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なぜ「戦争ミュージアム」に存在意義があるのか?|高橋昌一郎【第33回】

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?
★現代の日本社会では、あらゆる分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。
★「新書」の最大の魅力は、読者の視野を多種多彩な世界に広げることにあります。
★本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「知的刺激」に満ちた必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します。

「地図から消された島」

毎年春になると旅行社から大学に各種「ゼミ合宿」のパンフレットが送られてくる。中には立派な会議室を完備し、食事も豪華で、温泉やロングビーチがあり、さらにメロン狩りやシュノーケリングを体験できるような施設もあって、ゼミ幹事の学生が目を輝かせてプランを立てようとするが、東京からは遠方で交通費が高くなるケースが多く、結果的には箱根周辺に落ち着くことになる。

パンフレットの中でも、とくに学生たちが惹きつけられるのが「休暇村」という「自然にときめくリゾート」である。休暇村は1961年に創業され、北海道の「こつ休暇村」から九州の「いぶ宿すき休暇村」まで、全国35カ所の国立公園・国定公園内外に設置されているのが特徴である。コテージやキャンプ場、プールやスキー場が併設され、天文台や体育館を利用できるような便利な施設もある。

さて、広島県の「大久野島休暇村」は、瀬戸内海に浮かぶ周囲約4.3キロの大久野島に設置されている。「ウサギと出会う島」と名付けられていて、約700羽のウサギが放し飼いになっているそうだ。天然ラドン・天然ラジウムの「せと温泉」があり、瀬戸内海の島々の間に沈む夕日の写真が美しい。瀬戸内海には周囲100メートル以上の島が727島も存在するため、観光船巡りも楽しめる。

ところが、この島の地図を眺めると「毒ガス貯蔵庫跡」「アセチレンガスタンク台座跡」「検査工室・分析室跡」「研究室跡」「火薬庫跡」「砲台跡」などがあってギョッとさせられる。実は、大久野島には大日本帝国陸軍の毒ガス製造工場が設置されていた。この工場は1929年から1945年の終戦に至るまで稼働し、猛毒の青酸ガスや催涙ガスを製造し続けたのである。当時は島の存在そのものが極秘扱いとされ、1938年製作の地図には大久野島と周辺海域一帯が空白地域になっている。そのため大久野島は「地図から消された島」とも呼ばれる。「大久野島毒ガス資料館」には、当時の毒ガス製造資料約600点が展示されている。

本書で最も驚かされたのは、大久野島で製造された毒ガス総生産量が6,616トンに及び、完全に兵器化できれば億単位の人間を殺傷できるほど多量だった点に加えて、終戦時に残された3,200トンの毒ガス処理中の被害により、後遺症に苦しめられた2,000人以上の作業員が存在することである。さらに驚くべきことに、1983年にアメリカ国立公文書館で発見された「極秘」の「支那事変ニ於ケル化学戦例証集」によれば、日中戦争が勃発した1937年から1942年にかけて、日本軍は中国各地で56例もの毒ガス戦を実施していたというのである!

本書には、

「大久野島毒ガス資料館」(毒ガス製造と使用の知られざる歴史)
「予科練平和記念館」(大空に憧れた少年たちの「特攻」)
「戦没画学生慰霊美術館無言館」(遺された絵が語りかける青春の美術館)
「周南市回天記念館」(若者を兵器として扱った「人間魚雷」の実態)
「対馬丸記念館」(子どもたちを乗せて沈んだ疎開船の悲劇)
ぞうざん地下壕(松代大本営地下壕)」(本土決戦に備えて掘られた巨大な地下壕)
「東京大空襲・戦災資料センター」(記録することで記憶をつなぎとめる)
「八重山平和祈念館」(知られざる戦争マラリアの実相を後世に残す)
「原爆の図丸木美術館」(絵の前に立ち、死者からの問いを受けとめる)「長崎原爆資料館」(いまこそ学ぶべき核兵器の惨禍)
わっかない樺太記念館」(戦争で手に入れた領土で起きたこと)
「満蒙開拓平和記念館」(「国策」がもたらした八万の死)
「舞鶴引揚記念館」(シベリア抑留の帰還者を迎えた町)
「都立第五福竜丸展示館」(市民が守った被ばく漁船を展示)

の資料内容が紹介されている。

日本各地に点在する14の戦争ミュージアムをすべて訪れることは、現実には難しいかもしれないが、せめて本書を通して、それらの存在意義を実感したい!

本書のハイライト

戦争にかかわる取材を始めてからおよそ20年がたち、直接お会いして話を聴くことのできる体験者が減っていく中、私は「もの」を通して歴史のディティールにふれることができるのではないかと思うようになっていった。時間が積み重なった「もの」たちの美しさに魅かれたこともあり、あらためて「戦争を伝える、平和のための資料館や美術館」=「戦争ミュージアム」に足を運んでみることにした。本書はその記録である。

(p. 208)

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著者プロフィール

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)
國學院大學教授。情報文化研究所所長・Japan Skeptics副会長。専門は論理学・科学哲学。幅広い学問分野を知的探求!
著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』(以上、講談社現代新書)、『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『新書100冊』(以上、光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『実践・哲学ディベート』(NHK出版新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など多数。

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