【#12】西村直子がやっていることは既に個人物産展と呼ぶしかないものだった
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【#12】西村直子がやっていることは既に個人物産展と呼ぶしかないものだった

嬉野珈琲店へようこそ。
マスターは大の珈琲好きである「水曜どうでしょう」カメラ担当ディレクターの嬉野雅道さん。店ではこだわりの珈琲を淹れながら、マスターが人生のあれこれについてじっくりと語ります。マスター独特の視点から語られる、胸に詰まった息がすっと抜けるお話――。本日はバターサンドクッキーから始まる、穏やかで優しい、散歩みたいな人生に関するお話です。

たかが焼き菓子で、オソロシイ体験をしてしまう

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先日、京都で、私の知り合いの西村直子が「西村ブックセンター」という名で個人物産展を開催していたので行ってきました。場所は、京都御所近くの昭和の雰囲気が濃厚に残る、とあるビルの一室でしたが、狭い階段をのぼって店内に入ると、そこは思いのほか風通しの良い明るい空間で、センターテーブルには、いきなり目を惹く得体の知れない本たちが並んでいました。

ブックセンターという名が語るとおり、メインは、世の中では流通していない、このセンターテーブルに置かれた、ホチキスでとめた手作り感満載の本たちだったのですが、その横には竹の箸があり、竹かごがあり、他にも鍋敷き、箸置き、木杓子など、生活雑貨や、ステキな器もあれこれあって、可愛らしいデザインの文房具やシール、版画まであって、どれもこれも、なんだか妙に目を惹いて、目移りして、「あれもこれも」と欲しくなる自分が不思議に思えました。

なかでも私の目を最大に惹きつけたのはレジ周りにあった見たことのないお菓子でした。

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そのお菓子は、おそらく焼き菓子であろうと思え、ジャンルで言えばバターサンドクッキーということになるでしょうか。でも、世間でお馴染みのそれとはあまりにも見栄えが違っていて、形も色使いも過激と思えるほどポップで、パッと見、アメリカ映画に出てきそうな奇抜な色使いの菓子にも見え、味もアメリカンに大味なのかしらと思いつつも、気になって全種類買って食べてみたところ、「もうなんか、いちいち説明とかしてられん」と、焦るくらい美味かったのです。なんと言えばいいのか、世間で大量に流通している一般的なバターサンドクッキーとは、「何か」が、明らかに違う味だったのです。

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そんなこと言っても、しょせん「バターサンドクッキーなんだろ?」と、言われたらば、まったくもってその通りで。でも、口に入れるなりミラクルは炸裂して、「おや、明らかにいつもとは『何か』が違っているぞ」と、脳が騒ぐのです。おそらく計測不能なくらい微弱な違いながら、味と食感が、ありえないほど整然と歩調をそろえて押し寄せてくるのでしょう、普段は出番もなく寝たきりになっている私の一部の味覚が、その整然たる行進に刺激されるもんだから、いきなり起き上がって脳内で騒ぎ出し、私は思わず叫び声を上げてしまったのです。

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その声に驚いた隣人が、「え? そのお菓子、いったいどんな味がするんですか?」と、私に問いかけるのですが、私はもう、「なんだか分かりまへん!」と、自分の表現力に早々と見切りをつけて、口の中で砕けてゆくクッキーの粉に喉をやられては咽び泣き、「でも、美味しいんです〜」と、言ったきり、ひたすらむしゃむしゃ食い続けるばかりだったという、それは、それは、私を驚きの世界にトリップさせてくれた実に得がたい体験でした。

「人間というものは、菓子くらいで、こんなにハッピーな体験が出来てしまえるものなのか。いやいや、こんなオソロシイ菓子を探し出し、その作り手と縁を結んでくる西村直子は、あなどれんなぁ」

と、私は、いきなり襲ってきた感動に疲れ果て、しばらくものが考えられませんでした。

価値を誕生させるのは、物の力ではなく、人の力です

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まぁ今回、タイトルにもしてしまいましたが、個人物産展なんて言葉は、まだ世の中にはないです。たんに私が勝手にそう呼んでいるだけのことなんですが。でも、「西村ブックセンター」の店主である西村直子から、世界に向けて隠密のように放たれた「これ好きかも」という彼女の執着心と、持ち前の貪欲な嗅覚が嗅ぎつけた、私たちにしてみれば「なかなか普段お目にかかれないものたち」が、彼女のプロデュースによって、あちこちから集められ一堂に会したわけですから、「西村ブックセンター」は、やはり紛うことなき物産展だと思うのです。それも西村直子という個人の。

世人は、北海道物産展と聞くと、カニだぁ、ウニだぁ、イクラだぁと色めき立つでしょうが、今の私なら、きっと迷いなく西村直子物産展の方へ走って行くことでしょう。だって、この次、彼女によって集められたものたちに、私はどんな体験をさせられるのか気になってしょうがないから。

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もちろん、そのとき私が味わう感動体験は、どれも作った人の力のなせる技なんですけどね。でも、その人と繋いでもらうきっかけをもらえなかったら、私たちのような者はその感動体験ときっと巡り会えない。ならばひとまずは発見者に、私は賛辞を送りたい。そう思うのです。

それに、価値を発見し、その価値を人々に信じ込ませる力は、ひとりの人間から発信される情熱だと私は思いますから。その人が本気で信じているから、その人が信じる様を目の当たりにするから。私も、その人が信じるものを「その人とともに信じたくなる」。価値は必ずこの順番で生まれてくるのだと、私は思います。そしてその道の周りには明らかに愛があるのです。

少し昔、ある鞄屋さんの兄弟と知り合うことがあって、デザインを担当されていたお兄さんの、あるときの言葉が、私はいまだに忘れられないのです。

古生地(こきじ)という発想が見せてくれる世界

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彼はカバンの他に服もデザインしていて、あるとき訪ねたら、綺麗なインディゴブルーの生地で、つぎはぎされたジャケットが完成していました。それが実にカッコよくて、すぐに値札を見たら、なんと30万円以上という高価格。今からもう10年近く前だったでしょうか。それで、その価格に驚いて、思わず「高いっスねぇ〜」と声を上げたら、彼は少しだけ困惑したような顔をして、「そうですかねぇ」と呟き、こう続けたのです。

「でも、これ、古生地(こきじ)なんですよ」
「こきじ?」
「江戸時代の生地なんです」
「え? そんな古い生地なの?」
「はい。今も田舎の方へ出掛けて農家さんを根気よく訪ねると、蔵の中とかに当時の野良着が仕舞ってあって、見せてもらえるんです。今とはまったく違う昔という時代を生きた、今のぼくらとはまったく違う精神で生きた日本人が、丹精して染めて織った古生地なんですよ。この色、この風合い、素晴らしくないですか? 古生地って、もう、これだけなんですよ。今残ってるだけしかないんですよ。これから同じものなんか生産出来ない貴重なものなんですよ」

彼の話を聞くうちに、私はすっかり胸打たれて、自分の不明を恥じる思いでした。私なんかでは目を止めることもなかった微弱な風合いの違いに彼は強く惹かれ目を止めることができる。その彼が胸打たれた昔の人たちの手になる古い生地を、今風の服にすることでもう一度、世の中に出したい。そんな彼の、昔の日本人へのリスペクトと愛とを、遅まきながら私も彼を通して目の当たりに感じたんだと思います。その瞬間、私は「欲しい!」と思ったのです。そのとき、「あぁ、価値というのはこうやって誕生するのか」と、身をもって知る思いでした。私の中に、それまでまるで無かった価値を与えたのは、間違いなく彼だったのです。価値を見出し、価値付けをするのは人の力。そう思い知ったそのときの体験を私は生涯忘れないだろうと思います。

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暑かった今年の夏の思い出、「西村ブックセンター」

「西村ブックセンター」の店長、西村直子さんは、京都の劇団「ヨーロッパ企画」の女優さんです。そのかたわらで個人的に文房具が好きだったり、美味しいものが好きだったりが嵩じて、あちこち出かけて探索するうちに、今や自分で楽しむだけでは収まらなくなり、結果として、あれだけのものを一堂に集めて私たち客に紹介するほどのバイヤー的才能に、近年、目覚め始めたようなのです。

でも、私が観測するに、彼女のバイヤーとしての欲望は、やっぱり、どこまで行っても、近所を散歩しながら目に止まるような、彼女の生活圏の範囲というのか、規模というのか、そこから大きく出て行く気はないように思えて、私のような者にはそこが魅力に映るのです。

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思い起こせば、だれもが人生という道を自分ひとりきりで歩きながら、「あぁなりたい、こうなりたい。あぁなれない、こうなれない」と、一喜一憂して、それがために下を向いたり、しゃがみこんだりすることもあるのです。でも、「あぁなりたい、こうなれない」を、少しのあいだ考えないで済ませてみたら、意外に、自分が歩いている道の近所で「何か」面白そうなことをやっている他人に気づけるのかもしれない。それだったらその方が、自分が生きているこの人生の「今」を、しっかり感じることに繋がって行きそうです。そんなとき、「ほらほら、こんなご近所にだって、こんな楽しそうなものがあるよ」と、「西村ブックセンター」は、ご近所の魅力に目を開かせてくれる。

そして、「たしかにそうだよね」と、私は心の中でうなずくのです。みんなが行くからといって、何も私たちまで遠くへ行こうと気負い立たなくたっていい。だってご近所にだって、これだけ魅力的なものが人知れずあるのだから。「なるほど、なるほど。本当にそうだったよね」と、そう思えたら、人生はとりあえず目的もなくぷらぷらと歩を進める「散歩でいいのかもしれない」と、思えてきた。そしたら急に爽やかな気分になってきて、私はあの日、「西村ブックセンター」に入るなり、そのご近所感あふれる雰囲気に一気にほだされて、あれも、これもと陳列されたものたちに心惹かれたのかも知れません。

「人生は散歩でいいんだな」と、さりげなく気づかせてくれるなんて、「西村ブックセンター」は、実に大したものです。

私だって「嬉野珈琲店(このエッセイのタイトルと同じ名前で珈琲紅茶の通販をしております)」という名前で、今も、珈琲や紅茶を世間にご紹介しておりますから。だったらそのうち、西村直子とコラボして、彼女の個人物産展の世界に抱きこまれながら、まだ見ぬ新種の超絶美味菓子と引き合わせてもらい、私のご近所である珈琲や紅茶の世界ごと、新たな体験をさせてもらえる異次元へと、ワープできるかも知れない。

やっぱり、どこまでも、ご近所を散歩するという気楽さはありがたいなぁと思わせてくれる「西村ブックセンター体験」のおかげで、むちゃくちゃ暑かった今年の夏も、良い感じに楽しくなってきたのです。という、今日は、私の夏の思い出話を聞いてもらいました。
(次回の更新は9月16日です)

嬉野雅道(うれしの まさみち)
1959年生まれ。佐賀県出身。「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)のカメラ担当ディレクター。愛称は「うれしー」。ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、文化庁芸術祭賞優秀賞など多くの賞を受賞したドラマ「ミエルヒ」では企画を担当し、福屋渉氏とともにプロデューサーも務めた。「愛と平和と商売繁盛」「負けない」がモットー。どうでしょう藩士と奥様に人気。著書は『ひらあやまり』『ぬかよろこび』(ともにKADOKAWA)など多数。

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