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週刊文春記者が見た「権力に憑かれた女」小池百合子の本質。

今週末に投開票を控える東京都知事選。
朝日新聞の情勢調査(6月29日)によれば、現職の小池百合子氏が「安定した戦いぶり」を見せているとのことです。
光文社新書からは、7月16日に「週刊文春」で記者として活躍する和田泰明さんの初の著書、
『小池百合子 権力に憑かれた女 ドキュメント東京都知事の1400日』
を刊行します。週刊誌記者として地を這うような取材を重ねた和田さんによる渾身の政治レポートです。
小池百合子氏とは、どのようなリーダーで、どのような政治を目指しているのか?
今回、同書から「はじめに」「第1章」の一部を、先出し公開いたします。
ご興味を持っていただいた方は、ぜひ紙の本も手にとっていただけるとうれしいです。

権力に憑りつかれた女_帯付

はじめに

小池百合子東京都知事がまだ降りてこない。

新型コロナウイルス感染拡大により、小池の登庁時と退庁時、東京都庁第一本庁舎2階のフロアでメディアがコメントをとる「ぶら下がり取材」が常態化していた。おおよその出入りの時間は、東京都政策企画局報道課から担当記者に伝わっている。

だが2020年4月10日夜7時過ぎ、10人ほどの記者、数台のテレビカメラが待ち構える中、小池は予定の時刻になっても現れなかった。どうやら7階の知事執務室に一人、籠っているらしい。

それから1時間ほど経ち、小池はSP(セキュリティポリス)、随行職員、都庁警備員を引き連れてようやく2階に登場した。

小池がカメラの前に立つと、テレビ局女性記者が代表してマイクを持ち、その日の感染者数をどう受け止めたかなどと、質問した。

つらつらと答え始めた小池は、ふいにこんな話題を割り込ませた。

「ヒカキンさんとの動画が100万再生いきました」

小池と人気ユーチューバー・ヒカキンの対談がつい先ほどから配信されていたのだという。小池は執務室で、そのわずか1時間ほどで100万再生に達した動画の反応を見届け、退庁が遅くなったというわけだ。

これがあればニュースは成立するだろうと言わんばかりに、数分間の一人語りを終えるや、小池は立ち去った。

もちろん他に聞きたいことがある記者もいる。ある女性記者が小池に追いすがり、言葉を投げかけた。

だが、小池は彼女を一瞥しただけで、決して歩みを緩めない。それを合図に、忠実なベテランSPは女性記者と小池の間に滑り込んだ。

いつもこうだ。

小池の発信は一方的だ。取材に応じるのは、視聴者や読者に伝えるためであって、目の前の記者の疑問に向き合うためではない。

小池百合子が東京都知事を演じるのは、スポットライトが当たっている時だけである。

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〈NO! 3密〉
〈感染爆発 重大局面〉

小池が、緑地に白抜きのフリップを掲げたのは3月25日、新型コロナウイルス対応の緊急記者会見でのことだ。「このまま何もしなければロックダウン(都市封鎖)を招いてしまう」とも述べ、この日のテレビ映像は都民、国民の緊張感を一気に高めた。

フリップを出してわかりやすくアピールし、記者からの質問にも当意即妙に答える。これぞ日本のリーダーにふさわしい……。小池には、そんなイメージが定着しているという。たしかに、顔にフィットしていない「アベノマスク」をつけて登場し、空虚な言葉を並べる総理大臣・安倍晋三との差は歴然としている。

だが、一度、東京都公式ホームページにある知事の記者会見動画を見ていただきたい。

毎週金曜日に行われる定例会見は50分ほどだが、冒頭の発言に20分ほど費やされる。その後の記者との質疑では、要領を得ない答えがだらだらと続く。時間稼ぎとしか思えない。

ある都庁詰めの記者はこう嘆く。

「聞きたいことを質問しても、わかるようでわからない答えが返ってくる。後で文章に起こしたものを読み返すと、結局答えになっておらず、記事にできないこともあった」

加えて小池は、記者を指名する前に、手元に目を落とす。

そこには私たち記者の座席表がある。厄介な質問をしそうなフリーライターや週刊誌記者を当てないようにするためだ。もしくは、どの社も報じないようなニッチな質問をするベテラン記者をあえて指名し、時間を稼ぐこともある。

ところが「ニュース」になると、小池がフリップを出したり、「ロックダウン」と口にするところが切り取られ、有意義な記者会見が行われたように見えてしまう。

小池の計算通りだろう。

「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)キャスターを経て政界入りした小池は、〝切り取り〟というメディアの特性を熟知している。ちなみにフリップを最初に使った政治家は小池だともいわれている。

覚えている方は多くないかもしれないが、2016年6月、小池が東京都知事選の出馬表明をした際の公約は「任期3年半」であった。知事は総理大臣と違って解散権はない。知事の任期を変えるには、国会で地方自治法を改正しなければならない。つまり知事選での公約としては杜撰極まりないのだが、メディアからすれば、小池が「自民党の了解を得ずに出馬した」ことが格好のニュースになるのだった。

以降、小池は、政界関係者の間でしか知られていなかった〝自民党東京都連のドン〟こと内田茂都議を炙り出し、五輪大会組織委員会会長・森喜朗元総理、石原慎太郎元東京都知事といった実力者に、女一人で果敢に食らいついていく。さらに自らを、火あぶりの刑に処せられたフランスの国民的ヒロイン、ジャンヌ・ダルクになぞらえる。いかにもメディアが飛びつきそうな構図である。

築地市場移転、東京五輪といった都政の重要分野にメスを入れはした。メディアも引きつけた。

しかし、結局はすべて元の木阿弥になった。あの騒ぎは何だったのか。
だが小池は、決して自らの過ちを認めない。

「小池知事に失敗はない。なぜなら絶対に失敗を認めないからだ」

ある東京都議会議員はこう指摘した。

観客を最後まで飽きさせず、途中ハプニングがあっても平然と演技を続ける。そんな一流の舞台女優兼演出家が、小池百合子であった。

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私は「週刊ポスト」(小学館)の契約記者だった2002年頃から、主に政治をフィールドに取材活動を行い、05年からは「週刊文春」(文藝春秋)のお世話になっている。「週刊文春」編集部は千代田区紀尾井町にあり、永田町にほど近いこともあって、私はより政治分野の取材に傾倒するようになった。

もちろん、小池に関する記事をいくつも書いてきたが、特に親しい関係にはない。だから、小池が都知事選に出馬表明しても、特段の思い入れもないままに取材を開始したのだが、「小池劇場」の盛り上がりに私は興奮した。自民党という大組織に盾突いてまで出馬する女性候補の存在は、たしかに新たな時代の到来を感じさせた。

だがすぐに違和感を覚えるようになった。

小泉純一郎総理による「小泉劇場」、橋下徹大阪府知事の「橋下劇場」と比べるとわかる。小泉なら「郵政民営化」、橋下なら「大阪都構想」という政策の旗印があった。しかし小池は自民党東京都連を「ブラックボックス」だと目の敵にするだけだ。小泉は自民党、橋下は大阪維新の会を率いたが、小池はたった一人である。

地に足がついていないのだ。

頼るのは聴衆、すなわちメディアの盛り上がりだけだった。

早晩、この手法では立ち行かなくなるのはわかり切っていた。だがそれを指摘する報道は少ない。メディアは小池の繰り出す球を打ち返すだけで精一杯で、検証する間が与えられない。蓋を開ければ礼賛報道のオンパレードだ。それが〝数字〟を取るのだから修正されることはなかった。

私が小池をつぶさに観察し、任期を終えた時に一冊にまとめて世に問いたいと思い立ったのは、そんな現場の記者たちの苦悩を知ったからでもあった。
その思いは、小池が、市場移転の方針決定で情報公開がなされていない点を定例会見で突かれた際、「それはAIだからです」と応じたことで一層強くなった(第5章参照)。この政治家は「検証」されたくないのだ、と。

それから4年──。小池は知事の任期を見事に泳ぎ切った。しかし、新型コロナ禍というアクシデントに小池が日々対応するため、都政担当記者はまたも同じ悩みを抱えることとなる。任期を振り返る検証記事を書くべきなのに、記者の余力も、記事のスペースもない。気がつけば、都知事選に突入していた。

本書のタイトルは『権力に憑かれた女』である。

小池を追いかけてみて感じたのは、60代後半という年齢らしからぬ体力である。振り回され、疲弊していく周囲をよそに、いや、それを糧にして小池は生き生きと輝いていく。何かに取り憑かれたかのように。「何か」とは、私は「権力」だと思う。

このままでは、小池百合子という政治家の本質を見失うことにならないか。それこそが、彼女の思惑通りなのではないか。

小池にとって、都民にとって、国民にとってこの4年間は、何だったのだろう。1400日をドキュメントで振り返って検証したい。

第1章 東京五輪と新型コロナ
学歴詐称疑惑

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トレードマークのショートヘアをさらにさっぱりとさせ、それとコーディネートしたのだろう白のインナー、水色のジャケットを羽織った夏の装いで、小池百合子は現れた。

2020年6月10日、東京都議会第二定例会最終日。開会時刻の午後1時前、小池は演壇から見て左側にある知事席に腰を沈めた。

だが小池の前に扇状に広がる議員席にいるのは、自身が立ち上げ、今も特別顧問を務める「都民ファーストの会」所属議員のみである。議会運営で揉め、開始が20分遅れることとなり、その抗議の意味も込めて彼ら、彼女らは定刻通りに座っているのだった。

揉めた理由は、小池の「学歴詐称疑惑」である。

6月18日告示、7月5日投開票の東京都知事選挙を前に、一冊の本が都政関係者を震撼させていた。5月29日に発売されたノンフィクション作家・石井妙子著の『女帝 小池百合子』(文藝春秋)である。

石井は月刊「文藝春秋」(2018年7月号)で、小池がエジプト・カイロ大留学時代に同居していた女性から詳細な証言を取り、小池の「カイロ大卒」という経歴に疑義を唱えるレポートを発表。それをベースとし、『女帝』では虚飾にまみれた「女一代記」を描いた。反響はすさまじく、都庁内の書店ではすぐに完売。ネット上でも話題になった。

本書の「はじめに」で触れたように、小池は人気ユーチューバーとコラボ動画をつくるほど、ネット情報に敏感だ。自身の評価を確認する「エゴサーチ」もしているという。『女帝』の反応が目に飛び込まないわけがない。
この定例会で、自民党都議から著書について質問をされた際、小池は「本を読んでいない」と白を切ったのだが、関係者はこう明かす。

「知事は発売前から中身を気にしており、側近が記者らに内容を探っています。本の隅々まで読む時間はないにせよ『文藝春秋(の記事)と内容が同じでよかった』と安堵したといいます」

小池はこれまで「カイロ大卒」を選挙公報に載せてきた。もしウソなのであればれっきとした公職選挙法違反だ。都議会でも自民党や共産党が、卒業証書の議会への提出を求めてきたが、小池はどういうわけか拒否。一部メディアに不鮮明な画像のものを提示したり、6月9日にカイロ大学が突然、「卒業を証明する」との声明を出すなど、信憑性に疑問符がつく一方だった(6月15日の記者会見後、卒業証書を報道陣に公開。都知事選公報にも「カイロ大学卒業」と記載された)。

そこで定例会最終日、議会として、小池に卒業証明書提出を促す「決議」を出そうとの動きが高まった。だが都民ファーストの会と公明党の〝小池与党〟が過半数を占めている以上、「決議」は可決されない。さらに自民党は、小池への対抗馬擁立を断念した経緯がある。党幹事長・二階俊博の側近、林幹雄幹事長代理が都議会自民党幹部に「エジプトに喧嘩売ることになるぞ」と待ったをかけた。要は二階の圧力である。前のめりの一部都議や共産党との調整に手間取り、開会時間が遅れたというわけだ。

待ちぼうけをくらった小池は、苛立つ様子も見せず、自身のタブレット端末を手にして時間をつぶしている。

議事堂6階にある本会議場は吹き抜けになっていて、私たち記者や傍聴者は7階から入る。私はいつものように、知事や都庁幹部の席を見下ろす位置に座っていた。そこから小池の手元がよく見えるからだ。

私は記者席から身を乗り出してタブレットを凝視したが、何の画面かはわからなかった。

ここに何度通っただろう。JR新宿駅から徒歩で10分ほどかかる東京都庁第一本庁舎は、1991年の完成時、日本一の高さを誇った。都議会議事堂とは連絡通路で結ばれている。いずれも設計は丹下健三である。

私は「週刊文春」に属し、社内で「特派」と呼ばれる契約記者だ。

都庁記者クラブは新聞、テレビなど20社が加盟しているが、その中に出版社は入っていない。だが顔写真と日本雑誌協会会員の書類があれば簡単に発行される「東京都共用記者室利用者証」があれば、都庁には自由に出入りできる。これは国会と大きく違い、記者クラブ員でない私が国会議事堂や議員会館に入るには、受付で面会相手の許可を得る手続きが必要だ。さらに、面会相手以外の場所に行かないよう釘を刺される。

だから都庁は、私のような週刊誌記者でものびのびと取材ができる場所だった。

この定例会は、知事の任期最後の議会にあたる。都議会には2月、5月、9月、12月の年4回招集される定例会がある。順に第一定例会、第二定例会……と呼び、「一定」「二定」と略する。つまりこの会は「二定」だ。

通常、知事は引退にせよ再出馬にせよ、議会で表明するものだ。議会は二元代表制であり、知事、議員双方が住民の代表として緊張関係を保っている。知事がその議員に意思を伝えるのは礼儀ともいえる。

そのため、小池が何らかの発言をすると見て、いつになく多くの記者、カメラマンが詰めかけていた。100席ほどある記者席のうち50席ほどが埋まり、小池に言わせるなら「密」の状態であった。

ところがこの日小池は、議会の〝前例〟など無視し、自らの進退について言及することはなかった。本来はそうしたかったはずだが、出馬表明という晴れの舞台が、「決議」のゴタゴタで穢されることを小池は嫌ったのだろう。「決議」は、共産党と一部都議が賛成したのみで、反対多数であっさり否決された。

こうして小池は淡々と都議会最後の日を終えた。

それは新たな「小池劇場」の幕が開く前の、異様なまでの静けさでもあった。

マラソン会場はどこへゆく

思えば1年前はもっと長閑だった。

翌20年7月24日開幕の東京五輪を待つばかり。都知事選挙は五輪開会式の直前に行われ、そこで開催都市のトップを変えようとはなるまい。だから今後、安全運転で都政運営が行われれば、小池の知事再選はほぼ既定路線と見られていた。

「半年ほどは、都庁関連のニュースは少なく、ローカル面以外に記事を書いた記憶がない。朝夕の知事のぶら下がり取材をする記者もいませんでした。あまりに原稿を出稿しなかったから、異動になるかも、と思ったほどです」

ある全国紙の都庁担当記者は、当時の雰囲気をそう回想する。

私は、小池が16年7月に都知事選に出馬して以降、小池専用のノートを作ってきた。自宅で購読している朝日新聞を中心に、都政関連の新聞記事を切り抜いてスクラップし、取材メモもすべてそこに記すのだ。そのノートも23冊目に入っていた。だがこのところ新聞記事を貼るのは数日に一度、メモを書き入れることもほとんどなくなっていた。

たまに都議会に顔を出すものの、傍聴席はまばらで、記者も数えるほどだ。緩慢な空気が流れ、ほどよく空調が効き、つい居眠りしてしまうこともあった。小池の知事就任後最初の定例会では、186席の傍聴席は満員で、入場できなかった人がモニターのある議場外にあふれたほどだったが、その盛り上がりは遠い過去の話となっていた。

そんな開店休業状態の私たち記者を叩き起こしたのが、マラソンと競歩の会場移転騒動である。

都庁担当記者が異変に気付いたのは、2019年10月16日、都庁第一本庁舎7階にある知事執務室に、東京五輪組織委員会会長・森喜朗と事務総長・武藤敏郎が極秘に訪れたことをキャッチしてからだった。

(つづきは、書籍にてお楽しみください)

「週刊文春」記者・和田泰明さん初の著書、
『小池百合子 権力に憑かれた女 ドキュメント東京都知事の1400日』
は、7月16日発売!

◎目次◎
第1章 東京五輪と新型コロナ
第2章 女性初の東京都知事
第3章 自民党東京都連のドン
第4章 側近政治
第5章 築地か、豊洲か
第6章 「排除いたします」
第7章 権力に憑かれた女
第8章 安倍と二階と官邸と

◎内容紹介◎
小池百合子は、メディアの特性を熟知している。
築地市場移転、東京五輪にメスを入れはした。新型コロナウイルス対策でも、愚策を続ける安倍晋三と政権与党との差は歴然だった。
だが、政治家としてのビジョンは何も見えてこない。
一体、何をやりたいのか? 何を目指しているのか? 
「週刊文春」記者による、渾身の一冊!

権力に憑りつかれた女_帯付

和田泰明(わだやすあき)
「週刊文春」記者。一九七五年広島県生まれ。岡山大学法学部卒業後、山陽新聞社入社。岡山県警などを担当。上京後、大下英治事務所を経て「週刊ポスト」記者に。二〇〇五年四月より「週刊文春」記者として政治、年金問題の取材を続けている。本書が初の著書となる。
Twitter @yasuakiwada




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