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春菊天愛|パリッコの「つつまし酒」#245

春菊天そばあれこれ

 立ち食いそばが大好きな僕ですが、なかでもいちばん好きなメニューは? と聞かれれば、間髪入れずに「春菊天そば」と答えます。
 ところが春菊天そばってちょっと不思議な存在で、もちろん例外はあるものの、基本的に関東地方の立ち食いそば店にしかないメニューなんだそうですね。「菊菜」と呼んで春菊を愛する関西地方にも、では菊菜天そばがあちこちのお店にあるかといえば、そうではないらしい。そこには、関東の春菊と関西の菊菜の形や、旬による味の特徴の差なども関係しているという説はあるのですが、定かではないようです。
 初めて食べた日のことを思い出せないくらいに春菊天そばに慣れ親しんできた自分からすると、へ〜そうなんだ〜と感じつつ、より思い入れも深まってしまうというわけで。

春菊天そば

 なかでも僕がもっとも愛する春菊天そばが、地元大泉学園にある「そばうどん 松本」のもの。上の写真がそれです。もはや人生で何度食べたかわからないマイソウルフード。なんと寂しすぎることに、この原稿が公開されるまさに当日、2025年1月31日をもって、お店が閉店してしまうのですが……。

さようなら松本の春菊天そば

 そもそも、立ち食いそばでは「天ぷらそば」といえばすなわち「かき揚げそば」のことを指すことが多く、僕ももちろん、かき揚げそばは大好物です。が、春菊天はその具材が春菊のみというストイックさがいい。ざくざくと噛みしめると、独特の青い香りとほんのりとした苦味、それから甘みが口に広がり、「あぁ、これこれ」と、食べるたびに毎回嬉しくなってしまいます。で、それが徐々にだしの利いたつゆのなかに崩れだし、天ぷらはつゆを、つゆは天ぷらの油分を新たなる武器として、よりそれぞれの力を増す。それらを立ち食い特有のちょいぼそ麺と合わせてすするあの幸福!
 かつて会社員時代は日常的に食べるごはんでしたが、フリーライターとなってからは頻度も減り、ゆえに毎回が貴重な1食。うまいものの横にはつねにお酒があってほしい僕は、ついビールを合わせてしまいます。これがまた、合うんだ。

こんな春菊天そばも

 こちらは杉並区上井草にある「とらや」の名物「肉とらそば」に春菊天をトッピングしたもの。
 春菊天といえば、かき揚げ状の他にもうひとつ、そのまま揚げるタイプも定番です。そのまま天はご覧のとおり、どんぶりからはみ出すほどに豪快な見た目になることが多く、食感はサクサクと軽めになる傾向があり。どちらも僕は大好き。

これもまた春菊天そば

 こちらは以前この連載で書いた、江東区瑞江「立喰そば・立呑 みずえ」の春菊天そば。といってもオーソドックスなものではなく、そばを食べる前にやたらと酒を飲んでいた僕に対し、ご主人がサービスでちくわ天ときんぴら天をのせてくれた、もはや何天そばだかわからなくなってしまってる1杯ですが。

まさかのハンバーガー

 そもそも天ぷらの専門店にも定番としてある食材ではなく、あくまで「そば」もしくは「うどん」という言葉とセットなものとして考えてしまっていた春菊天。ところが先日、衝撃の情報を目にしてしまったんです。それは、数々の変わり種バーガーを発売し、その度に物議を醸しつつも賞賛を得てきた「ドムドムハンバーガー」の期間限定新商品。その名もずばり、「春菊かき揚げバーガー」。
 なんでも、2枚の春菊天でパティを挟んだバーガーらしく、公式の商品説明にはこうあります。

「2枚の分厚い春菊のかき揚げでパティを挟みました!(バンズ付き)」

 ハンバーガーですよ? ハンバーガー。そばうどんから、和食を飛び越えていきなり対岸へ。しかも(バンズ付き)っていう、あくまで春菊が主役でバンズはおまけ感も攻めてるじゃないですか。これは食べてみないわけにはいかないでしょう。

早急に

 さっそく最寄りのドムドムハンバーガーへやってくると、ありますね、春菊かき揚げバーガー。さらに店内でメニューを確認すると、なんと同じく期間限定の「今夜は まいたけバーガー」なるメニューが。雪国まいたけを200gも挟んだオリジナルバーガーとのことで、いやいや……ドムドムさん……そんなアグレッシブバーガーをふたつ同時にメニューに並べなくても……。もう何も言うまい。とにかく両方、お願いします!
 ちなみに店員さんに注文をお伝えしたところ、奥の厨房に向かって「ワンシュンギクワンマイタケでーす」と伝えていたのを聞いた時は、とっさにうつむいて笑いをこらえざるをえませんでしたが。
 そんなこんなで無事春菊バーガーを買うことができまして、天気がいいので近所の公園で食べてみることにします。いざ開封。

「春菊かき揚げバーガー」

 う〜ん、シュールだ。このメニューの存在を知らない誰に聞いても、春菊バーガーだと即答できる人はいないでしょう。だって、人類が初めて目にする料理なんだもん。

これだもん

 移動時間を挟んだので少々しんなりとはしてしまいましたが、まだ温かく、春菊天もメニュー写真どおりにちゃんと分厚い。このあたり、さすがドムドムさんなんですよね。
 で、この人類未到のハンバーガーにどんなお酒を合わせていいかもよくわからなかったので、とりあえず色を揃えて、氷結の「無糖 ウメ」を用意してみました。

謎の光景

 ではでは、いただきます!
 がぶり、もぐもぐ……おお? なんだかひと口目は思ってた以上にハンバーガーだ。最初に口に当たるのがバンズだし、肉の存在感もきちんとあるし。そこに春菊天のざくりとした食感が加わるのもいい感じ。
 が、さらに味わっていると、だんだんと春菊天の、今まで主に立ち食いそばでしか感じたことのなかった風味が口のなかで主張を始めます。はは、おもしろい。けれども、しつこすぎない甘辛いたれとマヨネーズの味とマッチして、ひとつの料理としてまとまっている。ちゃんとうまいな、春菊かき揚げバーガー。春菊天愛を胸に宿すものとして、これを食べられたことを誇りに思います。
 合わせた梅チューハイがまた、同ベクトルの爽やかさで大正解。うん、いい体験だった。
 あ、ちなみにまいたけバーガーのほう。これが春菊以上に狂気を感じる見た目で笑っちゃったんですが、またまたちゃんとうまかったので、あらためてドムドムハンバーガーへのリスペクトが深まった次第です。

まいたけ入れすぎ

新たなる地平へ

 しかし、やられましたね。ドムドムさんには。春菊天って、そうか、もっともっと自由に楽しんでよかったのかと。なんで今まで気がつかなかったんだろうかと。となれば、今までに食べたことのない春菊天メニューを食べてみたい。
 そうだ、立ち食いそば店にはけっこうな割合でカレーやラーメンがあります。それに単品の春菊天を勝手に合わせてみるというのはどうだろう。ごはんものには合うことが予想されるから、より予測不能なラーメンかな。春菊天ラーメン。意外と合うんだろうか、胸焼けするんだろうか。もはや、いてもたってもいられない!

「富士そば」へ

 というわけで、ダッシュで「富士そば」へやってきました。
 メニューに春菊天そばがあることを確認し、入店。券売機で「昔ながらのらーめん」(税込530円)を購入。合わせて「缶ビール」(400円)も購入。カウンターに提出し、「春菊天」(190円)を現金で追加購入。さて準備は整った。あとは全身全霊で楽しむのみ。春菊天ラーメン飲みを。

まずはビールが到着

 すぐにビールがやってきて、同時に店員さんから確認が入ります。「天ぷらにおだしはかけますか?」。当然、僕が単品の春菊天をつまみにビールを飲みつつ、シメにラーメンをすするのだろうと思っての気遣いですよね。ありがたい。しかしながら、いやいやいや、僕はその春菊天、ラーメンに浮かべたいと思ってるんです。丁重にお断りし、無事目の前に到着したのが、シンプルな醤油ラーメンと春菊天のセット。

きたー!

 まずはいったん、ラーメンのそのままの味を確認してみましょう。するとこれが、「こういうのでいいんだよ」じゃなく「こういうのがいいんだよ」の最高峰。めちゃくちゃうまいです。こんなにうまかったのか、富士そばのラーメン。

麺もたっぷり

 ならばそのまま味わえばいいものを、今日はやると決めているので。豪快に春菊天をどすん。

ラーメンの上だと海苔に見えるな

 で、肝心のお味はというと、これが違和感がなくて困惑するほどに合うんですよね〜。煮干しやみそなど、何種類かあるラーメンのうち、醤油を選んだのも良かったのかもしれないんですが、しつこさもそんなになく、春菊の味わいをしっかりと感じられて、スープとも麺とも合う。後半、徐々に天ぷらが崩れて全体の味が変わっていくのも、そばと同じ感覚でうまいです。
 な〜んだ。超ありじゃないですか、春菊天ラーメン。

最後まで堪能

 そもそも、北海道の「天ぷらラーメン」、岐阜の「天ぷら中華」など、全国的ではないものの、天ぷらをラーメンにのせるという文化は、意外と各地にあるらしいですね。それと、関東ならではの春菊天そばの融合。うまくないわけがなかった。
 今後はさらに春菊天の可能性を探っていきたいと、気持ちを新たにした新年となりました。


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パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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