家、アントニオ・タブッキの一冊です。『レクイエム』という、ともすれば大仰に響くタイトルをもつこの本ですが、その中身はとても穏やか。炎天下のリスボン周辺を舞台に、主人公がさまざまな人と出会っては言葉を交わし、ゆるりと食事をともにする。現実と幻想が絡み合い、生きる者も死んだ者も、みな等しくその姿を現します。

このレクイエムは、ひとつの「ソナタ」であり、一夜にむすんだ夢でもある。わが主人公は、同じひとつの世界のなかで、生者に会い、死者に会う。そこに出てくるひとびと、事物、場所は、たぶんひとつの祈りを必要としていたのだろう。そして、わが主人公には、物語という彼なりのやり方でしか、その祈りを唱える手だてがなかった。

3-4頁

この本の魅力の一つが、どうにも記憶に残る登場人物たち。ラコステの偽物を売る行商のお婆さん。それでよし! が口癖の鸚鵡。リスボンの街をめぐり歩く「物語売り」の男。みんなそれぞれに一癖も二癖もあって、一読すると頭から離れなくなります。

とりわけくっきりとした印象を残すのが、模写画家の男。国立美術館にイーゼルを構え、ヒエロニムス・ボスの『聖アントニウスの誘惑』を模写しつづける。しかも、そこに描かれたものを一点ずつ拡大して。テキサスに住むパトロンの依頼で、10年以上もボスの細部模写に取り組んでいることが語られます。

閉館後の美術館で、主人公と模写画家とのあいだで交わされる会話とその情景が、不思議なくらいに印象に残ります。暑い夏の夜に訪れる美術館は、それだけで特別な場所ですもんね。空調の効いた部屋に響く足音が聞こえてきそうです。

わたしたちのなかで眠っていたものが、ある日にわかに目をさまし、わたしたちを責めさいなむ。そして、わたしたちがそれを手なづけるすべを身につけることによって、ふたたび眠りにつく。でも、けっしてわたしたちのなかから去ることはない。悔恨に対してわたしたちは無力なのです。

100頁

この物語は、ポルトガル語によって記されています。「このような話はポルトガル語でしか書き得なかった」と述べるタブッキ。かつてポルトガルの100エスクード紙幣に印刷されていた詩人を敬愛するあまり、ついにはその詩人の言語でもってオマージュを捧げる。故郷にはなり得ない土地と言葉への、そこはかとない郷愁を感じます。そういえば、サウダージという有名な言葉も、の国のものだったのでした。

わたしたちはいつでも物語を必要としています、たとえそうは思えなくてもね。

140頁

気になった方は、暑い日曜の昼下がりにでも、ぱらぱらとページを繰ってみてください。それほど長くない本です。読み終わるころには日も傾いて、静かなリスボンの余韻に浸れるはずです。

今回はこのあたりで。本当に暑い日がつづきますが、みなさまご自愛ください。

それでは、またお目にかかれるのを、楽しみにしています!

(新書の新人 江口)


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