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謝罪の流儀|辛酸なめ子「新・大人のマナー術」#02

謝罪にまつわる切ない出来事

つきつめれば生まれてきてすみません、ということなのかもしれませんが、時々謝罪したい衝動にかられることがあります。

ささいなことでは、LINEでのやりとりでキツく受け取られる発言をしてしまった時。「配慮が足りなかったです。すみません、反省します」と謝りながら一種のカタルシスを感じていました。相手が受け入れ、許しを与えてくれたことで心が落ち着きました。

謝罪に何のリアクションもないと、悶々としてしまいます。

最近は、謝罪の手紙を書く機会もありました。ネットで謝罪文の書きかたを検索し、失礼にならないように気を使いました。原稿で、取材者のインタビューの言葉をそのまま書き記して掲載したところ、それがある団体のポリシーに反することだったらしく、先方がかなり怒っているという情報が伝えられ……。

しばらく落ち込んでいましたが、何もしないままでは良くないと思い、筆を取りました。メールだと何か不始末があっても気軽に「大変申し訳ありませんでした」と書き送ってしまいがちですが、手書きだと、メール文よりも一文字一文字に思いがこもり、謝罪の気持ちが先方に伝わるような感覚がしました。「このたびは、誠に申し訳ありませんでした」と涙をにじませ誠心誠意で書いて送ったのですが、数ヶ月経っても全く何の音沙汰もなく……。

こうなると受け止めてもらえなかった謝罪のエネルギーが体中をグルグル回って体調に悪影響を及ぼしそうです。企業のクレーム対策の実例で、相手を怒らせたとしても真摯に謝罪することで、お客と前よりも友好的な関係を築けると聞いたことがあります。

私の場合は何の返答もなく、謝罪をスルーされた、ということは、もう関わらないでくれ、と言われているようで切ない一件でした。

大昔、芸能人についてのコラムで芸能事務所に呼び出され、黒スーツの人々に囲まれて詰められて謝罪した怖い思い出がありましたが、また謝罪のトラウマがさらに加わった感があります。もちろん最初に自分の不手際や落ち度があったことが原因ですが、恐怖やルサンチマンによって謝罪が黒歴史になってしまいます。やはり、相手が受け止めてくれて、許してくれることで謝罪体験はポジティブに昇華できるように思います。そしてそれが心からの反省とさらなる成長につながるのでしょう。

「誤りきる」ことが大切?

最近は、何かやらかした企業や会社、有名人がテレビで謝罪するケースが多いです。自分には無関係なことと思いながらも、そんなとき、気になってしまうのが「不徳の致すところ」というワード。格調高い言葉でプライドを傷つけずにうまくごまかしている印象が否めません。

例えば、失言をした政治家、不倫が発覚した芸能人、献金問題を指摘された政治家、飲酒運転した市役所役員など、昨今の例を見てもプライドが高そうな人が多いです。不徳の内容を具体的に説明していなくて、ずるい印象を与えます。同様に、マスクをつけて表情を隠して謝罪するのも誠意があまりない印象です。逆に、先日の東京証券取引所のシステム障害のトラブルでは、社長を始めスタッフが謝罪していましたが、マスクをせずに顔を出して「共有ディスク1号機の故障が発生いたしました」と、明確に説明していて好感を持てました。謝りきった方が、謝罪する側ももやもやとした思念を解放できる気がします。

「土下座」は大きな意味を持つ?

そう思うと、一番謝る側も謝られる側もカタルシスが得られてすっきりするのは「土下座」ということになるのでしょうか。数年前、劇団を舞台に女優同士のいざこざで土下座させたとかいうニュースがありましたが、不本意な土下座は遺恨を残すことになってしまいます。土下座という本気のコミュニケーションによって、良い関係になるのが理想的です。恨みながらではなく、無心で謝った方が良さそうです。また、知人でMっぽい男性が「ふざけて土下座をしたことがある」と言っていましたが、Mっ気のある人にとってはプレイというか快感になってしまうこともあるようです。真摯でストイックな土下座が見たいところです。

ちょうどドラマ「半沢直樹」では土下座シーンが話題になっていました。まるで学級会のように「皆に謝ってください!」と謝罪を強いるシーンがたびたび出てきて、日頃鬱屈した思いを抱えている視聴者も謝罪や土下座を見てストレスが解消されるのかもしれません。

大和田取締役に、頭取と幹事長への非礼を詫びるように言われた半沢が、大和田から押さえつけられ無理矢理土下座をさせられそうになったけれど屈しなかった激しいシーンも話題になり、土下座は大きな意味を持っていて簡単にはできないことを思い知らされました。最終回では、巨額の不正融資をしていた箕部幹事長が、半沢や白井大臣に「この国で賢明に生きる全ての人に心の底からわびてください!」「幹事長、やりなさい!国民のために!」と詰められ、高速で土下座して立ち去るシーンが印象的でした。「この国で賢明に生きる」視聴者も溜飲が下がったことでしょう。

元銀行員が語った「土下座?させたことあるよ」

ところで実際、銀行で「土下座」という風習はあるのでしょうか。先日、友人関係の宴会で、元地方銀行の支店長だったという紳士と話す機会がありました。優しさと厳しさを併せ持った雰囲気のS氏は空手もたしなんでいるそうです。もしかしたら銀行で土下座を見たことがあるかも、と思い、聴いてみました。S氏は「半沢直樹」を観ていなかったそうで、なんで突然土下座の話題?という感じでしたが、「土下座?させたことあるよ」とさらっと答えられました。

やはり銀行で土下座はあるのかと戦慄。「やっちゃいけないことをやって嘘ついたからね。支店長の席の横に座れっ!て皆の前でガーッて言って土下座させた。靴をはいてたので靴を脱げ!ってね。土下座の時は靴は脱がないと」と、鋭い眼光で当時を思い出すS氏。

土下座は靴を脱ぐべき、というルールも教えていただきました。「元気がよすぎる奴だったね。土下座させた時の本気の気持ちが伝わったのか、そいつがブロック長に選ばれたとき、いの一番で俺のところに来て『ありがとうございます!支店長のおかげです!』ってお礼を言ってきたよ」

土下座した部下は、土下座の反動か今はかなり偉くなっているようです。S氏いわく「本気でこいつを正してあげたい、という思いが伝わったんだろうね」とのことで、土下座は愛のムチのような意味があるようです。

「お客さんに土下座されたこともあるよ。こっちがしろって言ってないのに勝手にされた。『助けてください!』って言われて。破産するところだったみたいで。でもあの土下座はポーズだったね」と、S氏はさらに語りました。土下座をすればなんとかなる、というわけではないようです。

特殊なケースかもしれませんが、実際に銀行で土下座の応酬があったとは。

貴重な土下座エピソードを聞いて、土下座はディープなコミュニケーションでボディランゲージなのかもしれないと思いました。本気の土下座を経ることで絆が深まります。私はできれば土下座するほどの不祥事は避けたいですが……。

今月の教訓
無心で謝罪することで、初心に返ってリセットできる。

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辛酸なめ子(しんさん なめこ)
1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。 漫画家、コラムニスト。女子学院中学校・高等学校を経て、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。恋愛からアイドル・スピリチュアルまで幅広く執筆。著書に『大人のコミュニケーション術』(光文社新書)、『女子校育ち』(ちくまプリマー新書)、『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)、『霊道紀行』(角川文庫)、『辛酸なめ子と寺井広樹の「あの世の歩き方」』(マキノ出版)などがある。

「新・大人のマナー術」第1回目はこちら

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