「昆布焼き」は大人の楽しみ|パリッコの「つつまし酒」#110
電気コンロでのんびりと
飲み友達のライター、泡☆盛子さんに、またまたそそる料理の存在を教えてもらいました。その名も「昆布焼き」。
戦前から子役として活躍した女優、高峰秀子さんが書かれた食エッセイ『台所のオーケストラ』に登場するメニューで、高峰さんが、食いしんぼうなことでも有名な映画評論家、荻昌弘さんから教わったものなんだとか。
荻さんの言葉を引用すれば、「小ちゃいコンロに金網を置いてね、大きめの昆布をしめらせて敷くのよ。その上でアサリをね、じゅじゅッて焼くの、これ、美味いんだァ」とのこと。あはは、それ、美味いだろうねェ。
こいつを使って
というわけで、即やりましょう。今からやりましょう。今回、家飲みグッズ棚から引っぱり出してきたのは、その名も「電気コンロ」。コンセント式で、スイッチを入れると電熱線が温まり、その名のとおりコンロとして使えるすぐれもの。しかもこれが、約1500円とめちゃくちゃお手頃で、家飲みにものすご〜く重宝するんですよね。すごくないですか? こんなの知ってる僕。ってまぁ、実はこれも、前に泡さんから教わったアイテムなんですけど……。
温度の上がりかたがゆっくりで、たとえば鍋のお湯なんかを沸かすのにはけっこうな時間がかかるんですが、今回みたいにじっくり炙り焼きするような料理にはぴったりでしょう。それじゃあまぁ、のんびりとやっていきましょうか。
大人で良かった
何はともあれ、スーパーで昆布を買ってきましたよ。ここがいちばん肝心だろうと、奮発してちょっといい「羅臼昆布」を。
合わせて、あさり意外にも焼いてみたい食材をいくつか。特に本命は、なんとも立派な「京都産 大黒本しめじ」なるきのこ。割引されてたので思いきって買ったけど、定価だと1パックで600円ほどもする、これまた高級品です。
期待が高まる組み合わせ
昆布表面の汚れを水で湿らせたキッチンペーパーでさっと拭き、次にたっぷりめの酒で昆布をよく濡らす。引用元の説明には「酒で湿らせる」とは書いていませんが、そのほうがうまいに決まってるはずだから。それを電気コンロにのせた網の上に敷いたら、準備は完了。
やっていきましょう
ではでは、まずは基本のあさりから。買ってきた剥き身を焼くだけなので、準備さえ終わってしまえば、あとはかなりお手軽ですね。
電気コンロのスイッチを入れ、昆布の上にあさりをのせる。するとふわ〜っと、昆布の焼けるいい香りがしてきます。しばらく待っていると徐々に、あさりからパチパチと音がしはじめました。全体を何度かひっくり返しつつ焼いていくと、あさりの身からじりじりと水分が染み出し、まるで海辺で浜焼きをしているような、たまらない香りが。
そろそろ焼けたでしょう
しっかりと時間をかけ、いよいよ熱々になったあさりをひとつ、口に放りこんでみる。モグ、モグ、モグ……。ほ〜、いやいやいや、はは、これは! シャキシャキ、プリプリ、ホクホクのあさりが、昆布の風味をしっかりと全身にまとい、最っっっ高にうまい! もとからあさりにほのかな塩気があって、さらに旨味が濃厚すぎるので、調味料なんかは何もつけなくていいですね。大人の味だなぁ。
そんでもって、旨味の余韻がまた、食べ終わったあとかなり長いこと口のなかに残り続けるんですよね。そこで日本酒! しかも昆布に塗ったのと同じ「八海山」を冷やで! ……はい、天国。
昆布焼き、その3つの利点
お、そろそろ、横のステージ2の昆布にのせておいた、国産黒毛和牛の切れっぱしも焼けたんじゃないでしょうか。こちらにはほんのりと岩塩をかけて、いただきま〜す。
昆布の上で牛肉を焼くという暴挙
いや〜これまた、焼肉の新たなるステージが見えちゃった感じ。間違いなく脳裏に「高級料亭」という言葉が浮かぶ味。面倒な下ごしらえ不要でこの特別感、昆布焼き、良すぎるぞ!
待ちきれずに本しめじを普通に焼いちゃったりもしつつ
さらに宴は続きます。昆布の上で炙ったたらこは、火の当たりが柔らかいこともあってか、表面ぷりっとなかはレアーな絶妙の仕上がり。
続くプチトマトは、徐々に丸まってきてしまった昆布による包み焼き状態が功を奏したか、ものすご〜くジューシー! かつ、昆布とトマトの二大旨味食材が互いに譲らぬ大立ち回りで、想像をはるかに超える美味しさです。
枝豆っぽくもある
昆布焼きの宴も終盤にさしかかり、気がついたことがあります。それは、昆布焼きには3つの利点があるということ。
ひとつめはもちろん「昆布の旨味が食材をグレードアップさせる」です。
次に、昆布の上でいろいろな食材を焼き進めることにより、こんどは昆布自体にも、それらの食材の旨味が蓄積されていくんですよね。つまり「焼けば焼くほど昆布が育ち、味がグレードアップしていく」。
それから最後。これはまったく想定していなかったことなんですが、さすがに終盤にさしかかると、昆布は徐々に焦げだします。ところがこれがいい! つまり「後半は炭火焼き的な香ばしさも加わってしまう」んです。しかも旨味たっぷりの昆布自体が炭と化していくわけなので、贅沢にもほどがある。
本日のラストに、あさりや牛肉の旨味を吸って育ちまくり、ほのかに焦げた昆布で焼いた大黒本しめじ。ちょろりと醤油をたらして食べたら、えぇ、それはもう、この世のものとは思えないほど、美味しゅうございました。
旨味の総合デパート
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。
2020年9月には『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)という2冊の新刊が発売。『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。Twitter @paricco