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フェイスブックが開発したARのBMI(脳による機器操作)

4章④ GAFAMのメタバースへの取り組み

光文社新書編集部の三宅です。

岡嶋裕史さんのメタバース連載の24回目。「1章 フォートナイトの衝撃」「2章 仮想現実の歴史」「3章 なぜ今メタバースなのか?」に続き、「4章 GAFAMのメタバースへの取り組み」を数回に分けて掲載していきます。今回はその4回目です。

ウェブ、SNS、情報端末などの覇者であるGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)はメタバースにどう取り組んでいくのか? 果たしてその勝者は? 各社の強み・弱みの分析に基づいて予想します。

引き続きフェイスブックの動きを見ていきましょう。

※下記マガジンで、連載をプロローグから順に読めます。

4章④ GAFAMのメタバースへの取り組み

フェイスブック③―Oculus Questの成功

 Questは片目1440x1600、両目2880x1600の解像度で、6DoFに対応するセンサーを持つ。高性能化したぶん、価格も重量もGoより大きくなっているが、ケーブルでPCに結ばないと稼働しないRiftよりずっと簡単に使える。

 CPU、GPUの性能が上がり、6DoFになったことで、比較的重たいアプリケーションも楽しめるようになった。もちろん、本気で込み入ったゲームをするのであれば、母艦につなぐRiftシリーズにアドバンテージがあるのだが、消費者は高性能よりも手軽さを支持したのだ。2020年に世界市場で10億ドルを突破することになるVR関連消費の売上は、Oculus Questが道をつけたと言っていい。

 Oculus Questの成功は、オキュラスの製品戦略にも影響を与えた。初代から続くHMDの本筋であったRift Sの販売を2021年で終了すると発表したのだ。今後、有線接続式のHMDを開発しないことも明言している。Riftのほうが性能面でのポテンシャルは高いのだが、消費者がついてこなかった。

 では、スタンドアロンでは荷が重いヘビーアプリケーション、端的には超高精細なゲームなどはどうするのか?

 スタンドアロン型であったQuestをPCにつなぐ逆流措置がとられた。QuestがRift化したわけではない。あくまで、基本はスタンドアロンで動作し、単体では手に余るときだけ有線ケーブルを使ってPCに接続するのである。この機能はOculus Linkと名付けられ、2019年にベータ版がリリースされた。

小型軽量化と洗練された外見が必要

 2020年10月にはOculus Quest2が発売となった。CPU、GPUが強化され、スタンドアロン機としての性能が向上している。もちろん、Oculus Linkを使うことも可能である。解像度は片目1832x1920、両目3664x1920でRift Sを上回った。製品ラインナップの統合を強く意識させる仕様になっている。今後もこのラインで製品開発が継続していくことになるだろう。

 Quest2は、現実とは異なる世界へ没入するデバイスとして、一定の水準に達したと思われる。しかし、まだ一部の技術好きやゲーマー以外に利用が広がっているとは言いがたい。確かに、暑くて蒸れ、しかも重たいHMDを長時間かぶってまでアクセスしたいほどメタバースはまだ魅力的ではなく、実利もない。

 フェイスブックはメタバースへの技術的冒険をまだ続けるだろうが、アーリーマジョリティへのキャズムを超えるにはまだ数段階の小型軽量化と見てくれの向上が必要だ。

 スマートフォンからファーストスクリーンを奪い、ランチや満員電車の隙間時間、一日の終わりのアクセスをSNSから奪うには、メタバース自体がゲーマー以外でも楽しめるコンテンツをもっと増やさねばばらず、何よりもHMDの外見が洗練され、かぶって外を歩けるくらいになる必要がある。

 フェイスブックはアップルやグーグルのようにグラス型のアプローチをとらなかったので、没入感ではアドバンテージを持っているが、デバイスの洗練にはより多くのハードルが待ち構えている。

脳による機器操作―ARのBMI

 フェイスブックのもう一つの成果は、ARのBMI(ブレインマシンインタフェース:脳による機器操作)である。

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 その発想自体は真新しいものではない。指でキーボードを叩くにしろ、音声で命令を読み上げるにしろ、それを司っているのは脳機能である。脳が考えていることを直接読み取れれば、指や声帯に余計な運動をさせずにすみ、入力の速度を精度をもっと向上させることができる。ブラインドタッチの練習に人生の貴重な時間を費やさなくてもいい。

 しかし、発想が古典的であることと、実現が簡単であることはまったくリンクしていない。脳波を電気信号として読み取れるようになって以降も、人の思考を可視化することはかなわなかった。

 最近になって徐々に実装が進んだ技術も、たとえば理研が開発した車椅子の運転をするBMIや、アップルが研究中といわれる音楽再生を制御するBMIと、ごく簡単な操作にすぎない。

 車椅子であれば、直進と左折、右折、音楽再生であれば再生と停止、早送りくらいのものである。この水準なら、なんとか考えるだけで機器を動かせる。それでも、実用化して商品として売るにはまだハードルが高いのだ。

 フェイスブックのこの分野への貢献は、「脳波AR」などと報道されているが、少し盛りすぎの表現である。脳波そのものを読み取っているわけではなくて、タイピングする手の動きをリストバンドのセンサーで計測しているのである。

 だから、考えただけでコンピュータを操れるわけではない。タイピングならタイピング、マウス操作ならマウス操作のように、実際に手を動かす必要がある(本物のマウスを動かすより、ずっと少ないストロークですむだろうが)。

 そのとき「手を動かせ」と指示する信号が神経繊維を走る。フェイスブック方式ではこれを読み取るのだ。コロンブスの卵じみた話ではある。本当に脳波を読み取るやり方に比べたら、将来的な汎用性や到達できる性能は低いものになるだろう。

 しかし、脳波計測がそんなに簡単に実現できる技術ではない以上、比較的短期間で投入できそうな製品としては魅力的である。少なくとも、車椅子や音楽再生よりはたくさんの場面で利用できる技術に育つだろう。もし付けていることを忘れるくらいの軽さで商品化することができ、フェイスブックがオキュラスとは別に開発しているスマートグラスと組み合わせられれば、これがARのスタンダードになってもおかしくない。

 いずれにしろ、フェイスブックのメタバース戦略はわかりやすい。メタバースにxR(VR、AR、MRなどを包摂した概念。Extended Reality:完全な仮想から、完全な現実まですべてを含む)を不可欠なものと位置づけて、今までフェイスブックの弱みであったリアルと強くリンクする製品を売って自社の代替不可能性を底上げしつつ、メタバースの覇権を狙う。GAFAMの中で最もメタバースを渇望するポジションにいることもあり、ここ数年はメタバースの実装をリードする立場に立つだろう。(続く)

※下記マガジンで本連載を最初から読めます。


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