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JAXA・春山純一さん新刊『人類はふたたび月を目指す』「まえがき」を公開!

現在、中国を筆頭に、月を目指す国や民間企業が世界で続々と現れています。1969年に初めて月に人類を送り込んだアメリカも、2020年代半ばに女性宇宙飛行士を月面に立たせるという「アルテミス計画」を発表し、話題となったことは記憶に新しいところです。本書では、日本の月探査計画に携わり、「月の縦孔の発見」で世界的に知られるJAXAの春山純一さんが、月に関わる探査や発見をめぐるスリリングな舞台裏を綴りました。

未来の人々が過去を振り返るとき、21世紀はどのような時代だったと思うでしょうか。いろいろな見方がされるでしょうが、その中には必ず「人類がふたたび宇宙を目指した時代」という歴史的な位置づけがなされるはずです。この本を書いている2020年、宇宙のことを研究する専門家や宇宙の開発を目指している関係者の間で、月へ向かう議論が華々しく展開されています。21世紀、人類は本気で月に進出しようとするでしょう。

さて、今、最も着実に月へと向かっている国が一つあります。中国です。
2000年代に入って、中国は「周・落・還」(月周回・月面着陸・試料持ち帰り)の月探査構想を発表しました。そして、2007年に「嫦娥」1号を、2010年に「嫦娥」2号を打ち上げて、月の周回観測の実績を積み上げました。さらに2013年には「嫦娥」3号で月面の軟着陸にも成功。場所は「雨の海」と呼ばれる平らな場所でした。2019年には、「嫦娥」4号がデータリレー衛星を利用して月の裏側での軟着陸に成功しました。
2020年11月24日、中国は月からの試料持ち帰り(サンプルリターン)をミッションとする「嫦娥」5号の打ち上げに成功しました。中国はすでに、月の周回軌道から地球に帰還する実験も済ませています。地球周りでは、宇宙飛行士の打ち上げ・宇宙滞在・地球への帰還も成功させていますので、月への有人月面着陸も、時間の問題でしょう。まさに準備万端の状態です。
中国のライバル関係にあるインドもまた、月を目指しています。2008年に打ち上げた「チャンドラヤーン」1号で月の無人機周回を果たし、2019年には「チャンドラヤーン」2号で月の高緯度地域への無人着陸にチャレンジしました。これは失敗に終わりましたが、インドはおそらく再挑戦すると思われます。
こうした動きの中、1969年に初めて月に人類を送り込んだアメリカ合衆国(以下「米国」)はどうでしょうか。1990年代、米国が月に送り込んだ探査機は「クレメンタイン」と「ルナ・プロスペクター」の二つで、どちらも小型でした。大型の月周回衛星を用いた本格的な探査は、2009年の「ルナー・リコネサンス・オービター」(LRO)の打ち上げまで待たねばなりませんでした。
米国はその後、月の探査に本腰を入れ始め、月の重力場を探査する人工衛星「GRAIL」や、月の周りの粒子を観測する人工衛星「LADEE」を矢継ぎ早に投入。そして2019年、トランプ政権のペンス副大統領は、2020年代半ばに女性宇宙飛行士を月面に立たせるという「アルテミス計画」を発表します。

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2020年代半ばに女性宇宙飛行士を月面に立たせるという米国の「アルテミス計画」の想像図。トランプ政権によって発表された。©NASA

米国は、月へ人を送ることのできる超大型ロケット「スペース・ローンチ・システム」(SLS)の開発もほぼ終了し、無人機を用いた月実験の段階へと移行しつつあります。

では、日本はどうでしょうか。日本は月大型周回探査機セレーネを2007年に打ち上げて、世界に対して今世紀の月探査の口火を切りました。
セレーネは、愛称「かぐや」で知られているかもしれません。正確には、セレーネは計画の名前であり、「かぐや」は、セレーネ初号機の主衛星の名前です。ちなみに、セレーネ初号機には、子衛星が2機搭載され、それぞれ、「おきな」「おうな」と名付けられています。「かぐや」のほうが馴染みのあるという方も多いかもしれませんが、本文で述べますように私はセレーネという名前に思い入れがあり、本著でもセレーネと呼ばせていただきます。
このセレーネプロジェクトには、月面着陸の実験計画があったのですが、最初のミッションとしては、さまざまな事情で断念することになります。着陸機を断念した後も、月着陸を目指す研究者グループがありました。そのグループは、そのときどきの情勢や事情を見ながら、「セレーネB計画」、あるいは「セレーネ2計画」、さらには米国と共同する「Lunar-Resource Prospector」(非公式名)などと名前を変えながら、いろいろと目的や方法を模索し、とにかく月着陸を目指しました。しかし、宇宙航空研究開発機構(JAXA)内でプロジェクトとして認められるまでには至りませんでした。
その途上、JAXAの宇宙科学研究所にいる一部の工学研究者たちは、それまでの月着陸検討チームとは別に、独自に研究要素の多い小型実証機による高精度着陸技術検証ミッションの検討を開始。その検討はやがて深まり、その結果、工学実証探査「SLIM(Smart Lander for Investigating Moon)計画」として承認され、小型月着陸実証機の開発へと結びつきました。2020年現在、開発の終了段階を迎えて、2022年度の着陸実験の実施を目指しているところです。
また、セレーネの後に本格的な着陸を目指したグループは近年、今度はインドから着陸機提供を受ける形で、世界に先駆けての大規模な極の水氷調査を目指しています。さらに、今後の世界的な有人月探査計画の始まりを睨んで、大型の月離着陸の実証を目指すチームが新たにJAXA内に発足して詳細な検討を開始し、人類がふたたび宇宙を目指す時代に備えようとしています。

他にも、月を目指し始めた国々があります。例えば、失敗に終わりましたが、イスラエルも2019年に月軟着陸に挑戦しました。韓国は、月周回衛星を準備中と発表していましたが、一足飛びに着陸実験に挑戦しようとしているようです。
月を目指すプレーヤーは国の機関ばかりではありません。21世紀、新たな重要プレーヤーとして出てきたのが民間企業です。大きなモチベーションを与えたのは、2007年にGoogleがスポンサーとなって開催された月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」でしょう。いち早く月に軟着陸し、500メートルの移動、月面写真を撮ることに成功したチーム(国家宇宙機関は除く)には20億円の賞金を出す。そんな前代未聞のレースに数十もの企業や団体が挑戦したのです。最終的には、期限の2018年までに成功者が現れなかったという幕切れになりましたが、この過程で、民間企業の間で「月を目指そう」という機運が一挙に高まりました。
米国航空宇宙局(NASA)も、この民間の動きを後押しする動きを見せ始めました。ペイロード(荷物)を月へ輸送する商業サービスを民間企業から募る「商業月ペイロードサービス」(Commercial Lunar Payload Services:CLPS)の計画を発表。打ち上げ事業を、これまで担当してきた企業だけでなく、より多くの企業に門戸を開こうとしています。これまでのロケット開発路線からの大きな方向転換と言えます。

今、いろいろなところで民間独自のロケット開発が実際に始まっています。例えば、宇宙に興味を持つ民間企業の代表格として、アメリカの実業家イーロン・マスクが設立した企業「スペースX」があります。
スペースX社は2018年、民間月旅行計画を発表しました。その最初の搭乗者には、日本の民間企業の社長(ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」〈ゾゾタウン〉を運営する企業「ZOZO」の設立者、前澤友作氏)の名前もあり、日本でも話題になっています。スペースX社は、すでに宇宙ステーションへの有人往還機の開発にも成功し、火星への有人飛行に向けて着々と技術開発も行っています。

1950年代に東西冷戦の象徴ともいえる形で行われた月探査レースは、21世紀を迎えた今、中国の牽引や民間の参入など、これまでとは違った形でふたたび熱を帯び始めています。20世紀、米国のアポロ11号で人が初めて月に降り立ったとき、人々は「これからどんどん宇宙に出て行く時代がやってくる」と思ったに違いありません。しかし、前世紀は高度300~400キロメートル(国際宇宙ステーション「ISS」が飛行している高度)にとどまり、地球にへばりついたままに終わりました。

しかし、人類のフロンティアを求める気持ちは、おそらくこのままでは終わらないでしょう。21世紀、きっとこれまで以上に、月を、そして宇宙を身近に感じる時代がやってくるはずです。その中で、果たしてどのような宇宙の世紀となるのか、いや、私たちはどのような宇宙の世紀を創り出していくのか、そのことを一緒に考えていただけるようにと、本書を執筆しました。

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未来の月面活動想像図。放射線や隕石から守られる地下(右下)には、軽い構造物で居住や活動のための施設を造ることが容易である。一般の人も月に長期に滞在し、そこでの活動を楽しめる未来がすぐにでもやってこよう。©NASA

まず第1章では、前世紀の米ソの宇宙開発競争を振り返ります。第2章では、ポストアポロ時代の到来とも言える20世紀末から始まった新たな月探査を、日本の月探査の歴史も踏まえてお話しします。第3章は、今の月探査の大きな動機となっている水の話に踏み込んでまとめてみました。第4章では、まだあまり知られていない月の貴重な「縦孔」や「溶岩チューブ」の話を公開します。そして、第5章は、これから21世紀の月探査がどう進んで行くのか、どう進めて行くべきなのかを語ってみたいと思います。

目次

まえがき ── 21世紀、月探査レースがふたたび始まった

第1章 米ソの宇宙開発競争
1‐1 月の過酷な環境
1‐2 スプートニクショック
1‐3 ケネディの登場
1‐4 人類、月に立つ
1‐5 米ソ月探査競争がもたらした成果
1‐6 データ不足なのに月探査は途絶えた

第2章 20世紀末の月探査
2‐1 巨額予算の向かった先
2‐2 前世紀末の米国の月科学探査
2‐3 日本の月探査の幕開け

第3章 月の極の水探し
3‐1 「セレーネ計画」で月の極の水を探す
3‐2 人類が初めて見た永久影の中
3‐3 月のどこにでも水はある?

第4章 月の縦孔・溶岩チューブ
4‐1 月の溶岩チューブを求めて
4‐2 「セレーネ」地形カメラによる月の縦孔の発見
4‐3 「セレーネ」が見つけた月の縦孔とはどのようなものか
4‐4 重力場データとレーダデータによる溶岩チューブの発見
4‐5 月の縦孔・地下空洞探査で期待されるさまざまな科学的知見
4‐6 火星の縦孔・溶岩チューブ
4‐7 月や火星の縦孔・地下空洞を探査する

第5章 21世紀の月探査
     ──われわれは、どう月を目指すべきか
5‐1 世界はなぜ今、ふたたび月を目指しているのか
5‐2 人類が、そして日本が月を目指す理由

あとがき

著者プロフィール

春山純一(はるやまじゅんいち)
宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所助教。専門は惑星科学。福島市出身。京都大学大学院を理学博士号取得修了。宇宙開発事業団で月探査計画(後の「セレーネ(かぐや)計画」)の立ち上げに参加し、地形カメラの開発リーダーも務めた。月の火山活動や極域に関する研究でScience誌などに学術論文掲載多数。月の縦孔の発見で世界的に知られる。現在、小惑星探査「はやぶさ2」、火星衛星探査「MMX」、ヨーロッパ-日本共同による木星氷衛星探査「JUICE」などの計画にも参加するほか、月の縦孔・地下空洞直接探査(UZUME)計画の実現を目指している。


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