見出し画像

そもそも「アファーマティブ・アクション」とは何か?|高橋昌一郎【第34回】

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?
★現代の日本社会では、あらゆる分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。
★「新書」の最大の魅力は、読者の視野を多種多彩な世界に広げることにあります。
★本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「知的刺激」に満ちた必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します。

「多様性」と「アファーマティブ・アクション」の矛盾

「アメリカ合衆国第36代リンドン・ジョンソン大統領の演説の話だが、白人と黒人が徒競走をしているとする。白人が50メートル進んだ段階で、黒人は10メートルしか進めない。なぜなら黒人には足枷が嵌められているからだ」と比較文化論の授業をしていると、「あしかせって何ですか」と質問が出た。「足枷とは、両足に嵌める手錠のような、自由な歩行を阻害する器具のことだよ」と答える。

「それでは不公平だから、黒人の足枷を外すことにする。だが、それでも白人と黒人の間には40メートルの距離がある。だからその差を埋めるために、黒人を40メートル進めて白人と同じ50メートル地点に導こうとするのが、ジョンソンの主張する『アファーマティブ・アクション』の主旨である」と説明する。

そこで「なるほど、わかりやすい比喩ですね」と即座に理解する学生もいるが、とくに高校時代に「世界史」を選択しなかった場合、その「差別」の深刻な根深さをイメージできないような学生もいる。そもそも今から164年前のアメリカには「奴隷制」が存在した! 1860年のアメリカ合衆国の「国勢調査」によれば、アフリカ出身の黒人奴隷が約400万人も登録され、その約95パーセントが南部に居住していた。「奴隷」は、基本的に「人間」ではなく「物」として扱われ、金銭で売買・譲渡され、過酷な綿花・サトウキビ栽培などの重労働に従事させられ、主人の命令に従わなければ鞭打ちなどの残酷な刑罰が与えられた。

1861年3月、エイブラハム・リンカーンがアメリカ合衆国第16代大統領に就任し、翌年9月に「奴隷解放宣言」を行った。これに猛反発した南部11州が合衆国を脱退し、北部23州に敵対する内戦が始まった。これが「南北戦争」だが、4年以上に長期化して激戦となり、1865年の戦争終結までに両軍合わせて50万人以上が戦死したとみなされている。北軍の勝利によって、黒人は、法的に最低限の「人権」を保障されるようになったが、参政権は認められず、住宅や財産の所有も制限され、公共機関やトイレでも白人から分離される「人種分離法」が適用された。彼らは、その後も100年近く「差別」に苦しめられたのである。

1964年7月、アメリカ合衆国内で「人種差別」を全般的に禁じる「公民権法」が成立した。その際、ジョンソン大統領が冒頭に述べた「アファーマティブ・アクション」の必要性を演説したわけである(その根底に存在する「平等愛」の議論については、拙著『愛の論理学』(角川新書)をご参照いただきたい)。

連邦政府の介入により、1970年代以降は黒人やアメリカ先住民などの「社会的マイノリティ」の大学進学率や就職率が飛躍的に高まり、人種的バランスに大きな変化が生じた。さらに、その世代の卒業生たちの子孫によって、かつては白人が独占していた医師・弁護士や大学教授・研究者などの専門職、あるいは政府機関職員や民間企業経営者にも「社会的マイノリティ」が増加した。一方、「アファーマティブ・アクション」を白人の基本的人権に対する「逆差別」とみなす訴訟や「反優遇」住民運動も生じ、とくに「反アファーマティブ・アクション」を公然と掲げるトランプ政権以降はその傾向が激しくなっている。本書は、その「アメリカの苦闘」を歴史的に綿密に調査し、その意味を分析する。

本書で最も驚かされたのは、現代の「多様性」が「人種主義、植民地主義、家父長制、異性愛主義、資本主義」に基づく「差別や不平等」に起因することを認める一方で、「多様性」が「差別是正への積極的アプローチ抜きには実現しない」という著者・みなみかわ文里ふみのり氏の結論である。つまり「多様性」は「差別」から生じるが、その「差別」を是正しなければ「多様性」は達成できない。この「多様性」と「アファーマティブ・アクション」の矛盾をどう解決すべきなのか?

本書のハイライト

本書は、アメリカでアファーマティブ・アクションという実験的で論争的な取り組みが実現したのはなぜか、それはどのように姿を変えたのか、二一世紀の今、なぜそれは「終わり」を迎えようとしているのかを、歴史的なアプローチから描くものである。アメリカ社会における差別是正に向けた葛藤をたどりながら、「アファーマティブ・アクション以後」の時代の人種平等に向けた展望を、ともに考えてみよう。

(p. vi)

連載をまとめた『新書100冊』も好評発売中!

前回はこちら

著者プロフィール

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)
國學院大學教授。情報文化研究所所長・Japan Skeptics副会長。専門は論理学・科学哲学。幅広い学問分野を知的探求!
著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』(以上、講談社現代新書)、『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『新書100冊』(以上、光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『実践・哲学ディベート』(NHK出版新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など多数。

光文社新書ではTwitterで毎日情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください!