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【29位】ジョイ・ディヴィジョンの1曲―憂鬱の水底から、真っ黒な太陽を仰ぎ見る

「ラヴ・ウィル・ティア・アス・アパート」ジョイ・ディヴィジョン(1980年6月/Factory/英)

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※こちらはUK盤12インチ・シングルのジャケットです

Genre: Post-Punk, Synth-Pop
Love Will Tear Us Apart - Joy Division (June, 80) Factory, UK
(Ian Curtis • Peter Hook • Stephen Morris • Bernard Sumner) Produced by Martin Hannett and Joy Division
(RS 181 / NME 2) 320 + 499 = 819

なんと〈NME〉では2位(なのに〈ローリング・ストーン〉のせいで……)。さすがに僕も2位は高すぎると思うが、しかしこの曲に熱く血をたぎらせる心理は理解できる。

澱んだ大気に連続して穴を穿つベース、裂け目を作るギター・ストローク。間髪開けず、シンセのエモーショナルなフレーズが鳴る。そして地の底から、煉獄の崖っぷちから歌っているような「あの低い声」が、狂おしく、呪わしく響く――ポスト・パンクの時代、イングランド北部のマンチェスターから登場したバンド、ジョイ・ディヴジョンの最大ヒットとなったナンバーがこれだ。インディー・チャートでは1位、全英チャートでも13位まで上昇した。米ビルボードではディスコ・チャートにのみ、42位にランク・インした。

だが当曲がリリースされたとき、ヴォーカリストのイアン・カーティスはすでに世にいなかった。前月の5月18日に自殺していたからだ。バンドが初のアメリカ・ツアーに出る前日だった。享年23。当曲のMVが撮影された約3週間後の悲劇だった。

この曲はカーティスの悩みが反映されている、と言われている。ひとつは心身の不調。また結婚生活も破綻しかけていた。こうしたところから「愛がふたたび僕らを引き裂くだろう」とのフレーズにつながっていった、という。なんと暗い。なんと後ろ向きな――だが、憂鬱の水底に沈み込んだかのようなこの詞が、前述のアグレッシヴなサウンドと一体化したとき、すさまじく力強い効果が生まれた。「まったくなにひとつ」希望なんてない、という事実を直視すること。自分はただひとり膝を抱えているのだ、と認識すること……そうした一種の「居直りの場所」として、この曲は機能した。ゆえにロックの夢もパンクの理想もすべて潰えた、真っ暗な80年代黎明期の、時代の裏テーマ・ソングともなり得た。当曲の成功にも背を押され、同年7月にリリースされたセカンド・アルバム『クローサー』は、全英6位まで上昇した(『教養としてのロック名盤ベスト100』では46位)。

ところで、アメリカの夫婦ポップ・デュオ、キャプテン&テニールの大ヒット曲「ラヴ・ウィル・キープ・アス・トゥゲザー(邦題・愛ある限り)」(75年)が当曲のアイデア元になった、という説がある。タイトルを反語的にひっくり返したら、たしかにほぼ同じだ。もちろん歌詞の内容や曲想は、まったく違う。あっちは結婚式の定番ソングだから、対極と言うよりも、まるで異次元の絵本みたいだ。しかしその能天気さをこそ、カーティスが「反語的」足場としたのかもしれない。真っ黒な想像力を飛翔させていくときの。

(次回は28位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)

※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki


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