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10年以上、福島原発事故の収束を取材し続ける記者が明かす「誰も触れない真実」

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福島第一原発事故の発生当日から一貫して国と東京電力を取材し続けている記者が迫る、幻想とその背景、そして廃炉の「本当の未来」とは――。注目の最新刊から「はじめに」と「目次」を公開する。(文と写真・吉野実)


廃炉が「できる」という虚構


「福島第一原発の廃炉は順調だ」
「廃炉は30〜40年で完了する」

――そんな話が流布されていて、皆さんの中には、あるいは信用している方もいるかもしれない。

福島第一原子力発電所事故の発生からもう10年が過ぎた。世間の関心は次第に薄れ、何となく「うまくいっているだろう」といった楽観的な空気を感じる。

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とんでもない話だ。10年経ったのだから廃炉までもうあと20〜30年である。しかし、使用済み核燃料の取り出しは滞り、炉心溶融(メルトダウン)で溶けた燃料(=デブリ)は取り出す方法すら見当たらない。

そもそも何をもって廃炉というかの定義すらない。それなのに、政府はなんら科学的根拠も合理性もない「約30年で廃炉」の旗印を降ろさない。

なぜ国と東京電力は、廃炉が「できる」という虚構を広め続けるのか。本書はその虚構と背景、廃炉の本当の未来に迫るものだ。

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一貫して1Fを取材してきた筆者の10年


私事になるが、筆者は福島第一原発事故、通称1F(いちえふ)事故の発生初日から現在まで、民放テレビ局の記者として、一貫して1F事故収束を取材している。

最初の3年4カ月は、原子力推進側の経済産業省(以下、経産省)を担当し、その後の7年あまりは、規制側の原子力規制委員会(環境省の外局)などを担当している。

短くて1年、長くてもせいぜい3年という早いサイクルで異動するメディアの省庁担当の中で、1F事故の発生から10年を継続して取材し、しかも推進と規制の両側から事故収束を見たのは筆者だけだろう。

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今だからこそ「良い経験だった」と述懐できるが、事故発生から1年間は、文字通り地獄だった。東京電力や旧原子力安全・保安院(経産省の外局である資源エネルギー庁の特別機関だった)の会見は、昼も夜も夜中も開かれ、始まれば、長い時は3時間も続いた。

中継、出稿、社内各所からの問い合わせが続き、48時間連続勤務も珍しくなく、ホテルや家で3〜4時間仮眠し、また出勤するなどという生活が長期間に及んだ。

また、国の各種委員会、有識者会合など、原発に関することは何でも注目され、ニュース化が求められた。いきおい、メディア各社の特ダネ競争、いわゆる「抜き合い」「打ち合い」は激化した。とめどなく続く会見は、当然、筆者一人では手に負えない。

このためローテーションが組まれはしたが、発表にはない新しい事実が報道されれば、追いかけてウラを取り、出稿するのは、結局は担当記者の筆者である。当たり前だが、定期的に「特ダネ」を取ることも求められた。

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1F事故から半年もすると、たとえ午前零時に寝ても1時に寝ても、夜中の3時ぴったりに起きてしまい、ごそごそと起き出しては何か他社に抜かれている情報はないか、ネット検索をしたり、泊まり勤務の同僚に確認してもらう毎日だった。要するに、精神的にヤラれかけていたのである。しかし、仲間のサポートもあり、なんとか乗り切ることができた。

こんな状態になったのは、前職の新聞記者時代に、一連のオウム真理教事件を担当して以来だった。「大玉」を2本も経験してもなんとか立ち直れた「打たれ強さ」は自慢にもならないが、苦しい時に励ましてくれた社内外の友人は筆者の宝である。仲間とは本当にありがたいとつくづく思う。

必要となる冷静な議論──「推進」「反対」どちらにも与せず


10年間、一貫して1F事故の収束を見てきたという事実と同様に、強調しておきたいことがもう一つある。それは、筆者が原発の推進側にも、反対の立場の人々にも、決して与しないということだ。

たしかに地球温暖化は加速していて、2050年のカーボンニュートラル=温室効果ガス排出ゼロを実現するには、化石燃料から脱却しなければならない。

しかし、今はまだ安定電源とは言い難い再生可能エネルギーだけでは我が国の電力は賄いきれず、よほどの革新的イノベーションでも起きない限り、一定数の原発は維持せざるを得ないと筆者は考える。

だが、一朝、過酷事故=シビアアクシデントとなれば、事態は深刻である。1F事故を見ても、地域が丸ごと住めなくなり、住民の避難は長期に及ぶ。この事故でも、多くの方が避難の途中で、あるいは避難先で亡くなった。長期避難による身体的・精神的ストレスとの因果関係が指摘されている。

収束のために使われる費用も巨額である。しかも万が一、1Fで次の事故が起きた場合、被害がさらに大きくならないとは誰にも保証できない。

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1F事故を教訓として作られた新規制基準は厳格だ。しかし、原子力規制委員会自身が認めているように「事故はいつも想定外」である。どんなに対策をしたとしても、事故が起きるリスクは決して「ゼロ」にはならないのだ。

以上のことを踏まえると、十分な情報開示と、冷静な議論が必要なことは誰にでもわかる。

しかし、筆者には、原発の「推進」派と「反対」派の双方が、冷静な議論を行っているようにはどうしても見えない。政治スローガン化され、お互いに批判を繰り返している例も少なくない。

筆者自身、原発の「推進」と「反対」を天秤にかけ、どちらが国民の利益、最大多数の最大幸福につながるか、確信は持てずにいる。10年取材しても結論は出ていない。

本書に込めた願い


さて、前置きが長くなったが、筆者はこの本で、以下のことを語っていきたいと思う。


① デブリの取り出しは、現在の科学技術では不可能に近く、たとえ取り出すことができても、発生する大量の廃棄物に行き場がない。

② 当初、汚染水対策として、ほぼ「一択」で凍土壁を導入した安倍政権(当時)だったが、凍土壁に期待された効果は見られなかった。しかし、東京電力も経産省もそのまま放置し、真に効果的な遮水壁の建造を見送った。その結果、地下水は原子炉建屋に流入し続け、汚染水は増加の一途を辿った。浄化(アルプス処理)後に残る処理水と、非常に高い放射能レベルのごみとの闘いが、第一原発、通称「1F」の大変なテーマとなり、特に高レベル放射能のごみ処理は、作業者の命と健康を脅かし続ける。

③ 賠償、廃炉、除染など、環境復活事業費として経産省が試算した22兆円は、全く足りない。

④ 除染土は放射性廃棄物ではなく、農業や公共事業に再利用することが可能なことが実証されつつある。


これらのことを丁寧に語るとともに、1Fの現状を、なるべく平易に理解してもらうように努めたいと思う。

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また、時々出てくる筆者の考えは、あくまで個人の考えであることを、あらかじめお断りしておく。批判は全て筆者個人に帰するところである。

福島第一原発に行ってみればわかることだが、廃炉の最前線で活躍しているのは、東京電力の社員というよりは、むしろ、「協力会社」と呼ばれている二次請け、三次請け、四次請けの会社の人々である。彼らこそ様々なリスクにさらされながら、日夜、困難な作業を強いられているのだ。

放射線レベルが極めて大きい「デブリ取り出し」が本当に始まった場合は、万が一にも被ばく事故が起きないように、細心の注意が必要だ。事故につながる無計画・無防備な作業で重傷を負ったり、損なわれる命があってはならない。

そんな願いを込めてこの本を書いた。皆さんの理解の一助になれば幸甚である。

(以上、「はじめに」を掲載いたしました。本書内では写真・図版資料ともにカラーで丁寧に解説しています)

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著者プロフィール

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吉野実(よしのみのる)
1964年、東京都生まれ。中央大学卒業後、新聞社2社での勤務を経て、1999年、在京テレビ局に転職。社会部、ソウル支局、経済部などで勤務。環太平洋パートナーシップ(TPP)協定取材のため経済産業省担当になったとたんに2011年3月11日の福島第一原発事故に遭遇し、以来、同事故の収束などを取材している。新聞記者時代はゼネコン汚職事件などの経済事件やオウム真理教事件も担当。事件・事故に遭遇しやすい体質。下積み生活(今も続く)が長いため打たれ強い。

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目次をご紹介します

「廃炉」という幻想――福島第一原発、本当の物語』 目次

はじめに

廃炉が「できる」という虚構
一貫して1Fを取材してきた筆者の10年
必要となる冷静な議論――「推進」「反対」どちらにも与せず
本書に込めた願い

第1章  廃炉の「現実」

「デブリ取り出し」に展望なし――廃炉を阻む最大の要因とは?
使用済み燃料取り出し
3号機からの燃料取り出しの経過――「あり得ない失敗」の連続
2号機からの燃料取り出し
1号機からの燃料取り出し
デブリ取り出しと「ロボット」
格納容器の損傷により「冠水工法」は不可能に
鳴り物入りのロボットも……
記者が東電に厳しい理由――数々の苦い過去
ロボットから「ロボットアーム」へ
原子力規制委員会による建屋内調査――緊迫した映像の様子
作業者が直面する被ばくリスク
驚愕の調査報告――測定された極めて高い線量
【コラム◆JCO臨界事故を忘れるな】
ずさんな体質で、デブリの取り出しなどできるのか

第2章  先送りされた「処理水」問題

「汚染水」と「処理水」
129万トンに含まれるトリチウム水は17ミリリットル
科学的・合理的に考えると、海洋放出に問題はない
「処理水」問題から逃げ続けた、東電と安倍政権
【コラム◆処理水放出の基本概念】
希釈した処理水で「ヒラメ」を飼う?
汚染水処理で出てくる「高レベル放射性汚染物」
スラリー・スラッジの処理の問題
ヒックの移し替え作業でも跳ね上がる線量

第3章  廃炉30〜40年は「イメージ戦略」

安倍政権下の「工程表」――降ろさなかった「30〜40年」の旗印
たった2回の会合で……「凍土壁」にお墨付き
凍土壁は「透水係数ゼロ」?
イメージ戦略はさらに「加速」――様々な汚染水漏れの中で
福島第一原発は「アンダーコントロール」
高濃度汚染水処理の「悲喜劇」――氷、ドライアイスで玉砕
規制委は凍土壁に「塩対応」
効果は結局あやしい「凍土壁」――深い闇の存在
東電を縛った「アンダーコントロール」発言
改めて「凍土壁」の評価
廃炉期間と廃棄物発生量との関係
廃棄物はどこへ?
〝事故炉〟である1Fの廃棄物処理の困難さは……

第4章  1Fは「新たな地震・津波」に耐えられるか

2021年2月、地震で格納容器の水位が低下
「横ずれ」ではなく「滑動」、「亀裂」ではなく「状況変化」
格納容器の地震対策
「原子炉建屋」は大丈夫か?
【コラム◆水素爆発――その瞬間の「衝撃」と、新規制基準】
「検討用地震動」とは――1F用の厳しい評価基準
原子炉建屋は「十分な耐性あり」だが、検討すべき点も
津波対策は前進しているか
放射性物質の拡散を防ぐには――水棺ができない中で
石棺ではなく「シェルター」
追記

第5章  致命的な「核物質セキュリティ違反」

柏崎刈羽原発が〝運転禁止〟に――相次いだ失態
核物質防護規定とは――核テロリズムも想定した厳しさ
核物質防護、実態は〝闇の中〟――詳細は有資格者しか知りえない
中央制御室に不正入室――IDカードの不正使用は大したことない問題?
さらなる問題が発覚、大問題に――侵入検知センサー故障の放置、警備は大甘
「そもそも東電って何なんだ?」――はびこる絶望と無力感
追加検査2000時間――規制委の判断の行方は……
追記

第6章  破綻した「賠償スキーム」

わずか5年で「5兆円→22兆円」――倍々で膨らむ収束費用
東電を破綻させたくない理由がある
廃炉費用8兆円の算出法――スリーマイル島事故×60倍
22兆円に「廃棄物処分費用」は入っていない
取材をしても――なぜか非公開の原発コスト
廃炉費用――何も決まっていないので推測すら困難
除染・中間貯蔵にかかる費用は……とてつもない額(?)
【コラム◆除染土壌の再生利用は農業でも――作物への移行はなし】
賠償額はほぼ予測どおり?
改めて、東電の「収入」について

第7章  指定廃棄物という「落とし子」

処分場選定をめぐる「混乱」
やはり……大反対運動に発展
不可解に過ぎる選定過程
警官隊導入の動き
分散保管を事実上「容認」

終章  「真実の開示」と議論が必要だ

大規模な財政出動は避けるべき
廃炉が長期化することを認め、不測の事態への安全策を
除染土を単なる「ごみ」としない方策を

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