見出し画像

シュクメルリで飲む? (つつまし酒#51)

光文社新書のnoteをお読みのみなさま、初めまして。パリッコと申します。「酒場ライター」なる肩書きで、雑誌やWEBに、お酒や酒場に関する雑文を書かせてもらっている者です。

2018年11月から約1年間に渡り、光文社のサイト「本がすき。」にて、「つつまし酒」というエッセイの連載をさせてもらっていました。日常の中の、けっして贅沢ではないんだけど、ちょっとだけ心が豊かになるようなお酒の時間についてを綴る、というような内容で、昨年には、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』というタイトルで、本にしてもらうこともできました。
そういうわけでいったん連載は終了したのですが、日々暮らし、お酒を飲んでいると、いやでも「つつまし酒」のネタがたまってくる。発散しないと脳がパンクしてしまう! そこで、光文社新書のnoteに場所を移し、ありがたくも連載を再開させてもらえることになりました。

これからまたしばらくの間、せせこましくて、みっともなくて、つつましくて、だけど最高に幸せな、お酒にまつわるあれこれについてを記録していこうと思います。ご興味とおひまがあれば、何卒おつきあいください。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。著書に『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)など。Twitter @paricco

シュク……メル……リ?

さて本題。昨年TVドラマ化されて大ヒットした漫画『凪のお暇』の作者、コナリミサト先生とは、割と古い飲み友達です。お互いに飲んだり食べたりが好きなこともあり、たまに「これは!」という情報があると、「あそこのお店良かったですよ」とか「コンビニの新商品のあれがやばいっす!」みたいな連絡を取りあったりしています。そんなコナリさんから、昨年末にこんなメールをもらいました。

「パリッコさん、松屋のシュクメルリもう食べました? 頭がパーンッ! ってなる美味しさでしたよ。まだならぜひ!」

シュク……メル……リ? 40年以上生きてきてまったく聞いたことのない単語です。しかもあの、松屋って、牛めしとかカレーとかのあの松屋ですよね? 一体どういうことなんだろう。コナリさん、あまりにも忙しすぎてとうとう頭がパーンッ! ってなってしまったんだろうか……。と、心配したのですがさにあらず。念のため調べてみると、ジョージアという国に「シュクメルリ」という名の料理があり、期間&店舗限定で松屋で提供されていたそうなんです。攻めてるな~、松屋。なんでも「世界一にんにくをおいしく食べるための料理」なんだとか。それは気になる。食べたい。しかしながら、その日はなんと、期間限定提供の最終日。しかも間の悪いことに、夜まで仕事の予定がギチギチに詰まっている。いかんともしがたいままに時は過ぎてしまい、自分は一生シュクメルリなるものを食す機会はないのか。そうふさぎこんだ日々を過ごしておりました。

九死に一シュクを得る

福音が訪れたのはそれからすぐのこと。なんと、絶大な反響に応える形で、再び期間限定ではあるけれども、松屋の「シュクメルリ鍋定食」が復活するというニュースを目にしたのです。さすがコナリさん。シュクメルリとはそれほどまでに美味なる料理だったのかと、さらに期待を高めたわけですが、こんどはその知らせに安心しきってしまい、まぁいつでも食えるだろう。と、高を括って過ごしていたところ、2020年2月29日土曜日、気づけば松屋の復活シュクメルリ、販売最終日になっていたのです。
そこからの僕の行動は早かった。休日のため家族で家で過ごしていた午後五時すぎ。「悪い、ちょっとシュクメルリ買ってくるわ!」と家を飛び出し、自転車で、とりあえず最寄りの松屋に行ってみる。店の外に「シュクメルリやってます」的なポスターはない。が、ダメもとで、店内へ入ってみると、なんと券売機に確かに「シュクメルリ鍋定食」の文字があります。うおー、ジョージアの神は僕を見捨てなかった! 定食が790円。単品が590円。妻も「どっちかというと食べてみたい」とのことだったので、単品×2の持ち帰り食券を購入し、レジカウンターへ。あぁ買えた。これで間違いなくシュクメルリにありつける。そんな安堵感の中、バックヤードかから聞こえてきた店員さんの会話は、それはそれは身の毛もよだつものでした。

「これでシュクメルリ終売にしちゃっていいすか~?」
「お願いしま~す」

九死に一生とは、まさにこのこと!

ついにシュクメルリで飲む

食券を提出した直後より、厨房からすさまじいニンニク臭が漂いはじめました。これまで松屋で嗅いだことがないレベルの、ちょっとした異臭騒ぎ。これ、おれのシュクメルリ……だよな……? と、店内で食事中のみなさんに対してなかなかの気まずさを感じるほど。やがてシュクメルリ完成。受け取ると、やはりものすごく強烈な香り。これから電車に乗って帰るとかじゃなくて本当に良かった。

そんな過激なブツを自宅まで運ぶミッションも無事完了し、いよいよ「シュクメルリ晩酌」のスタートです。
蓋を開け、せっかくなのでお皿に移してみる。よく考えると、そもそもがどういうものかわかっていなかったんですが、見た目は完全にシチューですね。そしてやはり、凄まじくパンチのあるニンニク臭。とはいえここは自宅。もはや誰に対する気まずさもなく、ただただ食欲をかきたてられるばかりです。たっぷりの鶏もも肉、それから意外なことに、ジャガイモではなくサツマイモが、これまたゴロゴロ。
うやうやしく、ひと口。……うおー、これはなんだ、ちょっとすごいぞ。しっかりとしょぱい濃厚ホワイトソースに、惜しみなく入れたであろうことが容易に想像できるチーズ感。そこに、これ以上入れるのは物理的に無理だったんじゃないかっていうくらいの、飽和したニンニク風味。例えるなら、シチュー界のラーメン二郎。つまり「シチュー二郎」。大ぶりの鶏肉にかぶりつき、その甘さこそがシュクメルリの味わいを引きたてるサツマイモを噛みしめる。松屋にはお酒は基本、ビールかハイボールしかありませんが、ここは自宅。大好きなタカラ「焼酎ハイボール」のシークワーサー味を合わせてしまう。グビグビグビ……っくぅ~! 意味もなく「シュクメルリ~!」と大声で叫びたくなってしまうような相性の良さです。
うまいうまいうまい。もはやそれしか考えられず、理性を保つのがやっとの勢いで食べ飲み進めていたんですが、終盤にふと気づきました。これ、定食で出してるっていうことは、ご飯にも合うんだろうな。と。そこで、残り少なくなったシュクメルリの皿に、白米少々を投入。ざくざくっと混ぜて食べてみたわけですが、その瞬間、確かに僕もなりましたよね。あまりの美味しさに、頭がパーンッ! と。


この記事が参加している募集

私のイチオシ

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

光文社新書ではTwitterで毎日情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください!