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なぜ「新幹線」は世界に誇ることができるのか?|高橋昌一郎【第10回】

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★現代の日本社会では、あらゆる分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。
★「新書」の最大の魅力は、読者の視野を多種多彩な世界に広げることにあります。
★本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「知的刺激」に満ちた必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します。

「世界で最も安全な高速鉄道」

もしパーティが開かれたら、何時に訪問するかという「エスニック・ジョーク」がある。パーティの開始時刻前、すでに到着して待っているのが日本人である。開始時刻ちょうどにドアをノックするのがイギリス人、20分遅れるのがフランス人、30分遅れるのがイタリア人である。さらに、40分後にスペイン人、1時間後にイラン人、2時間後にポリネシア人が到着する。ちょうどその頃、ようやく自宅から出かける準備を始めているのがメキシコ人だという笑い話である。

実際に、国際会議などで世界各国から訪れる外国人が一様に驚嘆し褒め称えるのが、日本の交通機関の「時間の正確さ」である。最近はコンピュータ制御になったためか、海外諸国の交通機関も以前ほど遅延することは少なくなったが、それでも電車が5分や10分遅れるのは通常範囲という国々の方が多いだろう。

海外から訪れる研究者は東京と大阪や京都を往来することが多いので、これまで何人も東海道新幹線に案内してきた。「のぞみ号」の座席は「A・B・C」の3人席と「D・E」の2人席で一列になっているが、予約は必ずE席から取る。すると、東京駅から40分過ぎた頃にじのみや駅を通過して窓から富士山が見える。新幹線は座席位置を進行方向に変換するので、上りも下りもE席から取ればよい。

新幹線は、1964年10月の開業以来、新幹線車両自体の責任による旅客死亡事故が一度も発生しておらず、2011年には「世界で最も安全な高速鉄道」としてギネス世界記録に認定されている。東海道新幹線では、年間延べ13万以上の列車が運行されているが、その平均遅延時間は「24秒」にすぎない。乗車前にこの話をすると、外国人訪問客は「なんてすばらしいシステム!」と驚いてくれる。

現在の新幹線の最高速度は時速260kmだが、2027年に開通が予定されている「リニア中央新幹線」では時速505kmとなり、品川駅と名古屋駅が40分で繋がる。「超電導リニア」は磁力で浮き上がって走行するため、騒音問題も解決できる。ただし路線の86%はトンネルで、品川から名古屋までの直線距離を超高速で突き進むので、景色を眺めながら駅弁を楽しむような風情はなくなるだろう。

ところが静岡県のかわかつへい知事は、今も県内のリニア着工を認めていない。静岡県の工区は8.9kmにすぎないが、南アルプスをトンネルが通過すると地下水を源泉とする大井川の水量に影響が出るからだという。ところが、環境問題を理由にするのは「表向き」にすぎず、実は「知事は新駅ができないから反対している。とんでもないことだ」と批判するのが、経済産業副大臣のなかたにしんいち氏である。そもそも現在の東海道新幹線でさえ「のぞみ号」は静岡県を素通りして停車しない。JR東海の「静岡飛ばし」が不満で、「リニア推進派」を自認する川勝知事が反対に回っているというわけだ。「政治」が絡んでくるわけである。

本書で最も驚かされたのは、『日本列島改造論』を唱えた田中角栄という政治家の卓越したリーダーシップである。都市政策調査会会長に就任した田中は、各省庁の政策官僚を総動員して1968年に『都市政策大綱』をまとめた。ここに「日本列島を一体化し、その時間距離を短縮するため、北海道より九州までを結ぶ鉄道新幹線など基幹交通・通信体系を建設する」という政府方針が固まった。

その後、山陽(1972年)・東北(1982年)・上越(1982年)・山形(1992年)・秋田(1997年)・北陸(1997年)・九州(2004年)・北海道(2016年)・北九州(2022年)の各新幹線が設置された。そこで、なぜ「新駅」と「路線」が現状のようになったのか。本書の著者・竹内まさひろ氏は、その背景にある「政治」と「地形」から詳細にアプローチする。まさに空前の『新幹線全史』である!


本書のハイライト

調べれば調べるほど、新幹線の成り立ちは面白い。あたかも最初から成功が約束されたプロジェクトのように語られがちだが、実際はそんな生易しいものではなかった。国鉄幹部すらその多数が消極的で、東海道本線の複々線化で充分だという認識が支配的だった。ところが、ひとたび東海道新幹線が予想以上の成功を収めると、政治家が群がり、有象無象の人間が首を突っ込みたがった。

(p. 10)


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著者プロフィール

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)
國學院大學教授。情報文化研究所所長・Japan Skeptics副会長。専門は論理学・科学哲学。幅広い学問分野を知的探求!
著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』(以上、講談社現代新書)、『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『新書100冊』(以上、光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『実践・哲学ディベート』(NHK出版新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など多数。

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