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ある編集部員がダメ学生を卒業できたきっかけ|#私の光文社新書

それは2004年の春のこと、大学を4年で卒業できず就職活動もしていなかった私は、何するともなく昼過ぎにのそのそと起き出し、ぼんやりと「笑っていいとも」を観てから、いつものように井の頭公園のお気に入りのベンチで持参した文庫本を読んでいました――。

とまあエッセイ調に書き始めてみました(笑)。

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こんにちは、note担当の田頭です。先だっての投稿で募集した「#私の光文社新書」、僭越ながら「中の人」である編集部員から披露させていただきます。順次リレー形式で他の部員も続いていくはずですのでよろしくお願いします。

――たぶん漱石の『それから』だった記憶があります。あ、冒頭の書き出しからまだ続いています。屈託を抱えた、悩み多き学生が選びそうな小説ですね(笑)。あるいは代助みたいな高等遊民になることでも夢想していたのでしょうか(=危険思想)。 

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で、帰り道に吉祥寺の駅ビル「ロンロン」ーー現在では生鮮食品売場のみに名を残すーーの2階にある、これも今はなき弘栄堂に寄って明日読む本を探しに寄ったのです。たしか向かいの新星堂では河口恭吾の「桜」が流れていたような。

そんなときだったと思います。光文社新書の『座右のゲーテ』に出会ったのは。

これは、人類史上最高の知性の一人と言ってもいいゲーテの思想を、あの齋藤孝先生がやさしくかみ砕いて解説している本です。

たとえば以下のような一節。「独創性について」という章で、齋藤先生はゲーテの次の言葉を引用します。

独創性ということがよくいわれるが、それは何を意味しているのだろう! われわれが、生れ落ちるとまもなく、世界はわれわれに影響をあたえはじめ、死ぬまでそれがつづくのだ。いつだってそうだよ。一体われわれ自身のものと呼ぶことができるようなものが、エネルギーと力と意欲のほかにあるだろうか! 私が偉大な先輩や同時代人に恩恵を蒙っているものの名をひとつひとつあげれば、後に残るものはいくらもあるまい。(『座右のゲーテ』P.56)

これを受けて、「どんなものでも、先人たちの影響なしにつくったものなどない」「過去の遺産ともいえる文化を無視し、薄っぺらい独創性に重きをおいているのが近代の病」であると齋藤先生は鮮やかに喝破するのです。

当時24歳の、本好きの若者が抱きがち(だと信じたい笑)な未熟な自意識を持て余した私にとって、この一節は衝撃的でした。ゲーテのような大天才、しかも200年近く昔の人にしてこの達観ぶり。ああ、21世紀に生きる凡庸な一学生が独創性とか個性にいちいち囚われなくてもいいんだ! 正体不明のモヤモヤした悩みにひたっているくらいなら、まずは具体的な行動を起こすべきなんじゃないか――

「それから」の話――もちろん代助みたいに「あゝ動く。世の中が動く」なんて気味の悪い独り言をつぶやくこともなく、私はつまらない屈託を捨て、ちゃんと人並みに就職活動をしました。そして実社会を歩んでいくうえでの叡智にあふれたこの本を、以来文字通り座右において何度も読み返したものです。「最高を知る」とか「儀式の効用」のくだりなんて、本当に影響を受けましたね。この本を読んだおかげで、会社員として今こうしてこの文章を書いていられると言っても過言ではありません。光文社の面接でこのエピソードは話したかな…? それは忘れました(笑)。

もうひとつ今にして思えばなのですが、この『座右のゲーテ』には光文社新書らしさの粋が詰まっています。これはとても大事な特徴ですので、この機会にみなさんにご紹介したいと思います。

それは…

ハッと気になるタイトルをつける

ということ、もっと踏み込めば、

岩波新書や中公新書がつけないタイトルをつける

ということです。

私たちは岩波新書と中公新書に深い敬意を払っています。
いえ、私たちだけでなく、およそ本を愛し、本に関わってきた人間にとって、この両新書は敬愛すべき特別な存在なのです。

その歴史(岩波=1938年、中公=1962年創刊!)、内容の重厚さ、幅広いラインナップ、学界・論壇に細やかに目配りされた執筆陣、世論をリードできる言論としての信頼感…そのすべてに同業として憧れを持っています。素晴らしい、としか言いようがない。

しかしながら、こんなことも言えると思うのです。もしこの両新書がゲーテをテーマに本を作るなら、おそらくそれはそのまま『ゲーテ』というシンプルなタイトルになる可能性が高いんじゃないかと。他社の編集者が勝手を申し上げて本当に恐縮なのですが。

私たちは、それを素晴らしいことだと思っています。王道のタイトルで勝負できるのは、この2つの新書が長年築き上げてきた確かな実績のたまものに他ならないからです。と同時に、私たち光文社新書は、それと似たようなことをするようでは自分たちの存在意義がないと強く思っています。だからこその『座右のゲーテ』というタイトル。創刊以来、私たちは実にこうした思いを大事にしてきたのです。

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そう思って見ていただくと、光文社新書で好評だったものは、もちろん内容の面白さがありつつ、ひと際印象的なタイトルが多いはずなんです。

・オニババ化する女たち/・さおだけ屋はなぜ潰れないのか?/・下流社会/・お金は銀行に預けるな/・就活のバカヤロー/・炭水化物が人類を滅ぼす/・バッタを倒しにアフリカへ/・世界一美味しい煮卵の作り方

同じ「本」という商品を、まったく異なる内容やアプローチで読者のみなさんに届けられる余地があるというのは幸せなことです。その振れ幅こそが、出版業の豊饒さであると言っていいはずですから。その意味で今回の記事は、私たちの立ち位置を改めて確認する所信表明であり、岩波新書さんや中公新書さんへのオマージュであり、そして互いへのエールでもあります。

ちなみに、齋藤孝先生が参考文献に挙げられているエッカーマンの『ゲーテとの対話』は、これまた人類の宝物とも言うべき素晴らしい本です。間違いなく生きていくうえでの指針になりますし、実り豊かな読書の時間になることをお約束できます。『座右のゲーテ』を気に入っていただけた方には、ぜひお手にとっていただきたいです。

こんな素晴らしい古典をきちんと市場に流通させてくれている版元もまた岩波書店さんであることに感謝しつつ、私たち光文社新書も負けないように頑張っていきたいと心から思うのでした。



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