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進化したムームーと、ツーツーカン|パリッコの「つつまし酒」#213

我が街の歴史

 僕は東京都練馬区の石神井公園という街に住んでいまして、っていう話はまぁ、この連載をたまにでも読んでくださっている方にはもう、聞き飽きた! というくらいに何度もしたと思います。が、街というものにはそれぞれに歴史があるもので、まだ在住歴20年にも満たないですが、それでも住めば住むほどおもしろく、飽きないものだなぁと実感します。
 そもそも「石神井しゃくじい」という地名は、諸説あるそうですが、はるか昔にこの地でどなたかが井戸を掘った際に、地中から石の剣(石の棒という説もあり)が出土し、それを「石神様」と呼んだことに由来するそうです。その剣は現在、住宅街のなかにひっそりとある「石神井神社」に祀られているとされ、創立年代は不詳。僕も何度か訪れたことがありますが、そんなに大きい神社ではないものの、なんとも厳かな空気が流れる良い場所でした。
 また、室町時代(これまた諸説あるよう)には、大きな勢力を持った領主、豊島氏が「石神井城」を築城するも、やがて太田道灌さんに攻められ落城。当時の城主であった豊島泰経の娘、照姫さんという方が、三宝寺池に身を投げたという「照姫伝説」は今も語りつがれ、年に一度の「照姫まつり」は、今も盛大に行われる石神井名物のひとつ。
 その後大正時代には、まぁいわゆる、東京のなかの気軽に訪れられる自然豊かな観光地という位置づけだったんでしょうか。文士、芸術家が居住した旅館「武蔵野館」、料亭「豊島館」、茶亭「見晴亭」が三宝寺池の湖畔に開業し、かの太宰治さんなんかも訪れたんだそうですね。また、同じエリアに「石神井水泳場」というプールができたり、現在も奇跡のように残る「豊島屋」をはじめとして、多くの茶屋もできてにぎわったとか。ちなみに武蔵野館はその後、「石神井ホテル」というホテルになり、さらにはアパートになり、明治大学合宿所や、東光精機社員寮になった後に解体。当時のモノクロ写真なんかを見ると、かつて家の近所にこんな場所があったんだなぁとものすごく不思議な気持ちになります。
 ちなみに、「石神井池」と「三宝寺池」のふたつの池を中心とした「石神井公園」が、その前々身となる「第二豊田園」、前身となる「喜楽園」を経て開園したのが、1959年。

「ムームーサンドウィッチワークス」

 と、興味がない方にはとことん無益な話をしてしまいましたが、たとえば図書館などに行き、自分の住む街の歴史を調べてみることって、ものすごくロマンにあふれる行為だと思うんですよね。代々語り継がれてきた郷土の昔話の本なんかを読むと、家の近所になんだか妙な妖怪の伝説が残っていたり。
 で、近代の飲食店の話になりますと、僕が訪れることができたもっとも歴史の古い店は、ともに創業1939年の「ほかり食堂」と「辰巳軒」。どちらも80年以上営業を続け、年季という言葉では言い表せないほどの圧倒的空気感を誇る食堂で、僕は常々、今も残っていることが石神井の奇跡だと主張してきました。残念ながら、ほかり食堂は昨年閉店してしまったんですが、中華洋食を中心としためちゃくちゃ飲める食堂、辰巳軒はまだまだ現役なので、ご興味があればぜひ訪れてみてほしいと思います。他にも、僕が住みはじめたころにはまだあった古き良き酒場がどんどん閉店していってしまっているのは、なんとも切ない昨今。
 さて、やっと本題。そんなふうにいろいろあった石神井の街ですが、まさに我々の生きる今、現代のホットな話題のひとつに、「ムームーサンドウィッチワークスの開店」があります。そう、続いてるんです。石の剣の出土、いやそれ以前から、きっちり脈々と街の歴史は。
 どういうお店かというと、コロナ禍のまっただなかである2020年11月に、駅から歩いて10分くらいかかる街道沿いに突然オープンしたサンドイッチ専門店。でありながら、純粋にそのサンドイッチの信じがたき美味しさ、そして、店主である加藤綾子さんの、ポジティブオーラ全開のお人柄もあって、すぐに常に行列のたえない超人気のお店となりました。

当時の「ムームーサンドウィッチワークス」

 綾子さんがお酒好きであることから、午前中からでも気兼ねなく飲める店であったことも嬉しく、そしてなにより、ムームーのサンドイッチが本当に美味しかった。特にいちばん人気の、自家製パストラミビーフのサンドイッチの官能的なまでの味わいといったら……。

ジューシーなステーキにかぶりついているような満足感

 ものすごく高級なレストランに行かなくてもこんなに美味しいものが食べられる。そして、それをつまみにビールや自家製のレモンサワーが飲める。そのことが、行くたびに心の底からありがたく感じる。そんな、僕のなかでは確実に、石神井に新たな歴史の1ページを刻んだお店だったんです。

ムームーの跡地は?

 あ、なんで過去形かっつーとですね、そのムームーが、今年の6月に閉店してしまったんです。もうすでに綾子さんとはわりと仲良しっていうか、たまに飲みに行くくらいの仲になってたので、LINEでその連絡をもらったときは当然、激へこみしました。
 ところが! いろいろあってこの10月、前よりも駅から近い商店街のなかに「moumou THE FAMOUS DELI(ムームーフェイマスデリ)」という店名で、リニューアルオープンしてくれたんです! 準備中、綾子さんから「石神井を離れるって選択肢もありかなと思ってるんです」なんて話も聞いてたんで「ムームーならどこでも人気店になりますよ」とか返信しつつも、内心「ばかー!」と思ってたんで、こんなに嬉しいことはないですよ、もう。

「ムームーフェイマスデリ」

 しかもですね、以前はサンドイッチ専門店で、さっきの写真のように、かなりボリュームのあるサンドイッチのふたつセットが基本で、1000円台後半くらいの値段がしたんです。もちろん、それに価値があると思って、むしろこんなに美味しいものがこの値段で食べられるなら最高! と思って通っていた。が、ちょっと業態が変更しまして、「デリ」っていうくらいなんで、なんとあのムームーのサンドイッチが、単品で販売されるお店になったんですよね。つまり、前だったら「今日はパストラミで!」と気合を入れて臨んでいたところが、「今日はこれとこれにしようかな〜」とか、「今日は軽めに、ひとつでいいかな」とか、自由度がめっちゃ増してて。

つまりこんなふうにです
写真右が店主の綾子さん

 さらには、サンドイッチ以外のおつまみや単品のテイクアウト料理も充実。当然、現状の営業時間である午前11時半から夕方の5時まで、いつでもお酒が飲めてしまうという、僕としてはすさまじくありがたいお店に進化してしまったのです。

こないだテイクアウトした「レバーパテ」も死ぬほどうまかった
日替わりメニューも楽しみのひとつ
地元にこんな店があるありがたさよ

 っていうかもう、新生ムームーについてはすでに良いところが語りつくせないほどなんですが、たとえば新メニューとして“もつ煮込み”系が加わったのも大きなトピック。しかもその肉は、北海道の食肉料理人集団であり、通常簡単には仕入れることのできない「エレゾ」さんから取り寄せているのだとか。それが「白味噌もつ煮込み」と「トリッパトマト煮」で、信頼の綾子さんレシピに加え、ハリッサが添えられているという攻めた煮込み。これがもう、飲む前に気絶してしまいそうになるほど酒に合うんです。

写真は、ちょっとした開店記念をお持ちした時にサービスで出していただいた相盛り

 今回、すみません。すでに今までにあれこれ食べた料理の感想を書きつらねると、あと2万字くらいは必要になってしまいそうなので、以降は主に写真中心の紹介とさせてください。

とろけるチーズの下に極厚パストラミビーフが挟まるサンドは、バーガースタイルに
自家製レモネードを使った「moumouサワー」(500円)
世界中の人に食べさせてあげたい美味しさだった「ガーリックシュリンプ」サンド(870円)
これまた絶品新メニューの「ムームーカレー(ハーフ)」(650円)

 というわけで、ちょっと想いがあふれすぎて過剰に肩入れしてるような感じにもなってしまってますが、実際、すでに地元民に愛されすぎ、夕方には品切れ続出なほどの人気なムームーフェイマスデリさん。こういうお店を見ると、歴史というのはこうして、未来永劫(地球消滅まで?)続いていくんだなぁと、なんだか頼もしく思えます。そして、そんなお店が近所にあるって、幸せなことだなぁと。

 あ! ちなみに旧ムームー跡地が今どうなっているかというと……。

またおもしろい店が入っちゃんたんだなー

 台湾B級グルメを謳う「ツーツーカン」。ここがですね、ご夫婦経営で、奥様が台湾出身であり、そのお母様がわざわざやってきて料理の監修をされているという、日本でもかなりレアで本格的な台湾料理が食べられるお店になってしまったんです。
 すでに何度か行ってますが、看板メニューの「ツォンヨウビン」は、パンでもクレープでもなくて、まさにもちもちっとしたおもち的でありながら、香ばしくてオイリー。甘辛いたれが妙にクセになる絶品。具材マックスの、玉子と野菜とソーセージ入りもうまいんだけど、スタンダードな玉子オンリーも素朴でいいんだよなぁ。他にも、台湾の豚角煮丼「黒糖豚肉ヘイタンズーロー」をはじめ、あれこれ興味深い料理やドリンクがあるし、缶ビールは400円と手頃だし。

基本の「葱油餅蛋蛋」(500円)
全部入り「総合葱油餅」(630円)
「黒糖豚肉蛋」(880円)はものすごく優しい味わい
外席ビール最高!

 と、以上、けっきょくなにが言いたかったかというと、相変わらず自分の住んでる街が楽しいよ〜ってだけなんですが。みなさんも引き続き、ご自身の住んでいる街を愛し、楽しんでいきましょう!


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パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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