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【52位】パッツィ・クラインの1曲―狂おしき夜の果て、一輪の名花が静かに咲き誇る

「クレイジー」パッツィ・クライン(1961年10月/Decca/米)

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Genre: Country
Crazy - Patsy Cline (Oct. 61) Decca, US
(Willie Nelson) Produced by Owen Bradley
(RS 85 / NME 203) 416 + 298 = 714

カントリー界永遠のスーパースターであり、女性カントリー歌手の先駆者にして最高峰、パッツィ・クラインの代名詞と呼ぶべきナンバーがこれだ。伝統的に「アメリカ以外では」ファンが多いとは言えないカントリー音楽だが、しかし一群の「別格ソング」がある。ポピュラー・ナンバーとして広く愛され、「忘れられない」1曲の位置を獲得するような歌になったもの。そんな典型のひとつが、この「クレイジー」だ。

ゆったりとした、ジャズ・ポップの枠組みの演奏を背景に、クラインが優美に歌う。孤独の歌だ。不安と憂鬱の歌でもある。恋の渦中にありながらも、ふと胸に差してくる影がある。恋人よりも「自分のほうが」相手を愛している――と思うがゆえの、ほのかな落ち着かなさ。これを「なんとも麗しく」描き出していくところが、この歌の聴きどころだ。

ネガティヴな心情を「そのまま、生々しく」歌うのではない。心根は丁寧にすくい取りながらも、それを「数段階上」まで導いていく。高く高く浮揚させる。この上昇距離のなかに、米ポピュラー音楽界伝来の「洒脱」の真髄がある。すべてを先導していったのは、もちろん、見事なるクラインの歌唱だ。当曲はビルボードHOT100で9位、カントリーとイージー・リスニングのチャートでは2位を記録するヒットとなった。

この曲を書いたのは、ウィリー・ネルソンだった。のちにアウトロー・カントリーの旗手となる彼が、まだまったく売れなかった若手の時代のことだ。彼のヴァージョンも同じ61年に発表されている。こっちは「ネルソン節」というか、訥々とした語り口のカントリー・ソングの小品だ。これを「ここまで」ポピュラー側へと引っ張ったのがクラインの腕っぷしであり、ひいてはこうした方式が、いわゆる「ナッシュヴィル・サウンド」の基礎となった。ポップ市場の真ん中で堂々勝負できるカントリー・ポップの基礎だ。

当曲発表のすこし前、クラインは交通事故で重傷を負っていた。その傷も完治せぬまま挑んだレコーディングで、名実ともにカントリー界のトップに立った。しかし63年の3月、30歳の若さで、飛行機事故にて帰らぬ人となる。彼女の達成は後進の道標となり、ロレッタ・リン、ブレンダ・リーらがその足跡を辿っていった。たとえばこの両者が、62年にスキータ・デイヴィスが歌ってヒットさせた「ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド」をそれぞれカヴァーしたことがあるのだが、リンとリーのヴァージョンには、この「クレイジー」にも通じるクライン節が、静かに息づいていた。

(次回は51位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)

※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki




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