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文字や音から「色」を感じ取れる人がいる!?「共感覚」に隠された脳の謎を解くヒント

世の中には、文字や音から色を感じ取る「共感覚」の持ち主がいます。音楽と脳の関係を研究する伊藤浩介さんが率いる新潟大学脳研究所の研究チームは2017年、共感覚の人が「ドレミファソラシ」の七音に感じる色は虹の七色に対応するという研究成果を発表し話題となりました。いったい、どんな研究なのでしょうか。本書では、伊藤さんご自身が発見した共感覚の現象をもとに、共感覚の知られざる世界を綴っています。伊藤さん初の著書ですが、読んでいてワクワクする知的スリルに満ちた一冊に仕上がりました。今回、一部をアレンジして「はじめに」を特別に公開いたします。どうぞお楽しみください。

「その音はもっとオレンジ色に!!」

「その音はもっとオレンジ色に!!」

 マエストロ・佐渡裕は指揮台で叫んだ。マーラー作曲交響曲第九番の第三楽章のリハーサル中のことである。音をオレンジ色にとは、どういうことだろう? オーケストラの一員としてクラリネットを演奏していた当時大学四年生だった私は、意味がさっぱりわからなかった。さすがカリスマ指揮者の言うことは違う、とにかく要求に応えなくてはと、まず頭の中でオレンジ色を思い浮かべた。そして口の周りの筋や息の圧力を調整し、「オレンジ色の音」を出そうと、わけもわからず努力してみた。しかしマエストロは無言のまま練習は先に進み、それから何年も、「オレンジ色の音」のことなどすっかり忘れていた。

 今となって思い返せば、これが私と共感覚との初めての出会いだった。共感覚とは、音や文字から色を感じるといった不思議な脳の現象である。認知脳科学者として音楽と脳の研究をするようになってこの現象を知り、そこで振り返って初めて、マエストロが共感覚の持ち主(共感覚者)であったことを理解した。そして、「音楽を聴くと心の中で色が動くのが見える」と語ったオリヴィエ・メシアンのほか、フランツ・リストやジャン・シベリウスなどの作曲家や、バイオリン奏者のイツァーク・パールマン、ロックギタリストのエディ・ヴァン=ヘイレンなど、古今東西、音楽家には共感覚者が意外に多いことも知った。

 共感覚のない自分にはどう逆立ちをしても実感できない知覚世界に憧れを抱き、同時に研究者としての好奇心が芽生えた。耳から入った音が、眼から入るはずの色の感覚を引き起こす。これは我々の知る脳の仕組みでは、うまく説明できない。もしこの現象が本当なら、今の脳科学の常識は修正が必要だということだ。共感覚には、脳の謎に迫るヒントが隠れているかもしれない。

 以来、百人を超える共感覚者から話を聞いてきた。その感覚世界は、想像をはるかに超える不思議なものだった。

口絵1

共感覚者Fさんは音が聞こえると目の前に色が見える。ドは赤、ソは黄緑に近い緑、ソ♯はソの色がくすんだ色だ。低い音は視野の左側、高い音は右側に見え、♯や♭がつく黒鍵の音は上方にずれる。

「先生はピンクです」

 Tさんには初対面で「先生はピンクです」と言われ、不意打ちをくらった(なぜ、ピンク? 女子っぽいのだろうか? それともピンク街の連想?)。気を取り直して実験に戻り、いろいろな色のカードを見せていたら、今度は「ラがありませんでしたね」と指摘されて呆気にとられた。色の移り変わりにメロディーを感じていたのだ。

 Yさんは、完全五度の音程を聞くと立体図形が思い浮かぶ。そして、その図形を反対側から見ると、完全四度の図形になる(下の図)。あとで説明するように音楽では完全五度と完全四度は表裏一体の関係なので、同じ立体図形を表や裏から見ると五度になったり四度になったりするのは、極めて合理的だ。奇想天外な現象のなかにも、意外と論理的に説明できる側面もあることに、研究心を刺激された。

4-9  図4.9

共感覚者の描いた完全五度と完全四度の視覚イメージ(本人による描画)。

 Fさんは、聞こえる音の高さに応じて様々な色が目の前に出現する。例えば、テニスのラケットでボールを打ち返すと、その打音に「青」が見える。そして、「テニスコートは緑色でボールは黄色なのに打音が青なんて、色の組み合わせが気持ち悪いです」と、テニスをやめてしまった。彼女は、こんなメールも送ってくれた。

 例えば、「+」だったら増加するとか、いいイメージなので赤です。反対に「―」は減少とか、あまりいいイメージではないのですぐに青が出てきます。他にも、言われて気付いたのですが、漢字には色があると思います。「左」は青で、「右」は赤といった感じで、もし色が反対だったら落ち着かないです。
 でも、わたしが思うに、そんな感覚はみんな持っていますよね??

 いや、そんな感覚は自分にはない、と多くの方が思われるだろう。共感覚は、自分とは関係のない、珍しい現象なのだ。

 しかし、本当にそうだろうか?

 音色という言葉がある。なぜ、音なのに「色」と言うのだろう。声色という言葉もそうだ。声に色などあるはずない。それなのに、黄色い声援という表現が、何故かしっくりくる。TVのスーパー戦隊シリーズのリーダーは、いつも赤い衣装を着ている。青い化粧室は男性用だが、実際の男の人が青いわけではない。あらためて周りを見回すと、「色々」なものや概念に、色が付いている。そもそも、「色々」という言葉が不思議だ。色々な人、色々な意見などといった表現は、人や意見が様々な色に色分けされていることを暗示している。

 人はみな、潜在的な共感覚者である。

 そんな見方がある。自覚できないほどの弱い共感覚なら、私たちはみな持っているというのだ。本当だろうか?

 筆者の共感覚研究は、「オレンジ色の音」のような不思議な現象に対する純粋な好奇心から始まった。最初は、貴重で珍しいものを調べているつもりだった。しかし程なく、その背後には、誰にも関係のある広くて深い問題が横たわっていることに気が付いた。

 本書は、ドレミファソラシが虹の七色になるという、筆者の発見した共感覚の現象をもとに、音階がなぜ色を持つのか、そしてなぜそれが虹色になるのかという問題の答えを探る知的な探検である。

本書で一緒に考えることを楽しんでください

 幸いにも、答えはまだ出ていない。なぜ幸いかというと、(少なくとも私のような科学者にとって)科学は答えが出ていないからこそ面白いからである。頭をひねり実験をすると少しずつ答えが見えてくる、その過程こそが科学の醍醐味だ。本書はそうした営みの途中経過の記録であり、したがって、ここに書いてあることが必ずしも正解とは限らない。読者の方も本書を読み進めながら、なるほどそうか、しかしそこは違うだろうと、頷(うなず)いたり批判をしたりしながら、一緒に考えることを楽しんで欲しい。

 第一章は、共感覚とは何か、従来の〝古典的な見方〟に沿って紹介する。共感覚という言葉は、少しずつ広く知られるようになってきたが、イメージばかりが先行して誤解も多い。そこで、共感覚について基本的な事項を整理しておいた。

 第二章では、共感覚とは本当は何なのか、あらためて学術的に問う。共感覚をどう定義するかはとても難しい問題で、実は、研究者の間でも決着がついていない。ここでは、第一章で紹介した〝古典的な見方〟とは異なる、〝新しい見方〟を提案する。これは、共感覚の定義を圧倒的に拡大しようとするもので、その真意は本書を最後まで読めばわかる。

 第三章では、ドレミファソラシが虹の七色(のよう)になる共感覚について、詳しく紹介する。数十人の共感覚者を集めて調べたところ、ドレミファソラシの七音が虹の七色に順序良く対応する不思議な現象を発見した。あまりにもよくできた美しい結果で、自分自身も当惑したほどだ。そして、なぜドレミファソラシが虹色になるのか、理由がさっぱりわからない。

 この謎を解く鍵は、七という数にあると見定めた。音階は七音で、虹も七色。なぜこの数が一致するのかがわかれば、きっと視界が開ける。

 そこで第四章では、なぜ音階が七音なのか考える。音階とは、一オクターブの範囲の連続的な音高から、いくつかの音高をとびとびに選び出したものだ。坂道に段を刻んで階段にするのと似ている。このとき音階音の数はいくつでも良さそうなものだが、なぜ七つなのか。これには、ヒトの耳(蝸牛:かぎゅう)や脳の仕組みがかかわっている。

 次に第五章では、虹がなぜ七色なのか考える。その答えは、万有引力の法則で有名なあのニュートンがそう決めたから、という拍子抜けするものだ。ではなぜニュートンがそうしたかというと、音階が七音だからである。ここで、ドレミファソラシと虹がつながった………かに見える。しかし、ニュートンは間違っていたし、ニュートン自身もそのミスには気付いていたのだ。するとここで、問題は振り出しに戻ってしまう。

 そこで第六章では、なぜ音階が虹色になるのか、筆者独自の仮説を説明する。レが黄色でソが青色なのは『ドレミのうた』で説明できそうだし、他の様々な可能性も考えられるが、どれも決定打に欠ける。最も有力な説明は、色には序列があり、音階の音にも序列があり、この序列を介して音階に色が付くというものである。もっともこれだけでは意味がわからないだろうから、ぜひ本文をご覧頂きたい。

 第七章では、色とは何か、あらためて考える。色々な人、色々な考え、という表現があるように、我々の脳は、物や概念を色分けするのが大好きだ。運動会ではチームを紅白に分け、アイドルグループにはメンバーカラーがあり、競馬の枠順には色があり、多くの大学生が算数は青で、理科は緑だと感じている。これらはどれも、色のないはずのものに色を付けているのであり、共感覚の世界を垣間見るような現象だ。

 そして、この概念の色分けには、最大で七色までという「七の壁」がある。音階が七音で、虹も七色なだけでなく、世界の七不思議、七福神、春や秋の七草、白雪姫の七人の小人や、七味唐辛子に至るまで、なぜこれほど多くのものが七つなのか、その答えがここにある。

 ここまでたどり着いてやっと、何年も気になっていた「先生はピンクです」の本当の意味がわかった気がした。

著者プロフィール

伊藤浩介(いとう こうすけ)
1972年生まれ。新潟大学脳研究所統合脳機能研究センター准教授。京都大学理学部卒業、同大学理学研究科(霊長類研究所)博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、新潟大学脳研究所助教などを経て、現職。専門は認知脳科学、無侵襲脳機能計測学、霊長類学。ヒトや動物の知覚や認知の仕組みやその進化を、脳波やMRIなどの無侵襲の脳機能計測で調べている。ヒトはなぜ、音楽のように動物の生存に役立ちそうにないものを進化で獲得したのか、その謎を解きたい。本書が初の著書。近著に『絶対音感を科学する』(分担執筆、全音楽譜出版社)がある。

ドレミファソラシは虹の七色?🔷目次

はじめに
第一章 共感覚とは何か?
第二章 共感覚とは本当は何か?
第三章 ドレミファソラシは虹の七色?
第四章 音階はなぜ七音か?
第五章 虹はなぜ七色か?
第六章 ドレミファソラシはなぜ虹色か?
第七章 七の壁
おわりに
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