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【第66回】GHQは日本人を「洗脳」したのか?

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★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

「ウォー・ギルト・プログラム」とは何か?

1945年9月2日、ポツダム宣言を受諾した日本は、戦艦ミズーリ艦上で「降伏文書」に調印した。「連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)」は、日本政府に対して、翌日の9月3日午前10時に「三布告」を公表すると通告した。
 
この「三布告」とは、「第1号:立法・行政・司法の三権をGHQの管理下に置き、日本の公用語を英語とする」「第2号:GHQの布告に違反する者は軍事裁判にかける」「第3号:日本円を廃し軍票(B円)を日本の法定通貨とする」という内容で、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥の名において、「日本國民ニ告グ」と布告する形式になっていた。GHQは、この布告を発表と同時に日本国民に知らしめるため、ポスター約10万枚を用意していた。
 
沖縄で軍政を敷いていたGHQは、同じように日本全国を「直接統治」しようとしていたわけである。この布告の内容に驚愕した日本政府は、「連合国軍による直接統治は、日本政府への信頼を失わせ、国民に大混乱を生じさせる」と撤回を申し入れた。マッカーサーは、布告を公表するはずだった9月3日午前に外務大臣・重光葵と会談し、結果的に「三布告」すべてを撤回した!
 
その後約6年間、1951年9月8日にサンフランシスコ講和条約が締結されるまで、日本はGHQに「間接統治」された。その間、GHQの「民間情報教育局(CIE)」が実施したのが「ウォー・ギルト・プログラム(WGP)」である。これは文芸評論家・江藤淳によれば「日本人に戦争の罪悪感を植え付けるための政策」だった。この見解がエスカレートしたのがWGPは日本人に「自虐史観」を植え付け「二度と立ち上がれないように洗脳した」という主張である。
 
本書の著者・賀茂道子氏は、早稲田大学教育学部卒業後、名古屋大学大学院環境学研究科修了。名城大学・金城学院大学兼任講師などを経て、現在は名古屋大学特任准教授。専門は日本政治外交史・占領史研究。著書に『ウォー・ギルト・プログラム』(法政大学出版局)がある。
 
さて、賀茂氏は膨大な一次資料を分析し、WGPの「洗脳」説に「学術的な根拠がない」ことを立証する。戦争中「大本営発表」以外の情報を遮断されていた日本人は、戦争に罪悪感さえ抱いていなかった。マッカーサーは当時の日本人を12歳の子どもに喩えたが、「軍国主義者を支持し容認する社会を作ったことが国民の責任である」基礎から教育する必要があったわけである。
 
本書で最も驚かされたのは、占領統治下の日本人が必ずしもGHQに従順ではなく、「三布告」を撤回させたように、思いのほか「したたか」だったことだ。GHQは、アメリカ側から描いた「太平洋戦争史」を掲載するように命じたが、新聞各社は「独自の判断」で記事を編集した。『読売新聞』は、日本の中国侵略を強調した部分の3割を勝手に削除して掲載した。「言論の自由」を優先するGHQは、怒るわけにもいかず、新聞社の自主性を尊重せざるを得なかった。
 
WGPに関わったスタッフの多くは、日本を「理想の民主主義国家」とする意欲に燃えていたという。彼らは、なぜ日本軍が人命を虫けらのように扱ったのか、なぜそこに罪悪感がないのか、なぜ日本の女性は虐げられているのか、といった日本人の根幹に関わる問題を議論した。WGPをプロパガンダだと安易に断定するのではなく、現代日本の出発点の議論として再考してみたい!
 

本書のハイライト

「当時の日本の状況を考えれば太平洋戦争に突入したのは仕方がなかった」「未知のウイルスであるコロナウイルスに対して万全な対策を取れなかったのは仕方がなかった」。過去を振り返る時、こうした「仕方がなかった、やむを得なかった」との結論に至ることは多い。しかし、「仕方がなかった」とすることで、そこで思考がストップしてしまう。この言葉は自己肯定のための免罪符にすぎないのではないか(p. 246)。

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著者プロフィール

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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