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『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』本文公開⑧

前回の大統領選の年の6月、全く無名の男性が書いたメモワール(回想録)が刊行され、大ベストセラーとなりました。J.D.ヴァンス著『ヒルビリー・エレジー』です。なぜこの本が注目を浴びたかといえば、トランプ大統領の主要な支持層と言われる白人貧困層=「ヒルビリー」の実態を、当事者が克明に記していたためでした。それから4年、大統領選を前に再び本書がクローズアップされています。11月24日には、ロン・ハワード監督による映画もネットフリックスで公開されます。本連載では、本書の印象的な場面を、大統領選当日まで短く紹介していきます。【追記】11月13日より劇場公開もあるようです。

※こちらから上映劇場の情報が見られます。

(以下、本文)

子どもは勉強しない。親も子どもに勉強をさせない。だから、子どもの成績は悪い。親が子どもを叱りつけることもあるが、平和で静かな環境を整えることで、成績が上がるよう協力することはまずありえない。成績がトップクラスの一番賢い子たちですら、仮に家庭内の戦場で生き残ることができたとしても、進学するのはせいぜいが自宅近くのカレッジだ。

「ノートルダム大学に行こうが、どこに行こうが、かまいやしない」というのが親の考えだ。「コミュニティカレッジで、立派な教育が安く受けられるんだから」。皮肉なのは、私たちのような貧困層にとっては、実際には奨学金が受けられるノートルダム大学に行ったほうが、安あがりで立派な教育が受けられるということだ。

本来ならば仕事をしていなければならない年齢なのに、働かない。仕事に就くこともあるが、長くは続かない。遅刻したり、商品を盗んでeBay(オンライン・マーケットプレイス)で売り飛ばしたり、息がアルコール臭いと客からクレームをつけられたり、勤務時間中に30分のトイレ休憩を5回もとったりして、クビになる。一生懸命働くことの大切さは口にするのに、実際には仕事に就かず、それをフェアでないと考える何かのせいにする。オバマが炭鉱を閉鎖したせいだとか、仕事をすべて中国に奪われたせいだとか。自分自身に嘘をついて、きちんと働いていない気まずさをごかまそうとしているのだ。そうやって、いま見ている現実世界と、自分たちが信じる価値とのあいだの断絶を埋めようとする。

子どもには責任を持てと言っているくせに、自分たちはやるべきことをやらない。たとえばこんな感じだ。私はずっと、ジャーマンシェパードの子犬を飼うのが夢だった。それを知った母が、どこからか1匹見つけてきた。うちで飼う4匹目の犬だった。にもかかわらず、私は犬のしつけのことを何も知らなかった。

結局どの犬も、数年で警察や家族の友だちに譲りわたされ、家には1匹も残らなかった。私は4匹目の犬にさよならをすると、心を閉ざすようになった。何に対してもあまり愛着を感じないほうがいい、と思うようになったのだ。(続く)

J.D.ヴァンス著 関根光宏・山田文訳『ヒルビリー・エレジー』(光文社)より


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