見出し画像

「トンかつ弁当」で飲みたい!|パリッコの「つつまし酒」#98

駅弁恋し

 毎年1月、新宿の京王百貨店で「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」通称「京王駅弁大会」が開催されるのは、もはや年始の風物詩。全国各地から多数の駅弁が集まり、この大会限定の駅弁あり、各地から毎日届く「輸送」駅弁あり、会場に設けられた調理場で作られる「実演」駅弁あり。人気の駅弁には整理券まで配られるという人気ぶりで、僕も毎年楽しみにしています。
 ラズウェル細木先生をはじめとした酒飲みの先輩がたにもこの大会のファンは多いです。特に、期間中に配られるチラシを居酒屋に持ち寄り、あーだこーだと言い合いながら飲む「チラシ飲み」。これが最高に楽しい! 僕は参加させてもらっても圧倒されて聞いているだけのことがほとんどなんですが、実際に目の前に駅弁があるわけじゃなく、チラシだけをネタにどんどん白熱していく様子を眺めていると、酒飲みってのは本当に幸せな人種だよなぁと、しみじみ幸せを感じます。
 もちろん今年はコロナの影響で、つつましくも幸せな「チラシ飲み」会はできませんでした。では駅弁大会自体はどうなったかというと、会場内のスペースを広くとったり、フロアを分けたりといった対策をとりつつ、実施されたようです。「ようです」というのはつまり、今年は僕、けっきょく一度も会場に足を運ばなかったんですよね。
 駅弁大会は応援したい。けれども、毎年この催しを楽しみに、僕よりもずっとずっと熱を入れて通うファンも多い。そのなかにはご高齢者も多い。仕事なりで近くを通る機会があれば、ちらっと様子を見てもいいのかな? なんて思いつつ、でもな、う〜ん、なんて考えているうちに開催期間があっという間に過ぎてしまったというわけで。

そうだ、千葉行こう!

「駅弁で飲む」という行為には、ロマンがあります。お弁当箱という限られた空間に詰め込まれた、各開発者たちの工夫と努力と意地。そんなメッセージを感じとりつつ、では自分ならばどう攻めるかと考えながら食べすすめてゆく楽しさ。たとえ自宅にいようとも、弁面には色濃い旅情が漂っている。はるか遠い地を思いながらつつくおかずの、冷たい状態で食べられることを考慮された独特の美味しさ。
 また、星の数ほどある駅弁ですから、駅弁ファンそれぞれにお気に入りがあるわけで、そこも楽しい。僕のお気に入りはというと、ベタですが崎陽軒の「シウマイ弁当」。それから、最強のおつまみ弁との呼び声も高い「品川貝づくし」。どうしても立派なたこつぼ型の容器を捨てられない、明石の「ひっぱりだこ飯」などなど。なかでも最愛の駅弁は? と聞かれれば、こう答えざるを得ません。万葉軒の「トンかつ弁当」!

画像1

こういうお弁当です

 トンかつ弁当は千葉の駅弁。数年前に駅弁大会で初めて出会ったんですが、年々豪華絢爛さを競う傾向が強くなり、ひとつ1000円越えも当たり前の駅弁界において、なんと税込み550円。どこかうつろな目がなんともいい味わいをかもしだしている豚のコックさんが描かれたかけ紙を外すと、なんと駅弁とは思えぬ透明プラ容器一面に、カツがどーん! その下にご飯が敷きつめてあって、副菜はしば漬け、筍煮、胡麻昆布、以上! という潔さ。その素朴な存在感とクセになる味わいが気に入り、毎年駅弁大会で真っ先に買って食べるのを楽しみにしていたんです。
 あぁ、とんカツ弁当で飲みたい。突然、今年駅弁大会に行かなかったことへの後悔が押し寄せてきた。ん? でも待てよ。そういえば前に一度、雑誌の取材でこのトンかつ弁当を食べるためだけに千葉に行ったことがあったよな。そうだ、千葉なんて家の最寄駅から1時間半もあれば着く。今すぐに行こうと思えば行けるじゃん。そうだ、千葉行こう!

かけがえのない思い出に……

 というわけでやって来ました。千葉駅構内にある万葉軒の販売所「ペリエ千葉エキナカ店」。

画像2

万葉軒「ペリエ千葉エキナカ店」

 おぉ、並んでる並んでる。うるわしのトンかつ弁当が。ビッグサイズなうえにウインナーも加わる「ジャンボかつ弁当」や、昨年末に発売されたばかりという「ちば元気弁当 ~豚づくし丼~」も気になるけど、ここは初志貫徹、トンかつ弁当ひとつ下さい!
 さてこれをどこで食べようか。せっかくだから千葉らしいところがいいですよね。と、無事手に入れたトンかつ弁当を手に向かうのは「千葉港」。千葉港は、千葉駅から千葉都市モノレールで2駅のところにある貿易港。僕は散歩がてら歩いて向かったのですが、それでも30分くらい。突然景色が開けてきたと思ったら、見えてきましたよ、海が!

画像3

千葉港に到着

 ところがここでちょっとした、いや、けっこう重大な問題が発生。ここに来るまでに薄々は感じてたんですが、今日、死ぬほど風が強い! これ、うかうかしてると飛ばされちゃうレベルですよ。え? いやいや、駅弁がじゃなくて、自分が。

画像4

海面が荒れに荒れている

画像5

この記念写真を撮るだけで精一杯

 わずかに出歩いている人も、風にあらがって歩いているおかげで、みなマイケル・ジャクソンの「スムーズ・クリミナル」状態。これ、のんびり駅弁で飲むって環境じゃないぞ……。
 どうしよう。せっかくここまで来たけど、家に帰って食べることにする? いやいや、さすがにここからさらに2時間近くもがまんできるわけありません。というわけで、少しでも風の影響のないスポットを探すと、海から若干離れた場所にあったベンチなら、なんとかいけなくはなさそう。よし、強行します!

画像6

これが驚きの内容

 かけ紙を外し、フタをパカっと開けると、現れましたよ。全面潔いまでに茶色いトンかつ弁当が。最初に出会った時はびっくりしたもんだよな〜。

画像7

のんびりした風景に見えるけど、依然風はすごいです

 ザクっと4等分にカットされた記憶よりも大きなカツを、まずはひとつ持ち上げてみます。そうそう、この、決して厚みがあるわけじゃない豚肉にたっぷりの衣。なんだけど、なぜかチープじゃなくて満足感のある不思議な美味しさがこいつの魅力なんだよな。

画像8

豚肉の厚さは2mmくらい

 すでにソースに浸されしっとりとしたカツをひとかじり。毎回思うんですが、見た目よりずっと優しい味わいなんですよね。そしたら下の、衣まみれのご飯を食べる。もっちりとしたお米とカツのハーモニー。やっぱり君だよ! 僕の最愛の駅弁は!

画像9

付属のソースをかけて

 ひとブロックをじんわりと味わったあとは、付属の「追いソース」をドボドボ。いよいよ欲望のままにむさぼりつつ、途中のコンビニで調達した缶チューハイもグビグビとやっていきます。
 また、つつましくサイドに控えるしば漬け、筍煮、胡麻昆布がいい味出してるんすわ。箸休めってよりはむしろ加速装置。ソースドボドボカツともっちりご飯と一緒に食べると、どれも良いアクセントになってお酒が進む進む! あ〜、やっぱりうまいぞ! トンかつ弁当。

 今回、確かに風は強かった。たまに弁当を押さえないと飛ばされそうでひやっとした場面もあった。しかし、だからこそ僕とトンかつ弁当にとってのかけがえのない思い出となった。
 千葉港のキラキラとした水面と、それに負けずキラキラと輝いていたトンかつ弁当のソース。この光景を一生、忘れることはないでしょう。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。
2020年9月には『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)という2冊の新刊が発売。『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。Twitter @paricco

光文社新書ではTwitterで毎日情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください!