【36位】マーヴィン・ゲイの1曲―今日この場所に「愛」をもたらす道を探すため
「ホワッツ・ゴーイング・オン」マーヴィン・ゲイ(1971年1月/Tamla/米)
Genre: Soul
What’s Going On - Marvin Gaye (Jan. 71) Tamla, US
(Al Cleveland • Renaldo Benson • Marvin Gaye) Produced by Marvin Gaye
(RS 4 / NME 202) 497 + 299 = 796
輝かしいマーヴィン・ゲイのキャリアのなかでも、名曲中の名曲と言えば、まずこれだ。〈ローリング・ストーン〉のリストでは堂々の4位(が、また〈NME〉のせいで……)。当曲を冒頭にフィーチャーした同名アルバム(『教養としてのロック名盤ベスト100』では第6位)は、巷間「ソウル音楽の史上最高傑作」と呼ばれることも多い。
この曲の最大特徴は、ゲイのセルフ・プロデュースだということ。さらには、泥沼のヴェトナム戦争下、反戦に揺れる世相を題材としたこと。これら2つの特徴を併せ持ったソウル・チューンは当時きわめて稀であり、さらに、楽曲の完成度の高さに人々は驚愕した。
まず全編を覆う情感の脈動が素晴らしい。大河の流れのように、吹き続ける風のように、コーラスが、コンガが、ストリングスが、途切れることなく冒頭から最後まで、堅実に時を刻む。そこにゲイの変幻自在の歌が乗る。楽器のようにスキャットし、リズムとコードのなかを遊ぶそれが、問いを発する「どうなってるんだよ(What's Going On)」と――この一言が、聴く者の胸に突き刺さる。
歌詞の最初のアイデアは、共作者であるフォー・トップスのレナルド・ベンソンのものだった。彼はツアーで訪れたカリフォルニア州バークレーにて、警官隊が反戦集会の参加者に暴力を振るう場面を目撃する。このとき思わず彼の口をついて出てきた言葉(What is happening here?)が元になっているという。またベンソンは、この曲は「プロテスト・ソングじゃない。愛の歌だ」とも述べている。愛と相互理解を求める歌、なのだ。だからそれが雲散霧消した、対立と憎悪と暴力が吹き荒れる惨状を目の前にして、ただただ立ち尽くし「どうなっているんだよ」と問う歌になった。これを下地に、ゲイがヴェトナムに派兵された兄弟から聞いた話なども盛り込んで、楽曲は練り上げられていった。
という当曲は、当初モータウン社長のベリー・ゴーディに発売を拒否される。が、ストライキも辞さないゲイの強硬な交渉に社長は軟化。とりあえずリリースしてみたところ、発売初週に20万枚を売り上げて、当時のモータウン最速記録を達成。ビルボードHOT100では2位を3週、R&Bチャートでは1位を5週連続で独占する大ヒット曲となった。
この曲、そしてゲイらがここで示した意志と姿勢は、無数の後進アーティストたちに影響を与えた。また同時に、いまもなお、たとえばブラック・ライヴズ・マターなど、社会的矛盾に対して人々が立ち上がるときに鳴り響くナンバーのひとつは、もちろんこれだ。
(次回は35位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)
※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki