「国際女性デー」の今日、日本に暮らす私たちが知っておきたい大切なこと。|野村浩子
3月8日は「国際女性デー」。2021年のテーマは「リーダーシップを発揮する女性たち~コロナ禍の世界で平等な未来を実現する」。このテーマを考えるに、またとない話題を提供したのが、森喜朗氏の東京五輪パラリンピック競技大会組織委員会会長の辞任劇だった。これからを担う次世代のリーダーは、森氏の辞任・会長交代からどんな「気づき」を得たのだろうか。業界横断の女性社員研修に参加した女性たちに聞いてみた。
「声を上げれば、日本も変わるんだ」
インフラ設備の法人営業を担当する理香さん(仮名=以下同、37歳)は、森喜朗氏が女性差別発言の責任をとり会長を辞任するというニュースを、感慨深く聞いていた。
第一報を聞いたときは「あー、また失言しちゃった。きっといつも通り、辞職しないで会長を続けるんだろうな」と少し醒めた目でニュースを目にしていた。でも今回は、どこか引っかかるものがあった。社内の女性活躍推進の活動にかかわるようになり、社外の研究会にも参加するなかで、ジェンダーに関するテーマに敏感になっていたからだ。
外国大使館から批判コメントが相次ぎツイートに書き込まれた。「Don’t be Silent」運動が始まると「このままでは終わらせたくない」という思いが、ふつふつと沸いてきた。海外の動きに背中を押されて、Change.orgの署名活動に参加した。20代の若者らが始めた運動である。
若者らは「森喜朗会長の処遇の検討および再発防止を求めます」とネット上でよびかけ、最終的には15万筆以上の署名を集めた。あえて「辞任」という言葉を使わず、再発防止策を求め、さらに女性理事の割合を4割以上にするよう要求した。こうした呼びかけに、理香さんは心を動かされたのだ。初めて、社会的な活動に一歩を踏み出すことになった理香さん。大きなうねりを起こすひとりとなり、社会がほんの少し動き始めたと感じている。
女性が見下される風潮に諦めていたけど、海外の反応をみてハッとした
理香さんのように、最初は「日本あるある」だとして、やりすごそうとしていた女性は少なくない。管理職候補として期待をされている若手社員でさえそうだった。菜摘さん(20代後半、情報通信会社)は、「日本では何かと女性が下に見られがちなのは当たり前で、その風潮にたいして諦めのような感覚を抱いていた」。
若手社員から次々に上がる「何か言っても変わらないと思っていた」「女性が下に見られるのは当たり前」という諦念。日本社会に根付く女性差別の意識がいかに根深いものであるかがわかる。内閣府の調査など、若い世代ほど性別役割分業意識が低いというデータがあるが、若者の意識が変わっても職場や社会の環境はなかなか変わらない。軋轢を避けて生き延びるためには「問題にフタ」をしてやり過ごすのが処世術というものだろう。
諦念に揺さぶりをかけたのは、海外からの批判という「外圧」だった。インフラ建設会社で経営企画を担う沙理奈さん(20代後半)は、「海外で起きた批判ほどの嫌悪感は、正直自分にはなかったです。日本の常識にいかにとらわれていたかが分かりました」と率直に語る。絵梨さん(20代後半、IT会社)も、「森さんの発言も密室人事も、海外からすればあり得ないことなんだ、私たちの感覚は麻痺していたと気づきました」として「海外が絡めば日本は変われる」と実感したという。
絵梨さんの言葉を裏返すなら「外圧がないと、日本は変わることができない」という現実だ。森氏は国会議員時代の2003年にも「子どもを一人も作らない女性を税金で面倒をみるのはおかしい」と発言して物議をかもした。その後も政治家の差別的な失言が相次いだが、いずれも国内問題にとどまり、批判の声は時間とともにかき消され責任を問われることはなかった。しかし、今回は世界のスポーツの祭典という国際舞台での失言である。欧米の海外メディアの報道も相次いだ。トヨタ自動車はじめスポンサー企業が「遺憾の意」を表明したのも、多様性尊重、人権重視の姿勢を国内のみならず海外の機関投資家に向けて打ち出す必要があったからだろう。
日本企業で働く中国人のファンさん(30代、機能性素材会社)は、森氏の発言は中国でも話題になったとして「日本社会が抱える“闇”を国際社会に晒すことになった」という。ううむ、闇か。たしかに目を凝らしてもよく見えない、深く社会に根差している意識である。ファンさんはこう続ける。「でも日本の女性にとっては、よかったと思う。森氏の発言を逆手にとって、女性たちがいろいろな場面で活躍できるような取り組みをする、社会全体でマインドを切り替えるきっかけにすればいい」
変化のスピードが遅すぎる日本
こうして変化の引き金となることを期待する人が多い一方、スピードの遅さにしびれを切らす人もいる。通信会社の由紀恵さん(46歳)は、意思決定の場に一歩を踏み出して志高く改善案を出したものの、多様な意見を受け付けない組織の壁にぶつかっている。「女性のスカートの裾を踏んづける組織風土があるのが現実。人生は有限だから、しがらみのない国外に出て挑戦したほうが面白そうだ」と思い始めている。米国のジョー・バイデン大統領とカマラ・ハリス副大統領が率いる、多様性に富んだ政権を眩しく見つめている。
日本は先進国のなかでも、変化のスピードが遅すぎる。その結果、世界経済フォーラムが発表するジェンダー・ギャップ指数で153カ国中121位(2019年時点)と順位が落ちるばかりで、欧米の背中が遠のいている。変化のスピードを上げないと、由紀恵さんのような人材が海外流出する、また海外の優秀な人材から選ばれない国になってしまう可能性がある。
「わきまえる女」「わきまえない女」
ところで、若手社員が気になったワードとは具体的には何だろう。
「私どもの組織委員会にも女性は7人くらいおられますが、みんなわきまえておられます」
森氏の発言を聞いて、「わきまえてって何?」と座り直したのは、紗季さん(38歳、IT会社)だ。「発言を控えろってこと?」と独り言ちた。
ネット上でも「わきまえる女」「わきまえない女」という言葉が飛びかい、「#わきまえない女」がバズワードとなった。「わきまえない女」こそ、組織に異なる視点をもちこみ、新たな商品やサービス、また組織変革を生むという意見がある一方で、組織の論理に沿って「わきまえる」発言をしない限り、結局は外されてしまうという声も上がった。女性の側も「話が長くならないよう、スキルを上げるべきだ」と説く人もいる。
紗季さんは、森氏の発言が会議で「容認」されてしまったこと、そして東京五輪パラリンピックを率いる組織のトップが「公の場」で差別につながる発信をしてしまったことにもショックを受けた。いうまでもなく、差別的な発言が会議の場で、さらには長らく社会全般で「容認」されてきた背景には、男性中心の組織の同質性がある。
紗季さんは意思決定の場での構成員を見直し、同調圧力を回避するようにすべきだという。「多様性を求める場合には、老若男女その他様々な立場の人でなるべく偏りなく構成されることがベースとして大切だと思います」
森氏の発言は、理事会の女性比率を4割に高めるようにという文部科学省からのクオータ制(割当制)要請への違和感の表明でもあった。後任の橋本聖子会長は、女性比率4割達成を約束し、元アスリート、経済人、研究者など様々な分野から専門家を招き入れた陣容を発表した。定員増による4割達成という離れ業からして数値目標達成を急いだことは明らかだが、今後どんな議論が展開されるのか、成果に注目したい。また理事会のみならず、委員会の組織内部、スポーツ界全体、そして日本全国の組織への波及が課題だろう。
ダイバーシティ(多様性)の尊重とは、そもそも「個」の尊重ではないか?
最後に、比較的若い世代に多い意見として「女性とひとくくりにせず、個人としてみてほしい」(弥生さん、28歳、通信設備会社)という声を紹介したい。「女性は話が長い」という見方は、女性に対するステレオタイプな見方であることは言うまでもない。一般的に女性、男性といった性別、また国籍や人種といった目に見える属性で、ステレオタイプのレッテルを貼りがちだ。話の長い女性もいれば、そうでない女性もいる。仕事を思いきり頑張りたい女性もいれば、私生活をより大事にしたい女性もいる。男性もまた同様だ。ダイバーシティ(多様性)の尊重とは、そもそも「個」の尊重ではないか、というのが、弥生さんの問いかけだ。
今回の一件がなければ「ジェンダーに関する意見は埋もれたままで、女性たちの声がなかなか社会に反映されなかったと思う」と弥生さん。最後に「やはり声を上げないといけないんですね!」と一言。冒頭の理香さんの気づきと同じである。声を上げる大切さに気付いた次世代の女性リーダーたち。ほのかに見えた一筋の明るい光を、国際女性デーのお祝いとしたい。
著者プロフィール
野村浩子(のむら ひろこ)
ジャーナリスト。1962年生まれ。84年お茶の水女子大学文教育学部卒業。日経ホーム出版社(現・日経BP)発行の「日経WOMAN」編集長、日本経済新聞社・編集委員などを務める。日経WOMAN時代には、その年に最も活躍した女性を表彰するウーマン・オブ・ザ・イヤーを立ち上げた。2014年4月~20年3月、淑徳大学教授。19年9月より東京都公立大学法人監事、20年4月より東京家政学院大学特別招聘教授。著書に、『女性リーダーが生まれるとき』(光文社新書)、『女性に伝えたい 未来が変わる働き方』(KADOKAWA)、『定年が見えてきた女性たちへ』(WAVE出版)などがある。