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「おとなの発達障害」の生きづらさをどう乗り越えていくか。診断・治療・支援の最前線。

こんにちは。光文社新書編集部の三宅です。今、「発達障害」という単語を聞かない日はありません。つい先日も、下記の記事が話題になりました。当事者、ご家族、周囲の方々の悩みや疑問が尽きないからこそ、様々なかたちで情報が提供され、読まれるのでしょう。
8月19日に、光文社新書から『おとなの発達障害 診断・治療・支援の最前線』が刊行されました。後ほど紹介する岩波明先生の記事にも書かれていますが、2019年7月に開催された「第1回 日本成人期発達障害臨床医学会」における講演とシンポジウムの内容をもとに構成したものです。注目していただきたいのは、「第1回」とあること。つまり「成人期発達障害」=「おとなの発達障害」は、それだけ新しい分野ということです。詳しい方には今さらですが、成人期発達障害の診断基準が明確に定められたのは2013年のことでした。
さて、本書では、5名の臨床医、1名の臨床心理士、2名の支援者が、「おとなの発達障害」の診断・治療・支援の最前線の知見について、具体的かつわかりやすく解説しています。ホットなトピックとしては、ADHD(注意欠如・多動性障害)とASD(自閉スペクトラム障害)の併存、発達障害と愛着障害との関連、精神障害などの二次障害、グレーゾーン、おとなの発達障害ならではの就職・仕事問題などを取り上げています。本記事では、まず岩波明先生による「はじめに」と目次、執筆者紹介を掲載します。以降、何回かに分けて、本文の内容を掲載していきます。本記事、本書が、皆さんのお役に立つことを願っております。

はじめに  岩波明

 近年、「おとなの発達障害」は、医療の中でも、一般の方においても、広く関心を持たれるようになりました。本書は、この「おとなの発達障害」に関する最前線のテーマを、お知らせする内容となっています。

 発達障害に関しては、多くの記事を雑誌やインターネットで見かけるようになりました。テレビのバラエティ番組でも、よく取り上げられています。ただその内容を見ると、基本的な点を誤解しているところが少なからずあります。

 たとえば、あたかも「発達障害」という病気が存在していると考えられている点は、大きな問題です。発達障害という名称は総称で、さまざまな疾患を含んでいるものであり、単一の発達障害という疾患があるわけではありません。

 けれども、テレビ番組などでは、「発達障害」という疾患が存在するかのようにひとまとめにして扱われることが少なくありません。これは、重大な誤解を与えてしまいます。

 発達障害には、二つの主要な疾患が存在しています。

 その一つとして、「ASD(自閉症スペクトラム障害、自閉スペクトラム症)」が挙げられます。このASDという名称は比較的最近使われるようになったもので、以前に使用されていた、「広汎性発達障害(PDD)」とほぼ一致しています。

 ASDには、自閉症、アスペルガー症候群(アスペルガー障害)などが含まれています。ASDに共通した特徴としては、対人関係やコミュニケーションに障害が見られることと、言動に特有のこだわり(常同性)が認められることが挙げられます。

 もう一つの主要な疾患は、「ADHD(注意欠如・多動性障害、注意欠如・多動症)」です。ADHDは、不注意、集中力の障害と多動・衝動性を主な症状とするものですが、有病率がかなり高いことが知られています。
 成人におけるASDの有病率は1%程度とされていますが、ADHDは3~5%、ときにはそれ以上見られるという研究も存在しています。

 本書は、この二つの疾患についての内容が中心となっています。

 これまで長期にわたって、発達障害の診療や研究は、小児や思春期の患者を対象としてきました。ところが、欧米では1990年代から、わが国では今世紀になってから、ASDやADHDの特徴は成人期以降も持続的に認められることが明らかとなり、成人期の発達障害に対する治療や援助の必要性が認識されるようになりました。

 これまで児童精神科は、小児期においては、自閉症とその関連疾患を主な治療の対象としてきました。というのは、小児における発達障害の中で、知的障害を伴うことが多い自閉症が、もっとも治療や対応が難しいものであったからです。

 また教育の現場でも、もっとも注目されてきたのは、やはり自閉症でした。自閉症に対しては、ノースカロライナ州立大学を中心に開発されたTEACCH(Treatment and Education of Autistic and related Communication handicapped Children)などさまざまな教育プログラムが開発、実施されてきました。

 私が研修を行った東大病院の精神科には、小児部という独立した部門がありました。そこでは小児の発達障害の治療と養育を行っていましたが、自閉症の専門医であった太田昌孝先生が主宰していたこともあり、治療の対象としていたのは小児の自閉症でした。他の児童精神科の診療機関でも状況はほぼ同じで、発達障害の診療といえば自閉症が中心だったのです。

 このような「伝統」が存在していたこともあり、成人期においても注目された発達障害は、自閉症圏の中でもっとも軽症のタイプであるアスペルガー症候群でした。

 わが国で発達障害が注目を集めたのは、このアスペルガー症候群という病名が知られるようになったことがきっかけで、病院やクリニックにおける診療でも、アスペルガー症候群に対する治療が中心でした。

 自閉症では、周囲への無関心、対人関係における孤立とともに、特有の常同的な行動パターンが主な症状として見られます。自閉症は知的障害を伴っていることが多いのですが、アスペルガー症候群では知的機能は正常で、かなりの高学歴の人も存在します。

 ただアスペルガー症候群でも、対人関係やコミュニケーションの障害は自閉症と類似したものがあり、学校時代に仲間入りができなかったり、生涯にわたり孤独な生活を続けたりする人も珍しくありません。
 またアスペルガー症候群の当事者は、他人の感情に無関心で、非言語的なコミュニケーションが苦手なため、「空気が読めない」「場の雰囲気が理解できない」ことが起こりやすく、職場などで不適応となることがしばしば見られます。

 昭和大学では、十数年前から烏山病院において発達障害の専門外来やデイケアを開設し、成人期の発達障害の診療を行ってきました。烏山病院でも当初は、アスペルガー症候群などのASDが診療の中心で、ADHDには注目していませんでした。

 デイケアは、日中に来ていただいて作業をしたり、レクリエーションをしたりというような活動が中心になりますが、さらに少人数のグループでは、ASDの方が不得意とする日常生活、社会生活の訓練を行う専門プログラムも設けています。その具体的な内容は、本書の第6章で述べられています。

 このように、私たちの施設でもASDを中心に診療してきたのですが、受診者の中にADHDの人が非常に多いこと、他の施設でアスペルガー症候群などと診断されているケースでも、実はADHDであることがしばしば見られることが、わかってきました。

 このため烏山病院では、ADHDの専門外来と専門プログラム(ショートケア)を開設して現在に至りますが、ASDとADHDの関係は、現在の精神医学における重要な課題の一つでもあります。

 かつて両者はまったく異なるものと考えられていましたが、最近では生物学的な類似性も指摘されています。また、臨床的な症状も類似性が大きく、両者の診断は専門医にとっても難しいことがあります。また日本では、前述したように、診断においても治療面においてもASD(アスペルガー症候群等)へのバイアスが見られるため、さらに事情は複雑となっています。この点については本文の中で述べていますのでご参照ください。

 本書は、2019年7月に開催された「第1回 日本成人期発達障害臨床医学会」における講演とシンポジウムの内容をもとに新たに執筆したもので、成人期の発達障害に関する最新の知見が盛り込まれています。

 精神医学に関連する学会は数多くありますが、日本成人期発達障害臨床医学会は、このテーマに関して初めて設立された学会です。この学会は、成人期の発達障害の概念の正しい理解に基づく適切な診断・治療の普及や啓発に取り組むことを通じて、医学および医療、その関連領域の発展と充実に寄与することを目的として2019年1月に設立されました。

 本書の著者は、大学病院の医師、精神科クリニックの担当医、デイケアの心理士、就労移行支援施設の開設者、当事者団体の代表など多岐にわたり、現在の日本における成人期発達障害の現場の知恵が盛り込まれた内容となっています。発達障害に興味を持っている方、家族や同僚に発達障害の当事者がいる方などに、ぜひご一読いただければと思います。

目  次

はじめに  

第1章 成人期発達障害とは何か   

1 発達障害とは何か/「発達障害」という概念の形成/生物学的な分類と、理念的な分類「カテゴリー」/発達障害はカテゴリーを超えた包括的概念/発達障害と精神障害を網羅する「ESSENCE」/2 成人期発達障害の課題/成人期発達障害の診断における課題/成人期発達障害の治療における課題/3 発達障害における基盤障害の探索/実行機能障害仮説から神経ネットワーク機能障害仮説へ/デフォルト・モード・ネットワーク障害仮説/DMNと脳の成熟課程の遅れ/4 ADHDとASDの関係/併存すると重症度が高まる/ADHDとASDの関係はグラデーション/ADHDとASDを併存の有無から分類する/ADHDとASDの併存の仕方による経過の違い/5 成人期ADHDの特性と連続性/子ども時代にADHDではなかった成人期ADHD/成人期ADHDの特徴とこれからの課題/6 発達障害と精神障害における今後の展望/発達障害と精神障害の関係/発達障害とゲノムワイド研究/変動する状態としての発達障害

第2章 成人期発達障害診断の現在地と課題   

1 成人の発達障害の患者さんが診断に至るまで/患者さんが受診する四つのきっかけ/成人の発達障害の患者さんは、受診先に困っている/2 成人期発達障害の診断に関する現状と課題/過剰診断と過小診断の問題/二次的問題の不可避性/愛着課題と複雑性PTSDについて/精神障害との鑑別診断と重複診断について/ASDとADHDの本質とは/発達障害の診立てにおけるポイント

第3章 成人期発達障害診断の実際
――運動ならびに視覚認知機能発達の偏りにも着目して

1 操作的診断基準に沿った成人期発達障害診断について/成人期における発達障害診断の難しさ/当院における発達生育歴聴取の実際/2 成人期発達障害診断における客観的検査について/そもそも発達障害とは何か/当院で行っている客観的検査について〈電気生理学的検査/神経心理学的検査/画像検査〉/運動機能発達と視覚認知機能発達の偏りに注目して/3 発達障害診断の今後について/データに見る患者さんの実態/発達障害診断はどこへ行くのか

第4章 子どもから大人への発達障害診断

1 発達障害の診断基準において、私が考える課題とは/「発達障害とは何か」「併存症がどのように生じるか」を診てきて/「社会生活上の支障」は、生物学的基盤に基づいた診断基準ではない/「他者から見た行動」では、見逃されるケースがある/特性が併存している人たちの実態がつかみにくい/「時間とともに変化する」という視点が盛り込まれていない/2歳から20代半ばまで変化を追ったNさんの事例/2 生育環境とパーソナリティ形成の関係について/パーソナリティ形成には、大人になるまでの育ち方が影響する/どの時点で切り取るかによって、特性の見え方が変わる/発達障害の特性が目立つかどうかは、環境との関係による

第5章 薬物療法の現状と課題

1 発達障害診療における当科の取り組み/一般精神科医を「対応医」として育成/対象年齢の拡大によって初診待機期間を減らす/2 症例に見る薬物療法の実際/発達障害の治療薬として使用可能な薬剤/併存する情緒的障害に対する薬物療法/症例1:ADHD+ASDの20代女性(Aさん)のケース/症例2:ADHD+ASDの20代男性(Bさん)のケース/症例3:ADHDの20代男性(Cさん)のケース/3 薬物療法の現状と問題点 177/診断の確からしさと中枢刺激薬の選択/薬物療法は全体のごく一部である

第6章 成人期発達障害の心理社会的治療
――デイケアでの取り組みについて

1 成人期発達障害の治療とリハビリテーション/当院における心理社会的治療/発達障害専門プログラムの目的/2 ASDプログラムについて/ASDプログラムの概要/ASDプログラムの対象者/3 ASDショートケアについて/ASDショートケア参加者の特徴/ASDショートケア参加者の「困っていること」/4 ASDデイケアについて/ASDデイケア参加者の特徴と目的/ASDデイケアの内容と効果/5 ADHDショートケアについて/ADHDショートケアの内容/ADHDショートケア参加者の特徴/ADHDショートケア参加者の「困っていること」/6 心理社会的治療における課題/発達障害専門デイケアの立ち上げ/プログラムの導入と内容/家族への支援/7 OB会やサークル活動の役割/人に慣れるきっかけとしての機能も

第7章 民間における就労支援の現状と今後の予想

1 当社のサービスの特徴/当社が提供する三つのサービス/診断名を重視しない/スタッフ教育で重視すること/環境を整えるための基本/2 当社のプログラムについて/基本は「自己理解・職業訓練・就職活動」の三つ/穴埋めや動画を利用しての就労支援/3 今後の障害者雇用の動向について/障害者雇用の大きな流れ/サテライトオフィスを始めた理由/就労支援対象者の多様化/多様な就労支援対象者にどう対応するか/10代以降の子を持つ親向けの勉強会を開催

第8章 えじそんくらぶの活動
――20年の支援で見えてきたもの

1 NPO法人えじそんくらぶの成り立ちと概要/えじそんくらぶの設立/えじそんくらぶの活動内容/2 これまでの支援で見えてきたキーワード /見立てと適切な支援/母親による支援と自立/早すぎる自立の目標/教育虐待と過剰適応/3 発達障害のある人への支援の課題/安全基地としてのゲーム/親の支援/神経心理ピラミッドを用いた支援/学校での配慮/女性と発達障害

監修者・著者紹介

岩波明(いわなみあきら)
一九五九年、神奈川県生まれ。東京大学医学部卒業後、都立松沢病院、東京大学医学部精神医学教室助教授、埼玉医科大学准教授などを経て、二〇一二年より昭和大学医学部精神医学講座主任教授。一五年より昭和大学附属烏山病院長を兼任、ADHD専門外来を担当。医学博士。『発達障害』(文春新書)、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?』(光文社新書)、『女子の発達障害』(青春新書インテリジェンス)など著書多数。

小野和哉(おのかずや)
児童精神科医。一九九〇年、香川大学医学部医学科卒業。東京慈恵会医科大学精神医学講座准教授を経て、二〇一七年より聖マリアンナ医科大学神経精神科学教室特任教授、東京慈恵会医科大学精神医学講座客員教授。医学博士。専門は児童思春期精神医学、精神療法学、精神病理学。日本ADHD学会事務局長。

柏淳(かしわあつし)
一九六三年、群馬県出身。東京大学医学部卒業。医学博士。精神科医。米国ソーク研究所、東京医科歯科大学精神科講師等を経て、二〇〇九年より医療法人社団ハートクリニック ハートクリニック横浜院長。日々成人期発達障害者の診療に携わる一方、横浜市発達障害検討委員等を務めるなど地域との連携にも力を入れている。本書の元となった第1回成人期発達障害臨床医学会・学術集会では大会長を務めた。

林寧哲(はやしやすあき)
一九六六年、千葉県出身。精神科医。日本精神神経学会認定精神科専門医。ランディック日本橋クリニック院長。一九九三年、北里大学医学部卒。北里大学耳鼻咽喉科頭頚部外科、国立相模原病院耳鼻科、国立療養所晴嵐荘病院循環器科などを経て、二〇〇三年、福島県立医科大学医学部神経精神医学講座に入局、同大学院研究生。〇四年、東京・日本橋にランディック日本橋クリニックを開業。

本田秀夫(ほんだひでお)
精神科医師。医学博士。一九八八年、東京大学医学部医学科を卒業。東京大学附属病院、国立精神・神経センター武蔵病院を経て、横浜市総合リハビリテーションセンターで二〇年にわたり発達障害の臨床と研究に従事。二〇一一年、山梨県立こころの発達総合支援センターの初代所長に就任。一四年、信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部部長。一八年より信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授。著書に『自閉症スペクトラム』『発達障害』(ともにSB新書)など。

松岡孝裕(まつおかたかひろ)
一九八八年、埼玉医科大学精神医学教室入局。九九~二〇〇一年、アメリカ国立衛生研究所(NIH)に留学。〇五年、埼玉医科大学病院神経精神科・心療内科医長(講師)。〇八年より埼玉医科大学国際医療センター精神科救命救急科部長(講師)を兼務。

横井英樹(よこいひでき)
臨床心理士、公認心理師。一般企業で設計開発業務に五年間従事後に、大学院にて臨床心理学を専攻。二〇〇二年より昭和大学附属烏山病院に勤務。〇六年からはリハビリテーションセンターにてデイケアを担当。ASD専門プログラム、ADHD専門プログラムの立ち上げに携わる。集団療法だけでなく、個別の生活支援、就労支援なども行っている。

鈴木慶太(すずきけいた)
長男の診断を機に発達障害に特化した就労支援企業Kaienを二〇〇九年に起業。放課後等デイサービス「TEENS」、就労移行支援「Kaien」の立ち上げを通じて、これまで一〇〇〇人以上の就職支援に携わる。文科省の第一・二回「障害のある学生の修学支援に関する検討会」委員。著書に『発達障害の子のためのハローワーク』(合同出版)、『知ってラクになる! 発達障害の悩みにこたえる本』(大和書房)。東京大学経済学部卒・ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修了(MBA)。星槎大学共生科学部特任教授。

高山恵子(たかやまけいこ)
NPO法人えじそんくらぶ代表。臨床心理士。薬剤師。昭和大学薬学部兼任講師。昭和大学薬学部卒業。アメリカトリニティー大学大学院修士課程修了(幼児・児童教育、特殊教育専攻)、同大学院ガイダンスカウンセリング修士課程修了。児童養護施設、保健所での臨床を経て、ADHD等高機能発達障害のある人と家族を支援。また、大学関係者、支援者、企業などへ研修を提供。中央教育審議会専門委員や内閣府中央障害者施策推進協議会委員等を歴任。ハーティック研究所を設立。著書多数。

(本文の内容に続く)


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