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橘家文左衛門(現・文蔵)の『明石』―広瀬和生著『21世紀落語史』【番外編】

『21世紀落語史』(光文社新書)で触れたように、2008年10月30日から5日間、東京・銀座の博品館劇場で「源氏物語公演」が行なわれ、立川談春が『柏木』、柳家喬太郎が『空蝉』、橘家文左衛門(現・文蔵)が『明石』、入船亭扇辰が『葵』、三遊亭歌之介(現・圓歌)が『末摘花』を演じた。僕は歌之介の公演だけ行けなかったが、他4人の源氏物語は観たので、当時の日記からそれらを紹介しよう。まずは文左衛門の『明石』。落語作家の本田久作氏が書き下ろした台本を文左衛門がアレンジしたものだ。

「思い出の名高座①」はこちら。

橘家文左衛門(現・文蔵)『明石』

いきなり「アーッ! アーッ!」と叫ぶ光源氏に、側近の惟光が「春風亭昇太みたいな始まりかた、やめてください!」とツッコミを入れて幕が開く。

「会いたいよー! 紫の上ーッ!」
「ちょいと大将! 大将!」
「何だよ大将大将って」
「いいじゃないですか、アンタ大将なんだから」
「吉原ひやかしてるんじゃないぞ」
「ここはパーッとひとつにぎやかに、船上パーティーでも、ねっ大将♪」
「幇間かオマエは!」
「ねえねえ大将、俺たちどこへ行くんですか?」
「須磨」
「スマ? 新作の?」
「それはSWA! 俺は正統派が好きなの! 三遊亭生之助とか、むかし家今松とか、吉原朝馬とか、柳家小満んとか! 何で喬太郎や白鳥と一緒にされなきゃイケネェんだよ! 須磨! 田舎だよ」
「どうしてそんなとこに行くんですか?」
「ま、出る杭は打たれるってヤツ? 俺ってホラ、いい男だし何でも出来るし」
「何言っちゃってんの、女でしょ女! アンタやり放題だもん! これ『光のヤバい女リスト』。空蝉! 何で人の女房とヤルかね」
「だって言い寄ってきたんだもん」
「うわっ! 源典侍(ないしのすけ)、七十過ぎの婆さんだよコレ! どうしてこんな婆さんカクかね?」
「修業だよ。前座から二ツ目、二ツ目から真打って上がっていくには幅を広げてネタ増やさないと」
「六条御息所(みやすどころ)なんて生霊になって葵の上呪い殺したんだよ! 何であんな豊志賀みたいなのカクの!? 年増は業が深いよ。他にも朧月夜とか……」
「それが業の肯定だ」

須磨に到着し、あばら家に辟易する惟光を尻目にキャンプ気分でウキウキする源氏。
「風流だなぁ……♪千早ふる……」
「それ在原業平でしょ」
「この歌のわけは?」
「それ別の落語だよ! 明日、鈴本で演るから」
「せめて『とは』のわけだけでも」
「それは扇辰に任せた」

などと言ってるうちに空模様が怪しくなってくる。
「台風ですよ!」
「台風がどうした! そんじょそこらのお兄ィさんとお兄ィさんが違うんだ! 台風が怖くて納豆が食えるか!」
「言ってることが判りません」
「グルグルつながり」
「こんなあばら家で、雨具も無いし、どうするんです」
「あばら家で雨具が無い!? 雨具が無い時の由緒ある歌を教えてやろうか。ななへやへ……」
「それも別の落語でしょ!」
「ゴロゴロいってる! 雷だよ……あっ雷落ちたっ! 半ちゃん、怖い♪」

惟光に床を敷いてもらい、蚊帳を吊って寝ちゃう源氏。すると夜中、枕元に老人が。
「えっと、どちら様で」
「バカ! オマエの親父だ!」
「あ、おとっつぁん! おとっつぁんだな!」
「亀! グルッと回ってみろ、って『子別れ』か!」
「おとっつぁん、ノリツッコミ!」
「落語じゃあんまり出来なくて」

おとっつぁん(桐壷帝)のお告げのとおり、翌日、明石入道がやってくる。
「一龍斎貞水先生かと思った」
「あの目つきの鋭さは志ん橋師匠じゃないな」
などと言い合っていると、明石入道が口を開く
「拙僧は越前国永平寺より……戒壇石に葷酒山門に入るを許さずと……」
「お、問答か!?」
無言の問答が始まり
「大海の如し」「五戒で保つ」「目の下にあり」と問答に負けた明石入道、「とてもとても拙僧ごとき……」と逃げていく。
「あの野郎、俺をこんにゃく屋の親父だと知ってやがった」

明石に行くと皆、浴衣に丹前で歓迎の宴。「美味いよ、鯛のコブ〆! あっタコ!! タコ美味ェーッ!!」と大喜び。惟光は素っ裸で蝋燭を尻に挿して“宇治の蛍踊り”まで披露するバカ騒ぎ。そこへ明石入道の娘が現われ、琴を奏でる。
「惟光! 彼女、タイプ!」
「好きですねアンタ!」
「オネーチャン! こっちこっち! 隣り! ねね、どんな音楽好き? ビヨンセ聴く? 手相見てあげる」
というわけでお持ち帰り。手と手が触れる! 顔を見ればいーい女! だが短命にはならず、半年が過ぎた。

「明石もいいけど、半年もいると、退屈で、退屈で……ふわぁ~あ、ならねぇ」とご器用にあくびも出る源氏。
「やっぱり紫の上に会いたいなぁ」
「紫の上が本当にお好きなんですね」
「惚れた相手に会える歌……せをはやみ……」

そんなある日、明石の君が「酢っぱいものが食べたいの」と言い出した。
「ちょっと大将、それ妊娠でしょ!」
「えっ! ウソ! やっちゃったか!」
「どうするんです」
「もういいよ、ほっとけば」
呑気なヤツがあるもんで、その晩は寝てしまう。

ゆっくりと起き上がる源氏。惟光に起こされたのだ。
「いや~疲れたぁ……。ゆんべの女、好きモノで……」
「そんな、芸者あげてドンチャンドンチャンやってる場合じゃないでしょ! 何だってアナタは帝の女に手を出すんですか!」
「あれ? ここどこ? 明石?」
「ここはアンタんちですよ」
「え?」
「そうです、あそこがあんたの寝床でございますよ!」
「いや、おかしいよそんなの! 俺、明石でやっちゃって、出来ちゃって」
「あんた、夢ん中でもそんなことやってんの!?」
「夢? いや、そうじゃないよ、だってタコ食って」
「タコは京でも食えますよ」
「でも琴の音が」
「夢の中で聴いたんでしょ」
「夢?」
「そうですよ! ここは都! アンタんち!」
「夢か……やけにハッキリした夢見たもんだ……おい! 須磨へ行こう!」
「新作落語?」
「だからそれはSWA! 何で俺が喬太郎や白鳥の……って、夢にもこんな場面が」
「なんです?」
「とにかく須磨へ行こう! それでまたドンチャン騒ぎしよう!」
「えー? まだ飲むの?」
「……いや、飲むのはよそう、また夢になるといけない」

単なる女好きのお下劣な源氏を豪快な「文左衛門テイスト」で描いた前代未聞の『明石』、当然のことながら平安貴族の薫りは全く無い「やりたい放題」の一席で、文左衛門ファンにとっては痛快極まりない爆笑編。原作台本はあるにせよ、紛れもなく「橘家文左衛門の世界」であった。

(次回は立川談春『柏木』をご紹介します)

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