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【第13回】なぜCMが炎上するのか?

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★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、哲学者・高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

ジェンダーとCM

1975年8月、ハウス食品工業がインスタント・ラーメン「シャンメン」のコマーシャルをテレビで放送した。若い女性と少女が「作ってあげようシャンメン、フォー・ユー」と歌いながら踊り、自分たちを指差して「私作る人」と言い、男性が「僕食べる人」と言って、3人で並んでラーメンを食べる。

製作サイドからすれば、小学校4年生の少女が家でラーメンを家族に作ってあげるという調査回答からヒントを得たCMだということで、「かわいらしい」とか「ユーモラス」という好評価もあった。ところが、「国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会」が、この台詞は「男女の役割分担を固定化するもの」と強く抗議し、ハウスはテレビ放送を中止した。そこで『私作る人、僕食べる人』は、日本で最初に「ジェンダー」概念によって批判され、たった1カ月の放送で中止された元祖「炎上CM」となったわけである。

本書の著者・瀬地山角氏は、1963年生まれ。東京大学教養学部卒業後、同大学大学院総合文化研究科博士課程修了。北海道大学助手、ハーバード大学客員研究員などを経て、現在は、東京大学大学院比較文化研究科教授。専門は、社会学・ジェンダー論。著書に『東アジアの家父長制』(勁草書房)や『お笑いジェンダー論』(勁草書房)などがある。

小学校6年生の瀬地山氏は、『私作る人、僕食べる人』が放送中止になった理由を母親に聞かれて、「料理をするのは女性と決めつけてるから」と答えたそうだ。このCMが「出発点」となって、その利発な少年が立派な社会学者に成長したのだから、このCMは想定外の成果を挙げたのかもしれない(笑)。

さて、日本国憲法第14条は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人権、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と述べている。ここで「差別」とは、一般に個人が変えることのできない「属性」によって不利益な扱いを受ける事態を指す。したがって、「女だから」とか「男だから」といった「社会的性役割」(ジェンダー)をCMで振り分けること自体、すでに「差別」的発想なのである。

2017年に「炎上」した牛乳石鹸のCMでは、息子の誕生日を迎えた会社員が、仕事の合間に妻から頼まれたケーキとプレゼントを購入するが、仕事で失敗した後輩を慰めるために居酒屋へ行く。帰宅が遅くなり、怒る妻を残して風呂場へ。牛乳石鹸で顔を洗い、風呂場から出て妻に「ごめんね」と謝罪し、息子と3人で食卓へ。画面に「さ、洗い流そ。」のキャッチ・コピーが流れる。

女性視聴者から「子どもの誕生日に飲んで帰って来て何を洗い流すの!?」とか「ただただ不快な気持ちになる」と批判が殺到した。牛乳石鹸は公式サイトに「がんばるお父さんたちを応援するムービーです」と説明して、火に油を注いだ。家庭よりも仕事を優先する「男性役割」に固執した結果である。

本書で最も驚かされたのは、多くのジェンダー論者が非難する「ミスコンテスト」を瀬地山氏が容認していることである。本書には、「外見が優れている」という評価は「歌がうまい」という評価と同程度に「肯定」してよいとある。その一方で、ミスコンの女性像が社会的圧力あるいは「差別」になってはならないとも指摘している。ここで重要な問題は、女性がミスコンに出場する「自由」と女性たちの「平等」のバランスをどう保つかではないか?


本書のハイライト

「男女の平等」は、「性別からの自由」を一緒に含めて考えなくては意味がないというのが、私の一貫した立場です。性別に関しては「平等」という概念だけでなく、「自由」という概念が不可欠なのです。この場合の自由というのは、性別にかかわりなくある人が自分の能力を発揮できる、性別にかかわりなく、個人として扱われる、ということを意味します。(p. 49)

第12回はこちら↓

著者プロフィール

高橋昌一郎_近影

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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