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【第54回】どうすればヤングケアラーを支援できるのか?

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?
★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

家族の命を背負う子どもたち

研究室に遊びに来た卒業生が「婚約が決まりました」と嬉しそうに言った。彼女は、2歳年上の相手と職場で知り合い、すでに5年間交際して、お互いのことをよく理解し合っているという。「よかったね、おめでとう」と話していたら、急に泣き出したので驚いた。彼女は、双方の家族が顔を合わせる婚約式がうまくいくか心配で、その前日は、ほとんど眠れなかったそうだ。

実は、彼女にはダウン症の弟がいる。結婚相手は、早くからそのことを知っていたが、そのことを彼の両親に話したのは最近だという。もし将来、彼女の両親が亡くなれば、彼女が弟の世話をしなければならない。この事情は、結婚相手はもちろん、彼の家族にも影響を及ぼす可能性がある。幸い彼の両親は理解を示してくれたそうだが、彼女は内心で「婚約破棄」になるケースまで覚悟していたそうだ。SNSを検索すると、そのような悲劇も少なくない。

大学時代の彼女は、成績優秀でゼミのリーダーを務め、いつも元気一杯な印象だった。幼い頃から3歳下の弟の世話をしてきたことは、まったく知らなかった。これまで相手の家族の前でも自分の家族の前でも、しっかり振舞ってきたに違いない。無関係な私の前だから、ついホッとして泣いたのだろう。

それにしても、彼女のように、障害や病気を抱えた家族のケアに関わっている若者や子どもたちを、どのように支援すればよいのだろうか?

本書の著者・濱島淑惠氏は、1970年生まれ。日本女子大学人間社会学部卒業後、同大学大学院人間社会研究科修了。今治明徳短期大学・吉備国際大学・中部学院大学講師などを経て、現在は大阪歯科大学教授。専門は、社会福祉学・社会学。著書に『家族介護者の生活保障』(旬報社)がある。

さて、イギリスで生まれた「ヤングケアラー」という言葉を「日本ケアラー連盟」は「家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18歳未満の子ども」と定義している。

本書には、ヤングケアラーの具体例が描かれている。共働きの両親を助け、認知症の祖母の見守りや入浴介助などの世話があるため小学校に行けなくなった子ども。ひとり親家庭で母親も身体が弱く、認知症で暴れる祖父をなだめる毎日で就職できなくなった大学生。小学校から高校を卒業するまで、毎日「死にたい」と言い続ける精神疾患の母親を感情的に支えてきた少女……。

本書で最も驚かされたのは、濱島氏が2016年に大阪府立高校10校で実施した調査(回答数5,671)によれば、「ケアを要する家族がいる」回答が12.7%、その約半数が「自分がケアしている」ことだ。つまり、高校生の約20人に1人がヤングケアラーであり、中には毎日「8時間以上」を費やす子どももいる。

濱島氏が有志と立ち上げた「ふうせんの会」で具体的に実施している対策は、①孤立解消、②学習、③家事・食事、④レスパイト(小休止)、⑤伴走者としての支援である。学校で「遅刻や欠席を機械的に処理しない」「個人の相談を聞く」「柔軟に対応する」ことが切実に求められている点にも耳を傾けたい!


本書のハイライト

単にケアをしている子どもが可哀想だから救う、という限定的な話ではない。学習困難、いじめ、不登校、退学、ひきこもり、就職困難、貧困、介護殺人、虐待などさまざまな問題の背景に家族のケアの問題が絡んでいることがある。ヤングケアラーという概念を用いることは、早い段階でアプローチすることを可能にし、これらの問題防止にも貢献しうる。「家族のケア」は普遍的なテーマであることを踏まえ、今後もさまざまな領域で取り組み続けてほしい(p. 230)。

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著者プロフィール

高橋昌一郎_近影

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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