見出し画像

2022年5月は沖縄が日本に復帰して50年|解禁された「機密文書」は語る

2022年は、1972年5月15日に沖縄が日本に返還されてから、ちょうど50年になります。共同通信の記者時代から沖縄の取材を続けてきた河原仁志さんは、2019年に退社した後、ここ数年に相次いで解禁された日米の機密文書を渉猟し、これまでの返還交渉についての世間の常識や通説と大きく食い違う証言や事実に数多く遭遇してきました。そして、この返還交渉こそが、いま私たちが暮らすこの国の在り様や政治の姿、あるいは日米関係の原点であることに気づきます。当時の返還交渉は、日本にとって帳尻の合うものだったのでしょうか。河原さんの新刊『沖縄50年の憂鬱』発売を機に、「はじめに」を公開いたします。

沖縄の人たちの本土に対する違和の原点

1972年5月15日に沖縄が日本に返還されてから、今年(2022年)でちょうど50年になります。

読者の皆さんは、「沖縄返還」という言葉に何を感じるでしょうか。

ちょっと生真面目な中高年世代は「戦争で奪われた領土を平和裏に取り戻した日本外交の金字塔」、あるいは「『密約』にまみれた現代史の汚点」。若い世代にとっては、夏休みに行くリゾート地が米軍に占領されていたことは、現実感の薄い「歴史」にすぎないのかもしれません。いずれにせよ、半世紀前の出来事はほぼ検証され、学ぶべきものは学び取ったというのが大方の見方ではないでしょうか。

私は返還から10年経った82年に通信社の記者となり、普天間飛行場の県外移設が果たせなかったはとやま・元首相やしんぞう政権と闘ったながたけ・沖縄県知事へのロングインタビューなど、折に触れて「沖縄」を取材してきました。

その過程で、沖縄の人たちの本土に対する違和の原点が半世紀前の返還にあることをぼんやりと感じてきました。その正体が知りたくて、通信社を退いてから沖縄に関する日米の公文書、証言録、日記などを片っ端から読みあさりました。それは傷んだモノクロ写真の色調を一つひとつ比べてカラー化し、復元していくような作業でした。

さまざまな記録や証言を単独でみるのと、それぞれを重ね合わせ比較対照していくのとでは、事実に対する見方が大きく変わってきます。「50年」という時間軸を経て歴史をさかのぼると、正負の評価が逆転することもあります。そこで浮かび上がってきたのは、私たちが〝常識〟として知る「正史」とは異なる景色でした。

例えば、皆さんは「沖縄返還」のきっかけをつくった人を知っているでしょうか。とうえいさく首相が、なぜ「早期返還」「核抜き本土並み」をスローガンにしたかご存知でしょうか。米政権が返還交渉に応じた、本当の理由を知っていますか。私はこの研究を始めるまで、多くの誤解をしていました。

沖縄50年の憂鬱-帯_表1

沖縄に関する「常識」を再構成する

本書は、沖縄返還にまつわる「通説」を検証し、半世紀後の「答え合わせ」をすることが第一の目的です。皆さんの中にある「常識」と照らし合わせながら読んでいただくと、「日本外交の金字塔」の違った姿が見えてくると思います。

もう一つ、文献のしようりょうを重ねるうちに深く思い至ったことは、この返還交渉こそが、いま私たちが暮らすこの国の在りようや政治の姿、あるいは日米関係の原点であるということです。

米国との交渉では、米政権が「早期返還」を果たしたい佐藤首相の思いを逆手に取って、さまざまな要求をふっかけてくる場面が随所にあります。佐藤首相は今の政治家に比べれば理念を持った宰相だったと思いますが、それでもズルズルと譲歩していきます。そして合意後、返還に至るまでの過程では無残なほどに後退をいられ、今日の「対米従属」「日米同盟」の原型ができあがるのです。そこには対米関係を命綱として仕事をしてきた〝安保族〟と呼ばれる外務官僚の存在も見え隠れしています。

沖縄返還の裏側では、本土基地機能の沖縄移管が静かに進んでいました。本土の反基地闘争に業を煮やした米側の戦略ですが、日本政府はこれに見て見ぬふりをします。現在に至る沖縄の基地固定化は、実は本土復帰と並行して基盤形成されていたのです。

沖縄に基地が集約されたことで、本土からは米軍の存在が不可視化され、安保の負担を感じなくなった本土世論は、次第に「日米同盟」を支持するようになります。つまり沖縄返還は、安保法制や特定秘密保護法で完成形に至る今日の「日米同盟」の起点であり、けっして歴史の中に埋没した出来事ではないのです。

今年初めに起きた沖縄県での新型コロナウイルスの感染急拡大は、そのゆがみをあらわにしました。外国人の入国禁止措置の中、〝治外法権〟の基地に入ってくる米兵が持ち込んだオミクロン株は、あっという間に全国に広がりました。基地の負担を辺境に置くことで成立していた「日米同盟」は、皮肉にもコロナウイルスによって、その実像を私たちに見せつける形となりました。

本書は1960年代半ばから70年代前半にかけての沖縄返還交渉を時系列的に追いながら、これまでの「通説」を公文書や関係者証言などの事実と照らし合わせながら解明していく構成です。沖縄に関する読者の皆さんの常識が再構成され、現在のこの国の姿を見直すきっかけにしていただければ幸いです。

沖縄50年の憂鬱-帯_表4

『沖縄50年の憂鬱』目次

【第1章】復帰の背景
【第2章】交渉の経緯
【第3章】合意の舞台裏
【第4章】密約の実態
【第5章】半世紀の検証

著者プロフィール

河原仁志(かわはらひとし)
東京都出身。ジャーナリスト。1982年に共同通信社入社。ニューヨーク支局員、経済部長、ニュースセンター長、編集局長などを経て2019年退社。在職中の17~19年に東京大学大学院情報学環でジャーナリズムの講座を持ち、明治大学、早稲田大学、名古屋大学などでも非常勤講師を務める。現在は公益財団法人・新聞通信調査会で事務局長。著書に『沖縄をめぐる言葉たち』(毎日新聞出版)、共著に『「西武王国」崩壊』(東洋経済新報社)がある。


光文社新書ではTwitterで毎日情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください!