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【40位】スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズの1曲―身勝手男の胸のうちが、みんなを泣かせる「道筋」になる

「ザ・トラックス・オブ・マイ・ティアーズ」スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズ(1965年6月/Tamla/米)

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※こちらはオランダ盤シングルのジャケットです

Genre: Soul
The Tracks of My Tears - Smokey Robinson and the Miracles (June, 65) Tamla, US
(William "Smokey" Robinson, Jr. • Warren Moore • Marvin Tarplin) Produced by Smokey Robinson
(RS 50 / NME 178) 451 + 323 = 774

思い出があるはずだ。あなたがポップ音楽ファンなら、きっとなにか、この曲にまつわる「固有の記憶」があって然るべきなのだ。もしないなら――まだこの曲を「よく知らない」ということなのだから――これからきっと、無二の思い出ができるに違いない。前回に続いてのソウル名曲、見事なるクラシックが、このナンバーだ。

という曲ではあるものの、リリース時の成績は控えめだった。モータウン傘下のタムラ・レコードより発売。最高位はビルボードHOT100で16位、R&Bチャートでも2位までしか行かなかった。イギリスでも当初はあまり振るわなかったのだが、大量のモータウン・ナンバーがヒットした69年にリヴァイヴァルし、全英9位を記録。同様のねばり腰の売れ行きはアメリカにもあって、セールスは着実に伸び続け、発売2年後には100万枚に届く。ミラクルズにとって4枚目のミリオン・セリング・レコードとなった。

歌の主人公は、ちょっとお調子者の男だ。パーティー野郎で、人気者で、いろんな女の子に声をかけては遊んでいるような奴。でも、本当に好きな「きみ」には、ほんものの僕をわかってほしい、なんて言う。この「説明の部分」が聴きどころで、こんなふうに彼は言う――ほら、近づいてよく見ておくれよ。僕の頬には、きみを想って泣いた「涙が流れた跡(Tracks of My Tears)」があるだろう?――というのが、ストーリーの概略だ。

つまりこれは男根主義的で、女たらしで軽薄な男が、口先だけで「俺も本当はね」なんて自己憐憫的に述べている歌――だと言えば、たしかにそのとおり。だがしかし、ここで不思議なことが起きる。「マジック」と言っていい。とにもかくにも、聴き手は、この身勝手な主人公の「泣いている胸のうち」に、強烈に引き寄せられてしまう!のだ。

たとえば、オリヴァー・ストーン監督の『プラトーン』(86年)には、若い兵士たちが戦地で一時の休息のなかで酒を飲み、この歌を合唱するシーンがある。死と隣り合わせの男たちが、パーティー・ガイの言い訳じみた「涙の跡」のひとくさりを、思い入れたっぷりに歌うのだ。そしてきっと、現実世界のいたるところで同様の光景が繰り返されただろうことは、容易に想像できる。まさに傑出した「愛されナンバー」こそが、当曲なのだ。

この曲の最初のアイデアは、ギタリストのマーヴ・タープリンのものだったという。だからと言うべきか、イントロのギターだけで、すでに涙腺が決壊する人もいる(僕だ)。名カヴァーも多数。映画やTVなどでも、無数に、永遠に、使われ続けている。

(次回は39位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)

※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki


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