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【10位】ザ・ローリング・ストーンズの1曲―血まみれ壊滅ロックが、無慈悲の黙示録を素描する

「ギミー・シェルター」ザ・ローリング・ストーンズ(1969年12月/Decca/英)

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※こちらは日本盤シングルのジャケットです

Genre: Rock
Gimme Shelter - The Rolling Stones (Dec. 69) Decca, UK
(Jagger/Richards) Produced by Jimmy Miller
(RS 38 / NME 29) 463 + 472 = 935

ここまで3曲がランクインのストーンズ、最上位は、この曲だった。彼らの最高傑作との呼び声も高い、イギリス盤で通算8枚目のスタジオ・アルバム『レット・イット・ブリード』(『教養としてのロック名盤ベスト100』では21位)のオープニング曲である、激烈にドラマチックなロック・チューンだ。そして当曲について述べるなら、まずは最初に敬意を表して、マーティン・スコセッシ監督の話から始めなければならない。

これまで彼は自らの監督作にて、ストーンズ・ナンバーを10曲以上使っているのだが、なかでもこの「ギミー・シェルター」は別格で、都合3回も「それぞれ別の映画のサントラで」使用している。こんな例が、ほかの映画監督、ほかのバンドの楽曲でもあるのかどうか……しかもかならず「血生臭いギャング映画」にて、スコセッシはこの曲を高らかに打ち鳴らす(どの映画で使っているかは『名盤ベスト100』をご参照ください)。

というこのナンバー、禍々しい系の楽曲なら枚挙にいとまがないストーンズとしても、特筆すべき「凄惨さ」が特徴だ。冒頭から、黙示録的な終末の光景だ。しかも「静かなる終わり」などではない。きわめて破壊的、大混乱のなかでの終末だ。嵐や洪水や溶岩のようなものが、人を町を、すべての「善きもの」を、無慈悲に飲み込んでいく。そんななかで錯乱して野獣のごとき存在となった人間の残虐や暴力も、シンプルに言及される。

という構造における決定的フレーズが「It's just a shot away」だ。直訳すると「ただ一回の発砲ほどしか離れていない」となるのだが、とどのつまりは「すぐそこにある」という意味だ。このフレーズの前に入る「War, children」という呼びかけと合わせると、こうなる。「戦争だ、子供たちよ、すぐ目の前にあるんだ」――さらには、レイプや殺人も「すぐ目の前にある」と歌われる。だからこの主人公は「シェルターが必要なんだ」と言う。避難場所がないと、自分なんて一瞬で吹き飛ばされてしまうから、と……。

というナンバーを書き始めたのが、キース・リチャーズだったというのが面白い。このときミック・ジャガーは映画出演(ニコラス・ローグ監督の『パフォーマンス』)のためにロンドンを離れていて、リチャーズはひとり、マウント・ストリートのアパートメント内にいた。窓の外はとてつもない荒天で、嵐が吹き荒れ、人々は豪雨や風から逃げまどい、まるで地獄みたいな光景だった――そのとき彼は「窓の外にいた」人たちの心境を描くことを思いついたのだという。「俺のじゃなくって、嵐に遭遇している人々のを」と。

つまりリチャーズの「スケッチ力」が、この曲を生み出した。言うなれば「シェルターのなか」にいた彼が、まるで昆虫観察のように「人々の混乱」を見てとったわけだ。この「凄惨」が、決して「感情移入」から派生したものではない点に注目したい。対象物とのこうした距離感は、大袈裟ではなく、ヘミングウェイの「書きかた」と根っこは同じものだ。ヴェトナム戦争たけなわだった時代の空気も、リチャーズとジャガーに影響した。このときの「現実世界」そのものが、むき出しで「血生臭かった」。その観察報告でもある。

音楽面での最大功労者は、なんと言ってもメリー・クレイトンだ。アメリカ人ソウル・シンガーの彼女のサポート・ヴォーカルが、ゴスペル調の「圧力」にて、当ナンバーのシリアスさを増強しまくった。なかでも「レイプ!」「マーダー!」のシャウトは語り草だ。深夜に突如叩き起こされた彼女は、シルクのパジャマ姿のまま、歌入れをおこなっていたロスのスタジオまで連れてこられ、いきなりこんな歌詞を歌わされたのだという。プロデューサーのジミー・ミラーによる「女性の声がほしい」というリクエストに、名アレンジャーのジャック・ニッチェが応えて、クレイトンの(緊急)登板となった。のちに彼女自身のソロ・ナンバーとして歌い直された「ギミー・シェルター」(70年)もある。

クレイトンのカヴァーは、ビルボードHOT100で73位まで上昇した。じつはこれが「ギミー・シェルター」という曲の最高位だ。ストーンズ・ヴァージョンは英米ではシングル・カットされなかったからだ。しかし日本では、映画『ギミー・シェルター』の公開と合わせて、71年にシングル化された。彼らのツアーを追った同映画もまた「オルタモントの悲劇」で有名な、ロック史上屈指の「最悪の地獄」的なフリー・コンサートがクライマックスに置かれているものだった(そしてエンディングで、当曲のライヴ版が流れる)。

その後も彼らのコンサートでは「定番」として、頻繁に演奏され続けている。カヴァーも多い。そしてこの激しい内容は、まさに聖書の各所の描写がそうであったように、深く聴き手の心に刻まれた。もちろん、スコセッシ以外の映像作品にもよく登場する。

(次回は9位の発表です。お楽しみに! 毎週金曜更新予定です)

※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki


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