【9位】ザ・キンクスの1曲―夕焼け小焼けの人の世に、泣いちゃいそうなアンセムを
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【9位】ザ・キンクスの1曲―夕焼け小焼けの人の世に、泣いちゃいそうなアンセムを

「ウォータールー・サンセット」ザ・キンクス(1967年5月/Pye/英)

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※こちらは西ドイツ盤シングルのジャケットです

Genre: Psychedelic Pop, Rock
Waterloo Sunset - The Kinks (May, 67) Pye, UK
(Ray Davies) Produced by Ray Davies
(RS 42 / NME 23) 459 + 478 = 937

美しい、本当に、美しい歌だ。とくにロンドンっ子(Londoner)には、特別の意味を持つ。同様にもちろん、あの街に暮らしたことがある人や、心寄せることがある人にとっても……というこのナンバーが、「永遠の4番手」呼ばわりされる彼らに、当ランクでストーンズを破らせた(しかもわずか、2点差で)。ザ・キンクス、いやレイ・デイヴィス畢生の名曲といえば、今日、まずこれだ。「泣いちゃいそうな」この歌なのだ。

当曲は、ミッド・テンポの、訥々とした語り口のポップ・バラッドだ。だから55位にランクした「ユー・リアリー・ガット・ミー」とは、大いに趣が違う。キンクスの「リフもの」の出発点にして最高傑作だった同曲は、ザ・フーにも大きな影響を与えた。しかし当曲では、キンクスのもうひとつの特性、ナイーヴな「歌もの」における冴えっぷりが、地上最高地点にて光り輝いている。郷愁とペーソスの、得も言われぬ合一がある。

まず当曲は、語り手がユニークだ。どうやら、とても孤独な「I」は、ひとりで「ウォータールーの夕焼け」を見たりする。友だちなんていらない、この夕焼けを見つめているかぎり、自分はパラダイスにいるんだから、と言う。だから毎日、窓から外を見る。寒い寒い夕刻でも「ウォータールーの夕焼け」は、いい感じなんだ……と、いかにも子供っぽいこのモノローグは、レイ・デイヴィスの少年期の実体験の反映なのだという。13歳のとき、セント・トーマス病院に入院していた彼は、看護婦さんに車椅子を押してもらって、よくバルコニーから「川」を眺めていたそうだ。そう、もちろん「テムズ川」を。

この歌の「ウォータールーの夕焼け」もまた、テムズを借景とするものだ。ウォータールーとは、まず鉄道駅の名前だ。ロンドンのほぼ中心部を西から東へとつらぬくテムズ川の南岸、ランベス特別区にある、大きなターミナル駅だ。ナショナル・レールや地下鉄各線が乗り入れていて、2007年まではユーロスターの発着駅(ウォータールー国際駅)も、すぐこの近くにあったから、ご記憶のかたも多いはずだ(東京だと、上野駅みたいな感じか)。駅名の由来は、すぐ北側にあるウォータールー橋からとられた(橋の由来は、かの有名な「ワーテルローの戦い」からだ)。だから当曲のアイデアとは、東京ならば「隅田川サンセット」とか「多摩川サンセット」みたいな感じから、さほど遠くはない。

ともあれ語り手は、この駅と橋のあたりに落ちていく「夕焼け」を、毎日毎日、たったひとりで鑑賞している。動かない主人公に対し、ドラマ部分を背負うのは「テリーとジュリー」のカップルだ。毎週金曜日、ウォータールー駅で彼らは逢引きする(同駅の大時計下は待ち合わせの名所だ)。そしてあるとき2人は「川を越えて」より落ち着ける場所を求めて移動していく。友だちなんていらない、からだ。「ウォータールーの夕焼け」を見つめていられるかぎり、彼らもパラダイスにいる――と、ここまで来たところで聴き手は、語り手がほとんど「神の視点」の位置にいることに気づく(2人を観察し続けるなんて、人間には物理的に不可能だからだ)。あるいは、すべては病室から一歩も出られない少年の空想だったのかもしれない……しかし「いずれにしても」ここで描写される「夕焼け模様」が、なんと鮮やかな色どりに満ちていることか。そのなかにいる、弱き者たち(=孤独な者たち)への、なんとやさしい「まなざし」があることか。だからもしかしたら、この歌の「I」とは「ロンドンという都市そのもの」なのかもしれない。言葉を得た街による、人々への、あったかい祝福みたいな1曲じゃないか……と、聴き手は深く心打たれた。

このナンバーは、レイ・レイヴィスにとっても挑戦の1曲だった。「リフもの」の時代を築いた相棒だったプロデューサー、シェル・タルミー(当ランク13位、フーの「マイ・ジェネレーション」も手がけた)の手を離れたあと、初めてレコーディングした曲がこれだったからだ。デイヴ・デイヴィスの独特なギター・サウンドも、ペーソスの味わいを深めることに成功している。「あまりにも時代遅れで」この当時だれも使わなかったテープ・ディレイ・エコーを駆使したこのアイデアは、逆にとても「斬新」なものとして人気を得た。

シングル・リリース時、アメリカでまったく売れなかったものの、全英では2位を記録。彼らの新しい金看板となった。アルバム『サムシング・エルス』にも収録。かの地のアンセムとしても愛され続け、2012年のロンドン五輪閉会式ではレイ・デイヴィスがこれを歌唱した。僕なども、ウォータールー駅に近づいたり、路線マップでその名を見るたびに、いつでもかならず、この曲が頭のなかで流れてくる。たぶん一生、それは変わらないだろう(パディントン駅というと、あのクマが脳裏に浮かんでくるのと同様に)。

(次回は8位の発表です。お楽しみに! 毎週金曜更新予定です)

※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki


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