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近未来の「宇宙戦争」が起こったらどうなるのか?|高橋昌一郎【第28回】

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★現代の日本社会では、あらゆる分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。
★「新書」の最大の魅力は、読者の視野を多種多彩な世界に広げることにあります。
★本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「知的刺激」に満ちた必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します。

「SFプロトタイピング」

ある研究会に向かうため車を運転していると、突然カーナビがフリーズした。初めて行く場所で迷っては困るので、慌てて車を歩道側に寄せてハザードを点滅させる。携帯電話でグーグルマップを開くが、なぜかこちらも画面が固まっている。仕方がないので研究会の主催者に電話するが、何度かけても通じない。

周囲を見渡すと、他の車も次々と歩道側に停車し始める。高架線を見ると新幹線車両が止まっている。車から降りて後方の海側を見ると、モノレールも緊急停止らしい。この時点で日本全国の地上交通網ばかりでなく、航空や航海も大混乱の事態に陥っている。さらに電力発電網や証券取引所をはじめとする金融システムが停止し、インターネットやデジタルテレビ放送も機能しなくなる!

以上が、もし日本が運用する「全球測位衛星システム(GNSS: Global Navigation Satellite System)」が停止した場合に生じると想定される出来事である。

現在の日本は、「みちびき」と名付けられた4機以上のGNSS人工衛星から送信されてくる信号を2台以上の受信機を使って同時に観測し、航空機・船舶・車などの位置情報を確定している。その精度は「100万分の1」であり、10キロメートルに1センチの誤差にすぎないというから驚異的な高精度といえる。

「みちびき」は、ほぼ日本上空に留まってアジア・オセアニア圏をカバーしているが、アメリカの「測位衛星システム(GPS: Global Positioning System)」は24機の人工衛星で地球全域をカバーしている。同様にロシアも24機の衛星システム「GLONASS」を保持し、EUも4機の「GALILEO」を運用している。

ここで重要なのが、これらの「全球測位衛星システム」は、単に位置情報だけではなく、高精度な「時刻情報」を供給している点である。瞬時の為替レートに基づいて1秒間に膨大な金額が取引される為替取引をはじめとして、地球上の多くの社会基盤は、時刻を共有することで成立している。この「時刻同期」機能が喪失すると、インターネットや携帯電話などの通信ネットワークそのものが作動しなくなるのである。

仮にGPSが機能しなくなると、アメリカの産業界の被害総額は1日あたり10億ドルと見積もられている。つまり、もし仮想敵国がアメリカの人工衛星24機を撃墜すれば、いとも簡単に国を機能不全に陥らせることができるわけである。

アメリカ合衆国は、2019年に「宇宙軍」を設立し、2020年に公表した「国防宇宙戦略」では、「ロシアと中国」を「宇宙を戦闘領域に変えた」当事国と識別している。この年の9月、アメリカのマーク・ミリー統合参謀本部議長は、「将来、軍事大国間で戦争が起こるならば、最初の一撃は宇宙空間かサイバー空間といった新領域で発生する可能性が高い」と述べて、警鐘を鳴らしたという。

本書は、ロシアと中国の宇宙戦略について、①衛星に対する攻撃、②地上設備に対する攻撃、③通信リンクに対する攻撃、④変化し続けるサイバー脅威の観点から詳細に分析する。さらに、アメリカ、NATOとEUの宇宙戦略を具体的に解説し、同盟国との協力体制のもとで「日本は何をなすべきか」を提言する。

本書で最も驚かされたのは、先進的な軍事装備がSFで予見されてきたことから「SFプロトタイピング(試作)」が軍部でマジメに議論されているという指摘である。近未来の「宇宙戦争」はSFの実現化というジョークになるらしい!

本書のハイライト

通常の戦争や紛争と異なり、宇宙システムへの攻撃・妨害やサイバー攻撃は、時間や距離という物理的制約を超えて、我々の日常生活に深刻な影響を、前触れもなく、直接的に及ぼします。特に、情報通信、金融、空港、鉄道、電力、ガス、水道などの重要インフラに係る制御系へのサイバー攻撃は、経済活動に致命的な混乱を招くばかりか、社会インフラという生活基盤の機能を喪失させ、国民の生命や財産に直接危害を与えかねません。平穏な日常生活の中で、非日常的な惨状が突然出現するようなインパクトを与えるに違いないでしょう。

(p. 192)

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著者プロフィール

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)
國學院大學教授。情報文化研究所所長・Japan Skeptics副会長。専門は論理学・科学哲学。幅広い学問分野を知的探求!
著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』(以上、講談社現代新書)、『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『新書100冊』(以上、光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『実践・哲学ディベート』(NHK出版新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など多数。

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