【第3回】なぜ歴史を偽造するのか?
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【第3回】なぜ歴史を偽造するのか?

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★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、哲学者・高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

今も影響を与える日本最大級の偽文書

「椿井文書」とは、山城国相楽郡椿井村(現在の京都府木津川市)出身の椿井政隆(1770年~1837年)が、江戸時代に偽造した文書の総称を指す。椿井は、兵学・国学・有職故実などに通じた人物で、依頼者の要求を満たすような偽書や偽図を創作した。その数は「近畿一円に数百点」に及び、現在も各地の自治体史で引用されている事例が「無数にある」という。なぜこれほどまでの「日本最大級の偽文書」が、見逃されてきたのだろうか?

本書の著者・馬部隆弘氏は、1976年生まれ。熊本大学文学部卒業後、大阪大学大学院文学研究科修了。枚方市教育委員会・長岡京市教育委員会職員を経て、現在は大阪大谷大学文学部准教授。専門は、日本中世史・近世史。著書に『戦国期細川権力の研究』(吉川弘文館)や『由緒・偽文書と地域社会』(勉誠出版)などがある。

さて、椿井文書は、中世の鎌倉時代から室町時代にかけて記された文書を、近世の江戸時代に書き写したという体裁をとる。たとえば、ある村が他の村と地域の支配権を争っているような場合、一方の村が中世に支配権を有していたという証拠文書があれば、圧倒的に有利になる。そこで椿井の出番となるわけだが、彼の文書偽造は、信じ難いほど大掛かりなものだった。

椿井は、まず村の神社近辺に居住する富農の「系図」を幾つか適当に作成し、中世の合戦に参加した人名を連ねた「連名帳」を偽造して、「系図」の人名と年代的に符合させる。さらに、村の寺社の縁起や史蹟の「由緒書」を作成し、富農の家々と寺社・史蹟を「絵図」に集約する。仕上げに、この寺を1444年作という古文書『興福寺官務牒疏』に加えるが、これも偽書なのである!

要するに、椿井は、架空の中世の「地域史」を捏造し、その地域史に登場する寺を「興福寺」の末寺リストという偽の古文書に記載して、すべてを真実らしく見せかけた。彼の脳裏には、壮大な虚構世界があったわけである。

馬部氏が椿井文書の存在に気付いたのは、大阪府枚方市の市史担当部署に務めた際だという。枚方市には、中世に「津田城」と呼ばれる山城があったはずだが、その城の所在を示す文書も絵図も全部が近世に作成されていた。改めて丹念に調査し追跡していくと、実はそんな城は存在せず、江戸時代に津田村が奉行所に支配権を訴え出た際に捏造されたことがわかったのである!

本書で最も驚かされたのは、「研究対象に特別な私情を挟んではいけないのは承知しているが、椿井文書と椿井政隆に対する私の愛情は、他のどのファンにも負けないはずである」という結語である。馬部氏は、膨大な偽文書を徹底的に調べていくうちに、椿井文書に魅入られてしまったらしい(笑)。

椿井文書は、「日本中世史」の汚点となる迷惑な偽史である。それにもかかわらず、これまで見逃されてきたのは、歴史学の専門細分化が進みすぎたため、中世の研究者が近世の資料価値としての検討を怠ったからだと、本書は批判する。その一方で、椿井文書は「日本近世史」の資料と考えると、まったく別の観点から「充実した」文献になりうるというのが、馬部氏の立場である。


本書のハイライト

椿井文書は、人々がかくあってほしいという歴史に沿うように創られていたため受け入れられた。その意味では、近世の人々の精神世界を描く素材としての可能性も秘めている。椿井文書が近代社会で活用された要因は、椿井政隆の思想が極めて受け入れやすいものであった点にも求められる。そのような思想を復原的に考察していく作業も、椿井文書が膨大に残されているだけに充実したものになるのではなかろうか。(p. 227)


第2回はこちら↓

著者プロフィール

高橋昌一郎_近影

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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