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索引 ~の歴史|馬場紀衣の読書の森 vol.30

こういう本を、ずっと待っていた気がする。

13世紀の写本時代から今日の電子書籍まで連なる、長い、長い情報処理の歴史。本の索引に欠かせないページ番号の登場、アルファベットの配列はどのように考案されたか。時代と共に増えつづける知識と人びとはどのように付き合ってきたのか。分厚い本なのに、どんどんページをめくる手が進み、あっという間に読み終えてしまった。

「索引」を書物の中の語句や事項を捜しだすための手引にすぎないと、あるいは本書をそれについて書かれた専門書だと思っているのなら、きっと裏切られることになるだろう。索引をめぐる物語は想像よりもずっと壮大で、ドラマチックだ。索引は、ときに異端者を火刑から救い、またあるときは政争の武器になった。ルイス・キャロルの最後の小説「シルヴィーノとブルーノ」には索引がついていた時代がある。著者は膨大な索引の歴史をユーモアを交えて活写する。

シャーロック・ホームズは事件を丹念に記録した、味わいのある手作りの索引帳をもっていた。自身の経験と知識に基づいて作成された、個人史的な索引帳だ。アルファベット順で、字母ごとに見出しが並んでおり、注目すべきことなら何でも記録してあった。ホームズはことあるごとに自作の索引に手を加えた。どのような事物や人名をもちだされてもホームズがすぐに答えられたのは、事件の要点や人物像を整理した索引帳のおかげでもある。なにか調べたいことがあるとき、ホームズは慌ただしく出かける準備などしない。索引帳をとってくれないか、とワトソンにひと声かけ、おっくうそうに膝の上で索引帳をひらく。用事は椅子のうえで済んでしまう。しかし、このような索引は決してホームズのアイデアというわけではない。

デニス・ダンカン『索引 ~の歴史 書物史を変えた大発明』小野木明恵 訳、光文社、2023年。


本書によれば、ロバート・グロステストなる人物が650年も前に似たようなことを実践していた。ヴィクトリア朝時代には、熱心な取り組みにより豊富な資源を対象とした「普遍的索引」の作成が産業として遂行されるようになる。普遍的索引作成の取り組みは、世界各国の図書館員が集まった会議の席上で提唱され、イギリスの索引協会が発足した。主導したのは、アメリカ人司書ウィリアム・プール。新聞、雑誌、学術誌など米英両国の定期刊行物の内容を網羅した索引は、さまざまな情報を参照するための索引という意味ではホームズのそれと共通しているけれど、こちらは個人的な索引よりずっと複雑で、途方もない労力を必要とした。

主題索引はいまも本の巻末に堂々と鎮座している。「索引」は英語でindex、「指し示す」を意味する。言葉のとおり、索引は知識や情報がどこにあるのかを指し示してくれる。ネットや電子書籍の時代に索引なんてもはやいらないのでは? と思うのなら、まずはこの本の巻末を開いてみてほしい。「コンピューターの助けを借りて単純作業がスピードアップされることはあっても、優れた索引は、優れた生身の人間にしか作り出せない」という著者の言葉を身をもって知ることになるだろう。目まぐるしく繰り出される索引の歴史を読み終えた読者は、索引の歴史が今日のインターネット時代に繋がっているということにも気づくはずだ。



紀衣いおり(文筆家・ライター)

東京生まれ。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。オタゴ大学を経て筑波大学へ。専門は哲学と宗教学。帰国後、雑誌などに寄稿を始める。エッセイ、書評、歴史、アートなどに関する記事を執筆。身体表現を伴うすべてを愛するライターでもある。

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