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【第46回】なぜ「宗教的過激思想」が流行するのか?

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★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

20世紀の「悪魔崇拝」

1966年4月30日、魔女が夜宴を開くとされる「ワルプルギスの夜」、カリフォルニア州サンフランシスコで、36歳の宗教家アントン・ラヴェイが「悪魔教会(The Church of Satan)」を創設した。この教会の『悪魔の聖書』には、次の9箇条の「所信表明」が宣言されている(以下、原文から私が意訳した)。

(1) 悪魔は、禁欲ではなく自由奔放を象徴する。
(2) 悪魔は、霊的な幻想ではなく、生ける世界の実存を象徴する。
(3) 悪魔は、偽善に満ちた自己欺瞞ではなく、純粋な知性を象徴する。
(4) 悪魔は、恩を知らない者のために愛を無駄にせず、愛するに値するものだけに愛を与えることを象徴する。
(5) 悪魔は、「右の頬を打たれたら左の頬も向けよ」ではなく、当然行われるべき復讐を象徴する。
(6) 悪魔は、精神的な弱者に配慮することなく、責任を果たす者に対してのみ果たすべき責任を象徴する。
(7) 悪魔は、動物としての人間を象徴する。その人間は、獣より少しは優れている点があるが、劣っている点の方が多い。なぜなら人間は「神から授かった精神と知能の発達」によって最も邪悪な動物になったからだ。
(8) 悪魔は、罪と呼ばれるものすべてを象徴する。なぜなら罪こそが人間の肉体的・精神的・感情的な欲求を満足させるものだからだ。
(9) 悪魔は、常に「教会」の最良の友人であり続けてきた。なぜなら悪魔のおかげで「教会」は失業せずに済んできたからだ。

さて、ラヴェイは高校中退後、ミュージシャンとしてサーカスに入団し、猫の調教師やオカルト調査員といった職業を転々とするうちに、人間を原罪者あるいは弱者とみなすキリスト教に強い反感を抱くようになった。彼は、キリスト教義を「奴隷道徳」とみなすニーチェの哲学に共鳴し、自らの欲望を追求する人間性こそが「悪魔」の本質であり、それこそが真実だと説いた。

ラヴェイは、カトリックのミサをパロディ化して、スキンヘッドに角を付け、黒いガウンをまとって「黒ミサ」を行った。壁には「バフォメット」と呼ばれるヤギの頭の悪魔像が描かれ、祭壇には全裸女性の生贄が捧げられた。

ここで興味深いのは、ラヴェイ自身が「どの程度真剣だったか」よくわからない点だ。本書には「金儲けのために作り上げた虚構に自らのめり込んでいった」可能性が指摘されている。それでも彼の思想は、20世紀後半の悪魔崇拝的なブラック・メタルや右翼的なカウンター・カルチャーに影響を与えた。

本書の著者・藤原聖子氏は、1963年生まれ。東京大学文学部卒業後、シカゴ大学大学院宗教学研究科修了。大正大学助教授、東京大学准教授などを経て、現在は東京大学教授。専門は宗教学・比較宗教学。著書に『現代アメリカ宗教地図』(平凡社新書)、『教科書のなかの宗教』(岩波新書)などがある。

本書で最も驚かされたのは、「宗教的過激思想」の根底に「社会的公正」のジレンマがあるという藤原氏の鋭い考察である。人間は社会で多くの選択を迫られるが、その際に「あれかこれか」の一方だけを理想とみなして徹底追求するのが「宗教的過激思想」であり、だからこそ共感者も生まれるわけだ。

ローマ教会の贅沢な聖職者を批判して極端な禁欲主義を貫いたカタリ派、「白人は悪魔」と説いたネイション・オブ・イスラム、中国政府の弾圧に抗議して焼身するチベット仏教僧……。日本では、昭和初期に腐敗した政治を破壊しようと「一人一殺」を掲げて血盟団事件を起こした井上日召……。本書の綿密な分析を読み進めるうちに、過激思想の本質が浮かび上がってくる!

本書のハイライト

多くの人が「一理はある」と認めている思想を突き詰め、いさぎよく振り子を一方向に振り切ったもの、それが過激思想なのだ。……過激化を抑えるための啓発活動が中途半端になりがちで、過激思想に惹かれる若者が後を絶たないのは、そのような運動が公正という問題につきまとうジレンマを直視せず、過激思想を単に異常思想として済ませることが一因なのではないか(p. 227)。

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著者プロフィール

高橋昌一郎_近影

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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